(8) 圧巻のマッチレース
内と外で離れてしまっているので分かりにくいが、埒沿いを逃げているフレアに外のシルバーソードが、ほぼ並んでいた。
馬主席から観ている岡平師も、モニター観戦している弥生も、これはシルバーソードが勝ったと思った。最後の直線で外の馬が内の馬に並べば、それはもうほとんど外の馬が差しきる結果になるからだ。
これは、10中9までがそうなる。まず、追い込んできている方が、余力が残っているということがある。そしてまた競馬場のコースというのは、外の方が圧倒的に伸びるのだ。
これは考えればすぐに分かることだ。内側は毎レースたくさんの馬が通って、ボコボコになっている。レースの合間に修正はするが、そんな短時間できっちり直しきれるものではない。凸凹は残ってしまう。外に行くにしたがって馬が通った回数が減るのだから、それだけ走りやすいことになる。そしてまた馬場の中央にまでくれば、通過した馬など滅多にいない。内のコースと滑らかさがまったく違った。
マルクもまた、並んだ時点で勝ったと確信した。大きなコースロスをものともせずに、直線にはいってすぐ並ぶことができた。相手が意外に伸び脚がないのだ。並んでいるうえに、あのゴムまりのような手ごたえをシルバーソードから感じている。これは単に勝つどころか、ぶっちぎれる。まずは当面のライバルを倒したと思った。
「タイムシーフへの挑戦状は、シルバーソードがもらったよ」
マルクは追いながら内のフレアを見た。
マルクだけでない。競馬場にいる誰もが、これはシルバーソードが勝ったと思った。今回はシルバーソードに軍配が上がったと。そのとき、南條がフレアにパシッと鞭を1発くれ、そして馬の右目にスッと見せ鞭をした。
流れるようなその日本の名手の鞭さばきが、世界の名手の目に入った。
それに呼応したフレアが加速した。そしてスピードを増しながら、じわじわ外へと進路をとる。
シルバーソードのえげつない末脚が炸裂している。ポンポンポンと跳ねるように伸びている。しかし、なぜかフレアは後方に消えていかない。差が変わらないのだ。そしてまた徐々に馬体を寄せてきている。
「ソード、走れ! 加速だ加速!!」
マルクが馬の首に言葉をぶつける。彼ほどの男が背中にゾッと震えを走らせているのだ。相手は斜めに走ってきているのに、差しきれない。斜めのコースロスを考えれば、ソード以上の脚を使っているということなのだ。
「そんなことあるわけない! ソード、ソード、振りきるんだ!!」
マルクが叫ぶ。そこにフレアが馬体が併せた。ぴったり横に並ぶ。ハナ面も合っている。
スタンドは歓声でなくどよめきに包まれている。マッチレース。2頭がハナ面を合わせ、他馬を後方に置き去りにしている。3番手シクタンは遥か後方。内の南條に外のマルク。逃げたフレアに追い込んだシルバーソード。ぴったり2頭が並んでゴールへ。その圧巻のレースに低い声が渦巻いていた。
ほとんど並んでゴールした2頭は、惰性も同程度で併せたまま1コーナーへと向かう。2秒ほどのちに、3着馬がゴール板をすぎる。
「ソード、がんばったな。よく伸びた。ホントによく伸びてくれた」
マルクは徐々にスピードを緩めていくシルバーソードの首に向かって言った。驚異のゴムまりの感触に、マルクは心からお礼を言った。
そしてチラッと右に視線を送った。
―― それにしても、このソード以上に伸びるなんて……。
アタマ差ほどの負けを悟ったマルクは信じられない思いで、もう一度右側を並走する馬を見た。
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