第155衝 交略の鑑連

 臼杵弟の陣へ招かれた森下備中。久しぶりに同僚内田を目にする。


「左衛門」

「……備中?なぜここに?」

「なぜって……まあ」

「殿にしばかれて、心を喪くした、と聞いていたがな」

「いや、その……まあね。そうなんだけど」

「無理しない方がいいぞ。殿は全く容赦ないからな」

「あ、ありがとう。ところで内田も元気がないようだけれど」

「嫡男が死んだからな」

「聞いているよ。残念だった」


 心底の愁傷を伝える備中。内田も姿正しく一礼して友情に応えて曰く、


「まだもう一人は生き残っている。夢はその子に賭ける」

「夢?」

「立身した地位を引き継ぐ夢」

「な、なるほど。ところでまだ臼杵様の陣に?」

「臼杵様が殿の指揮命令を尊重する代償として、兵力を提供することになってるからな」

「宝満山の陣から離れていたから、みんな左衛門に会いたがっているよ」

「そうか……!」


 力強く肩を叩き合う二人。


「だが、由布様や安東様にはもう会ったよ」


 心に隙間風が吹いた備中。


「志摩郡で原田勢と戦っている時は援軍、今は組込の立場だが、臼杵様は殿よりも堅実な戦い運びをなさるな。居心地は良い」

「へえ。でも臼杵様が内田の目が死んでいるって」

「なに、臼杵様がそんなことを?」


 すると備中の背後から声がかかる。この陣の責任者、臼杵弟の抗議の声だ。


「そこまでは言っていおらず、元気がない、と言ったのだ」

「……はっ」

「……」


 呆れ顔の臼杵弟が合図をすると、その陣幕から他の武将らが去っていった。何事だろう。


「今日は良い機会だと思ったのだ。内田左衛門尉、森下備中。二人に戸次殿の事を良く教えて貰いたい」

「ええっ!」

「……」


 思わず素っ頓狂な声を出した備中に比べて、内田は妙に落ち着いたままだ。


「私は今、この城を攻略するために一時的に戸次殿の膝下にある。故に、総大将が何をお考えなのか、本音の所を把握しておきたい。それを知るには、そなたら近習衆から話を聞くのが一番だろう」


 なかなか沈着な話し振りの人物だが、備中は目の前の人物こそが、宝満山の陣で秋月の内通者を独断即断で斬り殺した人物である事を思い出した。怒らせたら相当に怖い人物かもしれない。


「……備中に尋ねるのが一番良いでしょう」

「そなたの意見も伺いたいのだが」

「今の私は我が主人の考えを把握できなくなっておりますので」

「ほう?」

「そ、そんなことないよ左衛門」

「そうかな?」

「そうだって!」

「私としても、より多くの情報が欲しい。正確な判断をするためにもな」

「臼杵様、ちょっと失礼を」


 内田が備中の脇を膝で付き、肩を掴んで三歩下がり、特別小さな声で話し始めた。


「お前、答えるつもりか」

「そ、それは上席の方からのご諮問だし」

「……」


 内田の目が余計なことは言うなよ、と釘を刺していた。さすが近習筆頭だ、とちょっと感心する備中。前に戻る二人。


「今、戸次殿が重要視している事は、立花山城を取り戻す事だと私は思っているが」


 静かに話し始める臼杵弟。その口調から余り感情は感じられないが、この人物は情熱を巧みに隠しているはず、と備中は決めてかかっている。


「この城をどれくらいの期間で落とすつもりだと、諸君らは考えている?」

「期間はワカりませんが、立花山城はそれほど攻め難い城ではない、と主人鑑連は申しておりました」

「その通りだな」

「後は、敵に回ってしまった立花様のご器量次第でしょうが、主人鑑連はその手腕を評価していると思います」


  恐らく、多少は。という言葉を省く備中。


「内田は?」

「しかとはワカりません、主人とその話をいたしておりませんので」

「そうか」


 素っ気ない内田。確かに前に比べると自分を出さなくなっている。警戒しているのか、息子の死が堪えているのか。


「では戸次殿はこの城を奪った後、誰に委ねるよう動くかな?」


 臼杵弟は質問とともに、こちらの顔をじっと見ている。心の奥底を覗き込むかのようで、真意を計ろうとの意図がありありと見えてしまう。意外に露骨な人なのだな、それならば、と備中は自身の考えを披露する。


「自身で管理する予定だと思います。立花山城は筑前で最良の立地にありますから」

「ほう」


 小さく微笑んだ臼杵弟は内田を見る。備中も左隣を見ると、小さく目を伏せて曰く、


「今のは備中の考えであって、それが主人の考えであるかはワカりません」

「いいんだ。話が聞きたいのだから」


 臼杵弟、備中へ視線を向けなおして続ける。


「立花山に入るということは、筑前を監督するという事だ。それは高橋勢、秋月勢等を成敗した後も、そうするのだろうか」

「まあ……そうだと思います」

「それは何故だね?」

「自身で勝ち取ったものを、他者に譲る事を美徳とは考えていないはずです。主人は」


 目を丸くする内田に、さらに笑みを浮かべる臼杵弟。備中、さらい付け加えて、


「それが筑前の秩序に資すると、確信しているはずですから」

「なるほど。一理あるな。だがそれは宗麟様が決定をする範疇の事。いかな戸次殿でも、遠慮されるだろうと考えているが」


 来た。宗麟様。つまり、臼杵弟は主人鑑連がとどのつまり国家大友首脳陣と以後どのような関係を築いていくつもりか、に関心があるのだ。この城をいつ落とすつもりでいるかなど、さして感心があるワケではないはず。しかし、備中はすでに隠すつもりはない。


「恐れながら申し上げます。夜須見山の戦いで、義鎮公もとい宗麟様は安芸勢が動くという情報を基に、吉弘様と臼杵様に引くよう命じられたと伺っております」

「……」

「その結果、秋月相手のあの大敗です。宗麟様に遠慮する事それ自体が、宗麟様の為にならない、と考えているかもしれません」

「お、おい備中、控えろ」


 隣に立つ内田が声を差してくる。だが、鑑連に小筒を突きつけられ、さらに衆前で恥をかかされた今の備中は、どこか吹っ切れていた。


「吉弘様臼杵様に対しても、同じ感情を持っているはずです」

「はっきりと言うな」

「はっきり言えばこうです。主人鑑連は、夜須見山での不祥事について、大いに恨んでいる筈です」

「備中……備中!」

「いや内田、いいのだ。本心を聞きたいと注文したのは私なのだから」


 あくまで臼杵弟は理知的に振る舞う。この人物が激発する時は、その名誉を大きく損なった時なのだろう。


「それに森下備中はあの日、夜須見山にいたのだろう。戸次殿のお気持ちを一番良くワカっているのだろう」

「はい。あれで鑑連は叔父、弟を始め、多くの一門を亡くしました。その結果を招いた者たちを、まだ許してはいないはずです」

「……」

「……」


 この中には、秋月の他、惨めな醜態を晒した吉弘、臼杵弟も入っているのだ。言葉にしなくても、この人物ならきっとワカるはずだった、と備中は臼杵弟の鑑連への善処を期待するのであった。


 つまりは、自身には主人鑑連あるいは仲間達への強い未練があり、そんな己の嫉心を嗤うしかないのであった。

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