(25) 確定後のマルク、アルフォンソ、そして弥生
写真判定になって10分をすぎた。このままでは中央競馬史上最も長い写真判定になるかと思ったそのとき、馬番が確定板に灯った。
馬番を確認したマルクとイアンが、視線をぶつけた。しかしそれはアルフォンソに対しての敵意むき出しのものではなかった。
―― 同着だって!?
リュウスターとトーユーリリーの1着同着。内と外、1ミリも差がなかったということだ。
同着のときは、どんな表情を浮かべていいのか戸惑うものだ。単独で1着になったときと同様によろこんでいいのか、それとも多少よろこびを控え、称えあいながらの方がよいのか。
たしかに優勝にはまちがいないが、賞金はその分減る。どうしても、すっきりしないものが残る。
しかし今回はちがった。2人の共通の敵を、3着にまで沈めたのだ。
マルクはアルフォンソに視線を走らせた。いつのも飄々とした態度だった。
しかしマルクには分かる、その微妙な変化が。
―― 発狂したいくらいに悔しがっている。
それを感じたマルクは身体がワッと熱くなった。身体全体に震えが走り、髪の毛が逆立ちそうな感覚を持った。
大声で泣きだしそうだった。感情が抑えられず、爆発しそうだったのだ。さすがにそれはまずいと、全身を力ませて堪えた。しかし手から足から、身体全体が意思に反する反応を起こしている。歯がガクガクと不規則に打ち付け、多量の汗が全身から流れている。制御がむずかしい状態になっていた。
それを救ったのはイアンだった。手放しの笑顔で歩いてきて、握手をし、そして抱き合ってポンポンと肩から背中から叩いた。その触れ合いで、マルクはスッと落ち着きを取り戻すことができた。
「ありがとう。助かった」
イアンに小さく言った。周囲に分からないよう、フランス語を使った。イアンはカタコトのフランス語を話せる。
「いや、きっと自律神経が乱れるくらいうれしいんじゃないかと思ってさ」
イアンは英語で返した。そのウィットで、マルクはさらにしっかりと落ち着けた。助かって感謝すると同時に、ライバルに貸しができたと心の中で舌打ちした。
アルフォンソはその場をいち早く去り、フレイ師の元に行った。あまりの悔しさに指が震えている。抑えるために握りこぶしを作るが、力が入らない。
リュウスターと併せたことで、3着にまで落ちてしまった。勝つための最良の方法だったとはいえ、結果としては1つ着順を落としてしまったのだ。馬の成績にキズを付けてしまったことは事実だった。
師に、なんの言い訳もせずにただ詫びた。
師は、アルフォンソをじっと見つめていた。師が動かなかったことで、アルフォンソも顔を上げてから動けなかった。じっと師を見返していた。
「2着に甘んじるくらいなら、策を施したくなるのも当然だ」
しばらく間を置いて発した言葉は、アルフォンソの騎乗を擁護する言葉だった。
アルフォンソは師に感謝しながら、密かに自分に誓った。あの2人が遠征して来たら、なにがなんでも叩き潰してやる、と。凱旋門賞でもドバイでもキングジョージでも……。
自分が走ったわけでもないのに、弥生は疲れてしまった。写真判定の間、知らず力み続けだったのだ。
―― でも、なんか……、
弥生は思った。おとうさんが自分をなんとかしてジャパンカップに出させたいという気持ちが、このレースを観て、しっかりと分かったのだ。
―― こんな大舞台を踏ませようとしたんだぁ。
弥生は、でも、自分ではあきらかに実力不足だと感じた。むしろ出なくてよかったとすら思った。
タイムシーフの実力に頼って出ても、仕方ない。もっと自分自身の実力を上げないといけない。弥生は強く思った。だから今回は、無理に出なくてよかった。こうやって外から見ることによって、よりはっきりとした目標を持てるようになったのだ。
―― 来年とは言わない。でも近い将来、ちゃんと騎乗依頼を受けてジャパンカップに参戦しよう。それが今後のジョッキー人生の目標だ。
GⅠ勝ち、ダービー制覇、3冠ジョッキー……。ただ馬の背につかまっているだけで達成されてしまった。ちょっと目標を失いがちだった。このレースは、指針を新たに示してくれた。
弥生は今の気持ちを忘れないように、モニターに映る2人のトップジョッキーをしばらく見つめ、目に焼き付かせた。
―― さぁ、暮れの中山開催だ。今年最後の開催だ。
1つでも多く勝って、今年を締めくくろうと思った。
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