大分県警の女

山本正純

file⒈ ジャックオーランタンの殺人~公園で発見されたコスプレ遺体。キャリア警部と所轄の刑事。最強コンビ誕生~

ジャックオーランタンの殺人 ①

 十月三十一日午前五時。朝日が空に昇ろうとしている。空は雲一つない快晴。

 森林が周囲を覆う運動公園に一人の刑事がやってくる。黒く短い髪。眉毛に髪がかからない程度まで伸ばされた前髪が下され、襟足が長い。足の長いスマートな男。服装は黒いスーツ。

 この男の名前は三浦良夫みうらよしお。大分県警竹田署刑事部の刑事。階級は巡査部長。

 ここは大分県竹田市にある緑地公園。公園は現場を保存するため、閉鎖されている。

 三浦は現場を塞ぐ刑事に警察手帳を見せ、現場へと続く道を歩く。


 舗装されていない天然の道。地面には紅葉が敷き詰められている。

 三浦がこの道を歩いていると、大木の前に多くの人影が集まっている様子が見えた。三浦がその場所に駆け付けると、そこには竹田署の刑事たちがいた。刑事たちは三浦の到着を待たず実況見分を進めているらしい。

 三浦刑事が現場に集合している刑事たちと合流しようとすると、彼の背後から低い声が聞こえた。そこにいたのはマッシュルームカットに低身長な黒いスーツを着た男、宮沢みやざわが立っていた。宮沢は三浦の上司で階級は警部補である。

「三浦。悪いな。こんな時間に呼び出して」

 宮沢が謝ると三浦は現場の状況を聞く。

「こんな場所で殺人事件ですか」

「ただの殺人事件じゃない。猟奇殺人事件の可能性がある。口で説明するより、実際に見た方が分かりやすい」

 三浦は上司に連れられて大木に近づく。その大木の根本に胸にナイフが突き刺さった女の遺体が転がっていた。遺体の体は黒いマントで覆われ、顔はジャック・オー・ランタンのマスクで隠されている。遺体の近くには、星型のペンダントが落ちている。

 間もなくして白い手袋を付けた鑑識の男たちがマスクを外す。すると苦しみのあまり目を見開かせた髪の長い女の死に顔が露わとなった。

「遺体の身元は?」

 三浦が宮沢に聞く。宮沢は鑑識から受け取った運転免許証を三浦に見せる。

「死亡したのは降石蘭ふるいしらんさん。二十九歳。遺留品の財布に多額の紙幣が入っていたことから、物取りの犯行ではないことが分かる。つまりこれは殺人事件。まあ自殺の可能性もないわけではないが……」

 宮沢が状況を説明する。その直後、宮沢のスマートフォンが鳴り響く。画面には竹田署署長の電話番号が表示されていた。

「宮沢です」

 宮沢が敬語で答えると、署長は衝撃の一言を述べる。

「そうですか。分かりました!」

 宮沢が電話を切ると、彼は部下の刑事たちに署長からの伝言を話す。

「今回の殺人事件について。署長は遺体を不気味な姿にして遺棄するという犯行手口から、猟奇殺人事件と判断した。ということで竹田署に大分県警捜査一課が乗り込んでくる。この事件は県警との合同捜査ということだ」

 その知らせは三浦にとって嬉しいことだった。久しぶりの県警との合同捜査。県警の刑事になることが夢である三浦にとってこれはチャンスだ。県警との合同捜査で良いところを見せることができれば、県警本部の推薦がもらえるかもしれない。合同捜査こそ所轄刑事の出世の近道。

 三浦は密な期待を抱き、周辺の聞き込みを行う。


 午前八時。竹田警察署の廊下を見慣れない十八人の刑事たちが歩く。刑事たちの服装は黒いスーツ。刑事たちは三列になり、捜査本部まで足を進めた。

 大分県警察本部から派遣された十八人の刑事。その中には一人だけ女がいた。黒髪を肩までの長さまで伸ばし、右に分け目のある前髪をピンク色のピンで止めた長身の女刑事。釣り目が特徴的だった女刑事が捜査本部のドアを開ける。所轄署の会議室に設置された捜査本部。その中では竹田署刑事課の刑事たちが着席していた。

 スクリーンを挟んだ前方の席に座っていた署長が立ち上がり、県警本部の刑事たちに挨拶する。

「大分県警捜査一課の皆様。お待ちしていました」

 署長が握手をするために手を差し伸べる。紅一点の刑事はそれを拒む。

「挨拶は結構。早速捜査会議を始めましょう」

 県警本部から派遣された女刑事は冷たく署長に接する。その後で女は署長の隣の席に座る。

 女刑事の部下である十七人の県警の刑事たちが席に座り、捜査資料に目を通す。


 それから数秒の沈黙が流れ、署長が席を立ちあがり、マイクを握る。

「それでは緑地公園殺人事件の捜査会議を始めます。先程皆様には伝えましたが、今回の事件からは猟奇的な何かが感じ取られるということで、大分県警捜査一課の皆様との合同捜査を行います。まずは捜査本部の責任者である大分県警捜査一課の須藤涼風すとうすずか警部。挨拶をお願いします」

 署長の隣に座っていた髪の長い女が立ち上がる。三浦は女の顔立ちを観察する。歳は二十代後半くらいで、かわいい容姿をしていると三浦は感じた。

「大分県警捜査一課の須藤涼風です。よろしくお願いします」

 須藤の挨拶が終わり、捜査会議が始まる。早速署長がマイクを握る。

「それでは事件の概要を刑事課の宮沢。説明しろ」

 宮沢は立ち上がり報告書を読み上げる。

「遺体の第一発見者は公園を散歩していた近隣の住民。遺体発見当時第一発見者は不審な人影が走り去るのを目撃したそうです。その際不審な人影が星形のペンダントを落としたようです。現在防犯カメラの映像や第一発見者の証言を手がかりに不審な人影を特定しています」

 宮沢の報告を聞き、署長が再びマイクを握た。

「鑑識課の西田。遺体の状況を説明してください」

 鑑識の制服を着た男が立ち上がり報告書を読み上げる。

「被害者、降石蘭の死因は胸を突き刺されたことによる失血死。死亡推定時刻は死後硬直のから死後三十分程度が経過していることが分かりました。即ち死亡推定時刻は午前四時三十分から午後五時までの間。凶器のナイフが胸に突き刺さっていました。ナイフからは三名の指紋が検出されています。もちろん前科者の指紋とは一致しませんでした。現在誰の指紋なのかを調べています」

 鑑識の報告を聞き、須藤涼風が質問する。

「凶器から被害者の指紋が検出されたのですか?」

「被害者の指紋は検出されませんでした。つまり殺人事件の可能性が濃厚になったということです。それと被害者が被っていたジャック・オー・ランタンのマスクの内側から被害者以外の毛髪が検出されました。犯人を示す遺留品かどうかは不明です」

「それと現場から発見された星形のペンダントからは指紋が検出されなかったのですか?」

 質問を重ねる涼風警部。だが、鑑識は首を横に振った。

「いえ。ペンダントからは被害者の指紋と、もう一人別の指紋が検出されました。面白いことに凶器に付着した三種類の指紋Aと一致したんです。最後に被害者の靴底からたばこの吸い殻が検出されました」

 西田の答えを聞き、三浦が手を挙げて立ち上がる。

「すみません。現場からは血痕が発見されていませんよね。あの現場は血の匂いが漂っていなかったと思いますが?」

「そうですね。血液反応はありません。もちろん血液を拭き取られた形跡もありません。つまり犯行現場と遺体遺棄現場は別ということです」

 三浦は着席する。そして、鑑識の報告が終わり、須藤涼風がマイクを握り立ち上がった。

「ありがとうございます。初動捜査の報告はここまでで十分でしょう。遺体発見時に現場から逃げた不審な人影の行方を追います。それと被害者の関係者から聞き込みと、任意の指紋提出を求め早期解決を目指しましょう」

 捜査方針が決まり、刑事達は一斉に「はい」と返事した。

 さらに、涼風は刑事達の顔を見渡し、話を続けた。

「一班は遺体発見現場周囲の聞き込み。一班は同時に犯行現場の捜索を行ってください。二班は被害者の関係者に聞き込み。二班は関係者から任意で指紋や毛髪の提出を求めても構いません。三班は遺体発見現場の捜索。まだ犯人に繋がる手がかりが見つかっていないかもしれません。以上で捜査会議を終わります」


 須藤涼風の号令で捜査会議が終わる。それから刑事たちは三つのグループに分かれる。三浦が所属する二班には、須藤涼風の姿があった。二班の班長となった須藤涼風は、一枚の白い紙を取り出し、メンバーたちに言い聞かせる。

「通例通り県警の刑事と所轄の刑事が相棒を組み、聞き込み捜査を行います。二班には大分県警本部の刑事が私を含めて六名所属しています。それでは人員配置を発表します。人員配置の都合上トリオを組むこともあります。ご了承ください。まず……」

 須藤涼風は淡々と業務内容と相棒を発表する。だが三浦の名前は中々呼ばれない。

 須藤涼風は最後に一呼吸置き、自分とコンビを組む刑事の名前を発表する。

「私と組むのは三浦良夫巡査部長です。以上です。それでは解散!」

 その一言で刑事たちが一斉に駐車場に向かう。そんな中で須藤涼風と三浦良夫は取り残された。

 三浦良夫はこれが一世一代のチャンスだと感じた。だが彼にも分からないことがある。なぜキャリア組に所属する県警の警部と所轄署に勤務するノンキャリア組の巡査部長が組むことになったのか。

 三浦の脳裏に謎が浮上した頃、須藤涼風が捜査本部の出口に向かい歩き始める。

「待ってください」

 三浦は須藤を呼び止める。須藤は立ち止まる。

「何でしょう?」

「一つだけ質問してよろしいですか。なぜ僕と県警のキャリア刑事である須藤警部が組むことになったのか?」

 須藤は質問を聞き、背後を振り返りながら淡々とした口調で答えを述べる。

「大分県警の鳴滝なるたき刑事部長の推薦。正確にはあなたの上司の宮沢警部補が署長に直談判して、署長と鳴滝刑事部長が相談しました。その結論は、今回の事件を利用してテストしようということですよ」

「ネタバラシをしてよいのですか?」

「構いませんよ。あなたは捜査会議の時、遺体発見現場から血痕が検出されなかったのではないかという事実に言及しました。この質問は私も考えていたことです。つまり着眼点が良かったということです。質問はよろしいですか。それでは行きましょうか?」

 答えを知った三浦は須藤涼風と共に警察署の廊下を歩き出した。

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