第181衝 牙研の鑑連
勢福寺城は綺麗に横並ぶ脊振の山地にあって、少し平野側へ迫り出した山に築かれている。
最初に仕掛けていった吉弘隊、臼杵隊に続き、その他の隊も攻城可能箇所を探して城に向かって行く。義鎮公はその後ろの安全な地に本陣を置く。戸次隊は義鎮公よりもさらに遅れて、 包囲陣の後背を守備する位置に落ち着いた。
「なにやら殿らしくないな」
内田の意見に同感の備中だが、
「今回の出陣は義鎮公のご発案かつご運営。あまり口を出さないようにしているのでは」
「そうか?殿がそんなことを気にするか?」
この意見にもまた同感の備中、笑って曰く、
「ここなら佐嘉城方面からの援軍をいつでも見渡すことができるよ。殿の真の狙いは敵本隊のはずだし」
「そうだな。小物はどうぞ他の輩へ、ということか」
備中の意見に頷いた内田は隊の指揮に戻っていった。由布は陣立てを始めていた。鑑連と以心伝心の武将がいつも通りであれば、心配はないのだろう。
ふと視線を感じ、主人を探す備中。すると鑑連があさっての方角を眺めていたが、呼ばれた気がしたので近づき膝着き、情勢異常無しを報告する。鼻を鳴らす鑑連に、この主人の下でなくとも、この手の処世術は必要なのだろうか、とぼにゃりと考える。
「あの城は南北朝合戦の折に九州探題が拠点を置いた城だという。知っているか」
「い、いえ。存じ上げませんでした」
「九州探題である自分は、だからあの城の所有権を有している、というのが義鎮の主張だ」
「な、なるほど」
「この調子でどこまでいくのか。ワシも付き合いきれなくなるかもしれん」
「と、殿ならば大丈夫です」
「ほう」
適当に口を突いて出たおべんちゃらに、鑑連が乗っかってきた。
「その理由を言え」
「い、いえ、その」
「まさか、付き合いの長い貴様がワシの前でおべんちゃらを口にするはずもないしな」
その言葉にほんの僅かな温かみを感じたため、意を決する備中。
「ええ、その、さ、佐嘉城を攻める場合、この城は背後を守る要になりますから、攻め取る道理はあります。さらに佐嘉勢が援軍を送ってくるとすれば、我々の居るこの位置こそ迎撃に好都合かと。もっと言えば、佐嘉勢と安芸勢は繋がっており……」
「そうだ。より大きな獲物はこれからなのだ。備中、これより貴様はその話を広く浅く流布してこい。あちこちにな」
「は、ははっ!」
肥前国、勢福寺城表(現神埼市)
吉弘隊も臼杵隊も、横広く展開し完璧と言って良い包囲人を敷いていた。山々では功績を山当て求める名の無き兵らが所狭しと武器を構えている。
諸将の陣を訪問し、鑑連から命じられた適当な情報伝達をこなしながら、備中は城を見る。虎口でも、城壁でも激しい競り合いが行われており、この城の攻略は時間の問題であるようにも見えた。籠城しているとはいえ敵は寡兵。彼我の兵力差は明白で、備中はその多い側に立っていることで込み上げてくる安堵感に浸るのであった。
ふと、後背地を見ると、何やら村々から煙が上がっている。敵襲の報告も気配もないのに、と訝しむ備中。状況の変化を予感し、戸次の陣へ急ぎ戻り報告をして曰く、
「殿、周辺の集落から火の手が!」
「落ち着け。知っとるわ」
呆れ顔の鑑連だが、感じるにそれは自分に対して向けられたものだけではなく、その事象と半々という程度であった。
「雑兵どもが食料物資の現地調達を始めたな」
「わ、我々よりも先にですか」
未来の兵糧を考えて少し心配になる備中。現地調達ができなくなれば、武者は飢えるしかない。文系武士と言えども。
「多くの雑兵が略奪三昧に耽る。城主は気が気で無いだろうよ。この城を落とす決定打にはなるかも知れん」
「と、統率した方が良いのでは」
心配した備中、余計とは思い注進に及ぶが案の定、鑑連はけんもほろろ、
「ワシは知らん。それは義鎮の仕事だ」
そこに内田がやってきた。
「申し上げます。雑兵どもが村々を襲い兵糧物資を巻き上げ始めています」
「義鎮は?」
「それが本陣がそれを認めた、という噂が」
重い嗤い声が響く。
「クックックッ。雑兵どもは冬の間の出稼ぎに来ただけだからな。どんな下郎でも腹は減るし、高良山の長逗留に掛かった費用の埋め合わせをせねばなるまい。で、内田、我が隊の食料事情について、ご心配の備中殿に伝えてやれ」
「はっ」
備中に向き直る内田。最近、かつてのような圭角を感じない。お互い年を重ねて丸くなったのかもしれない。
「今のところ問題はない、が、物資が少なくなった折に我々が奪う分が心許ないということだ」
「あ、ありがとう」
懸念を述べた内田に、鑑連は心配するな、という口調で、
「義鎮公認のこの略奪がどうでるか、見極めよう。ワシらは引き続き佐嘉城方面への警戒優先だ」
「はっ!」
内田が退出すると、
「貴様も佐嘉勢の様子を見ていろ」
と鑑連に促された。つまり今は出て行け、ということなので、備中は素直にそれに従った。
背後の騒乱を背景に、佐嘉城方面を眺める。敵が攻めてくる気配は無い。ふと暇になったので空を眺めていると、気がつけば由布が隣に立っていた。
「ゆ、由布様」
「……佐嘉勢は見えるか?」
「い、いえ。全く」
「……このままいけば、後ろの城は近々落ちる」
由布もそう述べるが、鑑連にはそれが楽観やそのままの喜びではないという事情がある。当然、鑑連の右腕も同様に思っている。
「なぜ佐嘉勢は援軍を寄越さないのでしょうか」
「……その余裕が無いのかもしれないな。敵城から何度か狼煙が上がっているから、佐嘉勢は城兵の苦境を知っている」
「それでも送ってこないのですね」
「……余裕が無いにしても、情にほだされて先走る者どもはいるものだが、それが無い」
「つまり。佐嘉勢の頭領は……」
「……そうだ。それなりの統率力を持って、今は耐え忍んでいる、という可能性もある」
「なるほど」
「……いや、邪魔をしたな」
由布の冷静な仮定が胸に心地よく沁みる感触に、鑑連にとって由布がかけがえのない腹心であることを再認識する。翻って自分は?
「うーん」
色々あったが、このまま戸次家で扶持を受け続ける人生だろう。では、自分もかけがえのない何かを提示しなければならないのではないか。
「近習道しかないか」
さらに鑑連は衆道には全く関心がないと来ている。無論自身は若武者ではないから、知識と情報で貢献しなければ、と思いを新たにするのであるが、
「殿がそっちの方にも関心があれば、小野様は適任なんだがなあ……」
などと独り言ちる。
はっきりと聞いていないが、今回の義鎮公ご出陣に従い公の近習である小野甥はそちらへ戻っているのだろう。夜須見山の大敗後からずっと、人材の招聘が戸次家には不可欠と考え続けていた備中だが、そうそう良い人物が見つからないワケでもない中、さわやか侍の小野甥は若く、さらに出色なる能力者であった。
「由布様に相談してみるか」
余裕のある時間を過ごす自分にふと笑を投げかけたくなった備中。心にもゆとりがあるのだ。こんな時はめったなことなど考えないものである。
その数日後、援軍も無く耐えていた佐嘉方勢福寺城は猛攻を続ける大友勢の前に呆気なく降伏、その軍門に下った。
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