第5話
俺は莉穂と付き合うことになると、すぐに莉穂との同棲生活を始めた。元々莉穂が東京で生活するために借りていたワンルームマンションに俺も住むことになったので、部屋には2人分の私物で溢れかえっている。
「しっかし、ワンルームに2人住むのはかなり狭いな」
「おかげで私は毎日、良太の隣で寝られるんだけどね」
「っていうかお前、寝てる時いつも裸じゃねぇか・・・」
「私、好きな人ならずっと裸見られても平気だもん!」
「お前が平気でも俺が困るわ!それにもう冬だし、風邪引いても知らんぞ」
「声優は体が資本です」
「どおりで部屋の中が加湿器まみれなわけだ!」
「声優は喉が資本だからね。マスクと水と飴は生活必需品なの」
「ああ、そうなんだ・・・」
同棲して初めて知ったことなのだが、莉穂は裸族だ。夜、風呂から上がって部屋に戻るといつも全裸になる。この寒くなった12月でもだ。それは俺が同棲し始めてからも変わらなかった。
「ここ2人で住むには狭いでしょ?だったらもっと広いマンションに引っ越してもいいよ?」
「いや、いい。お前お金ないんだろ?それに俺もまだ仕事決めてないし・・・」
「良太も早く仕事決めてよね。これ以上の支出は避けたいんだから」
「はいはい、わかってます」
「東京で働くことになった」と両親に嘘をついて東京に出てきた俺は、見事に莉穂のヒモになっていた。知沙は俺が家を出る時、「お兄ちゃんがまたいなくなって寂しい・・・」と少し泣いているようだった。そのせいか、知沙からは四六時中、お兄ちゃんは今何をしているだの知沙は今日何をしてきただというLINEが届いているのだ。そして・・・
みんなにはまだ言っていないのだが、俺は大学に戻って教員免許を取ろうと思っている。将来の夢は高校の教員。そして野球部に携わって、今度は監督として甲子園に行けたら・・・という一応の目標を持っている。
◇ ◇ ◇
12月、俺は元プロ野球選手が学生野球で指導するにあたって必要な研修会を受けた。この研修を受け、来年行われる審査をパスできたら、俺は晴れて高校や大学での指導が可能となるわけだ。この研修会には多くのプロ野球関係者が参加した。中には今年まで現役選手としてプレーしていたり、監督やコーチを務めている方までいらっしゃった。
「早瀬、お前もう現役に未練ないのか」
「去年のトライアウトでもう満足に投げられないことがわかりましたからね」
「そうか。お疲れ様」
「ありがとうございます」
「お前は甲子園と神宮の申し子だ。指導者としてもいい方向に向かうと信じているぞ」
「はい!」
俺がプロ入りした時の投手コーチもこの研修会に参加していた。「もうこれ以上、野球人口の減少を食い止めたい」というのがこの人の目標だそうだ。そして・・・
「良太、野球教えるんだ」
研修を終えた俺は早速、莉穂に自分の目標について語った。
「ん?ああ。大学戻って教職を取ろうと思ってる。今度は監督として甲子園に行きたいな・・・とは思っている」
「そうなんだ。いい夢持ってんじゃん。でも、殴るのはダメだよ。捕まるよ?」
「俺の学生時代でも体罰は犯罪だって言われてたんだよなぁ・・・思いっきり殴られてたけど」
「まあ、頑張って」
「ああ、お前も紅白に出て、正真正銘のトップ声優アーティストになれるよう頑張れよ」
「ありがと」
どうやら莉穂は俺の目標に理解を示してくれたようだ。
◇ ◇ ◇
研修から数日が経った、12月24日。俺は仕事が終わったばかりの莉穂を呼び出した。さすがクリスマスイブの渋谷。もう夜の9時だというのにまだ大勢のカップルや友達グループであふれている。
莉穂を連れた俺は早速、駅近くの雑居ビルに入り、7階の高級レストランに入った。このレストランは都内有数の高級レストランであり、芸能人やスポーツ選手、そして政財界の大物までもがよく訪れるという。
俺も莉穂もクリスマス仕様のステーキセットを注文した。ニューヨークやパリの最高級レストランで修行したシェフ自らが目の前でお肉を切り、お客さんの要望に応じた料理をしてくれる。食事はただ、純粋に美味しかった。料理の味は完璧。国産の最高級ステーキ。俺も莉穂も元々、肉類が好きということもあって満足して食べることができた。
そして食事を終えた2人は、お互い酒酔い状態になっていた。それでもしっかり家に戻ることができた俺は日付が変わり、お互い少し酔いが覚めると、莉穂にあることを告げたのだ!
「莉穂、結婚しよう。俺は世界で一番お前のことが好きだ」
俺は結婚指輪を出し、莉穂に真顔でこう言った。
「うん、私も良太のことが大好き。世界一大好き。結婚してあげる」
莉穂の返事はこうだった。プロポーズは成功だ!しかし、
「でも今は無理かな・・・結婚するのは私と良太の夢がちゃんと叶うまで我慢したいの」
と莉穂は言ってきた。俺は「そっか・・・」とため息をつく。そして・・・
「私は良太の夢にずーっと付き合うから、良太も私の夢にもう少し付き合ってね。ダーリン♡」
と莉穂は最高の笑顔を俺に見せたのであった。
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