第169衝 対策の鑑連

「要約すると、だ。秋月は田原常陸を仲介に義鎮に許された。立花山城には義鎮の近習衆が入ることになった。もう一つ言えば、宝満山城は謀反と籠城を続けており、それを包囲する大将は吉弘だ」

「……」

「……」


 絶句する戸次隊の面々。功績に報いられること余りにも少ないのではないか。だがそれを口にする者はいない。何か言えば、義鎮公との確執云々よりも、鑑連の政治力の無さを批判することになるためだ。


 こんな時、幹部連は若く身分高いとは言えない内田や備中に期待してきたが、内田は臼杵隊と行動を共にしており、ここは備中しかいなかった。文系武士、ゴクリと唾を飲んで、


「ひ、ひひひ、ひどすぎます。殿の功績に対しては……」

「これだ」


 備中心配は杞憂であったが、鑑連は石宗が持ってきた義鎮公の感状をひらひらさせる。その心のこもっていない文書が褒美とは。さすがの備中も、やはり何も言えなくなった。


「義鎮から、これとは別の私信もあった」

「し、しんですか」

「そうだ。このワシに再婚を勧める内容だったよ」

「……」

「……」


 場を支配する沈黙はさらに重くなる。それは、余りにも唐突かつ場違いな言葉であり、こんな時もやはり動くのは備中しかいない。犠牲者になるのは身分低く若い者と相場が決まっていた。もはや若いとも言えない備中、食の知識を総動員させて曰く、


「菜根……健康に留意せよ、とのことですか」

「ふん、どうだかな。若い嫁でもとって、さっさと真の隠居をせよ、とのことではないか」

「あ、ああ、そちらで……」


 会話の流れの幸運に感謝し、頭から葉のものや蓮根を追い払う備中。


「ち、ちなみにお相手は」


 義鎮がそう言及するのだから、主君としては目星を付けているのだろう。一体どこの誰に、悲惨な結婚をさせるつもりなのか、備中はワクワクする。


「それは」

「ゴクリ」

「それは書いていない。臼杵に戻った時に伝えるつもりなのだろう……婚姻により、ワシを第一線から退けようとする。義鎮にしてはまあ悪くない手だ」


 鼻で嗤う鑑連、そして備中も。鑑連はまたも戦場の背後で為された勝手な処置に、怒ってはいる。だが、前回立花殿謀反の報が流れ、しこたま虐められた時ほどの焦燥を、鑑連から感じない備中。それが戦略上の現時点での限界を見据えているためか、国家大友への諦念によるのかはワカらなかったが、鑑連から虐待される恐れはなさそうだ、とホッとする。


 また、備中にはもう一つ違和感があった。


「これは義鎮公ではなく、田原民部様のご計画ではないでしょうか」

「何?」


 そいつは慮外という顔の鑑連。


「戦場において行われた義鎮公の口出しは、公に権限を集中させることを目的にしていたはずです。そして、取り敢えず激戦が終わった今、殿を戦場から引き離す目的は何か。私生活に介入することで、殿を統率することではないでしょうか」

「そこに何故、田原民部が出てくる」

「婚姻ですが、余りに唐突です。それによって出世されたお人でなければ、その良し悪しを知り得ず、ために発想にも及ばないのではないでしょうか」

「で」


 鑑連が不安定でないため、備中も安定して話ができている。


「きっと田原民部様は、殿を操るに義鎮公と自身にとっては婚姻こそ良しが大きいと判断されたのでは……となると、義鎮公の御令嬢が、そのお相手ではありませんか」


 さすがにどよめきが陣中に流れる。重臣が家督の娘を娶るのは、あり得ることではあった。


「主君の娘を娶ることになる、と」

「こ、このまま行けば恐らくは」

「クックックッ、ワシは今年五十五なのだぞ。花嫁を隣に飾るには似合わん」

「それこそが、恐らくは義鎮公の殿に対する代償なのでは」

「代償」


 備中の言葉を反芻する鑑連、この武将にしては珍しく、備中を理性の目で見据えた。力溢れるそのひたむきさに、心が強く高鳴り思わず目を伏せてしまった備中。胸がドキドキする。


「代償か。立花山城での勝利、夜須見山で死んだ我が一門配下の無念、秋月を許す行為、へのだな。周到だ」

「はい。この周到さ、義鎮公発案とは考え難く、まず間違いなく田原民部様の手によるものです」

「あれも今や実力者筆頭だな。妖怪ジジイの時代は本当に終わったようだな」


 鑑連は感慨深げである。十数年前の御家騒動を思い出しているのかもしれない、と備中も過去に思いを馳せる。


 義鎮公は、自分を擁立した真の立役者である老中筆頭吉岡と粛清担当鑑連を、第一線から退かせたいのだろう。そして田原民部を通じて自身で政治を取り仕切る。義鎮公から鑑連へ送られた婚姻の勧めは、その強い意志の顕れであった。


「備中、良くワカった。きっとお前の言う通りなのだろう」


 貴様、ではなくお前と呼ばれ、そこから今の問答が鑑連の心に沁みたことを知った備中。話はまだ終わっていない。この後に続く主人の言葉を確信して曰く、


「この話、断りを入れるべきと存じます」


 さらにどよめく陣中。だが、備中へ控えろ、と述べる者はいない。備中が披露した分析を前に、それに匹敵する論を持ち合わせる者が居ないためだ。由布も安東も、どよめきの中に薄れ行く。その中で、鑑連は上機嫌に笑った。


「当然だな」

「はい!」


 鑑連には、田原民部の風下に立つことはできない。もっと言えば、義鎮公の風下ですら。誇りが許さないのだ。鑑連の年齢で主君の娘を嫁に迎える。それも国家大友において位人臣を極めることにはなるだろう。そして、その後は国家大友の歯車としての余生が待つだけだった。


「ワシはこれより筑後へ向かう。無論、高橋に備えるためだ。束の間の安息を貪るためではない」


 鑑連と備中やりとりから、居並ぶ幹部達も納得を得た。彼らは備中が呈した詳細や深読みとは無縁である。だからこそ、飼殺しになる主人の運命を、本能的に忌避したとも言えた。だから、


「備中、ワシの再婚相手を早急に探せ」

「はい!」


 元気よく返事を返す備中。義鎮公に断りを入れるには、先方が具体的な相手を明示する前に、ことを固めてしまう必要があった。


 重大な任務を帯びた備中は、鑑連に先行して、直ちに筑後へ向かった。

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