(13) 3歳馬旋風
写真判定が出て、プルートーがGⅠ馬になった。
「ありがとう。よくやった」
調教師の井村が雉川のところに来て、握手した。
「いえ、馬のおかげです」
雉川が謙遜して言う。いつもの控えめな応対だ。ただ、この時は少々本音でもあった。
―― 馬に助けられた。
そう思っていたのだ。
全盛時の自分だったら、今日のようなレースにはならなかった。雉川はそう思った。まずうしろから迫って来る気配にいち早く気づき、プルートーの反応がよかったので並ばれないようペースを上げただろう。それが、今日は並びかけられるまで気づかなかった。それだけアルフォンソの迫り方が上手かったこともあるが、しかし自分の感覚の衰えでもあった。
並ばれれば、競馬はどうなるか分からない。追走した方の闘争心に火がつき、能力以上の力を発揮させることがあるからだ。紛れが生じやすくなる。
雉川はアルフォンソを見る。してやったりの表情。2着で上々といった感じだ。
大仕事をやってのけた雉川だが、素直によろこべない勝利だった。
その頃弥生は中山競馬場にいた。プルートーの勝利を知り、今年の3歳馬の層の厚さを再確認した。
昭和から平成に年号が代わった頃、関西馬ばかりが活躍するようになり、「関西馬旋風」という言葉が競馬界で流行ったが、今年はそれを捩って「3歳馬旋風」と言われていた。
―― もしかして、おとうさんが集めちゃったんじゃないの?
これほどまで広く3歳馬が制圧する年はない。異常と言っていい。もしかしたら、より競馬が盛り上がるように、おとうさんがライバルまで用意したのではないだろうか。弥生はそんな気になった。
ともあれ、この3歳馬旋風はしばらく落ち着く。ここから2週、GⅠレースは2歳限定戦だからだ。3歳馬がいかに暴れたくても出走権がない。
またGⅡ以下にも、これといったレースがない。フレアのようにレースの格など関係なく猛アピールする馬もいるが、12月に台頭してきたのでは有馬まで間がなさすぎる。他のGⅠとちがって有馬はファン投票で出走枠がほとんど埋まってしまうので、直近の活躍馬は出られない。
その有馬近年のファン投票が、このチャンピオンズ・カップの日に締め切られた。
そして翌日、主催者発表があった。
1位 タイムシーフ 牡3 277,741
2位 フレア 牡3 270,442
3位 シルバーソード 牡3 223,004
4位 リュウスター 牡3 99,854
5位 トーユーリリー 牝3 98,718
6位 エターナルラン 牡3 92,804
7位 ワイドレナ 牝3 92,612
8位 スカイアンドシー牡3 87,889
9位 シクタン 牝3 76,093
10位シルバータスク 牡3 71,566
トップ10すべて3歳馬というのも初なら、20万票超えが3頭というのも初だった。ネット投票になってから格段に投票数が上がってはいるものの、27万票というのはこれまでの最多得票数を大幅に更新する数字だった。
トップ10以下にも、シンエクスプレス、プルートー、チャプターテン、クーレイ、シトリンエクレールと3歳馬の名が連なっていた。弥生としてはGⅠ馬シトリンエクレールより2着シクタンの方が上というのが納得できないところだったが、ステイヤーズの好走が評価されたらしい。そのステイヤーの上位2頭が大きく票を伸ばし、フレアなどはタイムシーフとほとんど並ぶ27万票を取っている。
―― 3冠馬と、GⅠ未勝利馬なんだけどなぁ。
弥生は、栄光のファン投票1位をよろこびつつも、釈然としない思いも抱えていた。
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