苦情 at ヴィックトロイゼン城

「アンタが王様かい?」

「いかにも吾輩が王である」



 こんにちは、僕の名前はハナバル。サヨコの樹人みきじんです。

 そろそろ僕の箒としての寿命が近付いているということで、サヨコと僕はここ、『世界の裏』にやって来ました。ここなら、僕がいなくなっても移動手段はさまざまあります。長寿種のドラゴンでも1匹捕まえて、手懐けようか、なんて話をしていたのです。


 サヨコが輪っか菓子を所望したので、輪っか菓子の発祥の地であるリンガリンガ島にやって来ました。

 輪っか菓子を堪能したサヨコは、島の中心にあるデューナチョ湖で水遊びをしようと提案してきました。よく食べ、そして、適度に運動をする。これがサヨコの長寿の秘訣です。僕がこの年まで生きてこられたのも、サヨコとそうして暮らしてきたからなのです。


「あら? 聞いてた話と違うわね」


 デューナチョ湖を覗き込んだサヨコが言いました。

 底無し湖と聞いていたのですが、水深は……『深』なんて言葉もどうかと思うほどに浅い湖でした。湖というか、ただの大きな水たまりと変わりません。一体何があったのでしょう。そう思っていた時です。


「サヨコ、危ない!」

「えっ?」


 最初、湖が爆発したのだと思いました。

 形容しがたいとても大きな音がして、大地も揺れ、水柱が立って。僕は、咄嗟にサヨコを抱きしめることしか出来ませんでした。これが本当の爆発だったら、2人とも寿命を待たずに死んでいたでしょう。


 けれどもそれは爆発などではなかったのです。その広い水たまりの上に、大の字になって、ゴーレムが浮かんでいました。浮かんでいた、というか、あまりの浅さで、ただ単に湖底に寝そべっていただけ、というのが正しいのですが。


 どうやらそのゴーレムは空から降って来たようです。強く湖面に(というか、湖底に)叩きつけられたために、右腕と左足の先端が欠けてしまっています。しかし、僕らの力でその大きな石人形を動かすことが出来るわけもありません。ただ、不思議なことがあるものだと、そう思っていました。一体何があったのかはわかりませんが、もしかしたら、何かしらの事故など――それこそ、例えば爆発に巻き込まれたなどで――飛んできたのかもしれません。だから、同じようなことはもうそうそう起こらないだろう、と。


 しかし。


 2体目はすぐに降ってきました。

 ここまで湖が浅いとなると泳ぐことも出来ませんので、湖から少し離れたところでジョギングをしていたのです。ちょうど休憩をしていたので、それが落下してくるところをしっかりと目撃したというわけです。


 素人目にも、事件性はないように見えました。煙が上がっていたわけでもなけれれば、少なくとも、落下中に見た感じでは、特に大きく損傷もしてなかったからです。だから、たまたま飛んできた、というよりは、ここに飛ばされてきた、が正しいのでは、と。


 運よくなのか、それとも悪くなのか、2体目のゴーレムは、比較的底が深いところに落ちたようでした。サヨコと一緒に恐る恐る湖面を覗き込んでみると、どうやら底に沈んでいるのはすべて同じ型のゴーレムのようです。僕とサヨコは、もしかしたらこのゴーレムの主が意図的にここへ送り込んでいるのでは、と思いました。


 沈んでいるゴーレム達の多くは苔にまみれていましたが、この苔はここでついたものではありません。僕は樹人ですから、それくらいのことはわかるのです。そう言うと、サヨコは、苔まみれになったからここに廃棄したのではないか、と言いました。


 そこでサヨコと僕は、この世界のトップである魔王様に話をしに行くことになったというわけです。


 王との謁見には所定の手続きが――と言われましたが、そんなことで怯むようなサヨコではありません。うるさい黙れ、と一喝し、良いからとっとと王様を出しなと叫んだところで、ちょうどその魔王様が厠から手を拭き拭き現れたのでした。



 で。

 その後のことは、僕の口から語ることは出来ません。

 僕の愛しいサヨコが読者の方から「こんなに恐ろしい魔女がいるなんて!」と嫌われてしまったらと思うと、とてもとても。


 ただ、歴代最強と名高いその魔王様はサヨコの話をしっかりと聞いてくれ、即座に対応してくださいました。ゴーレムを不法に投棄していたステュンプルゼン伯爵は1500年の奉仕活動を命じられ、それを怠ったり、例えほんの欠片であっても魔法の力によって不要となったものを指定の場所以外に廃棄した場合には直ちに、爵位をはく奪されることになったのです。

 

 そして――、


「本当に1体だけで良いのか?」

「良いさ。うんと力自慢のが1体いれば十分だよ」


 湖の状況を把握するためにやって来た魔王様に、サヨコは、「この中の1体だけを引き上げてくれないか」と頼んだのです。そして、ここにしばらく住んで湖の中のゴーレムを引き上げるから、別荘と長期滞在の許可を要求しました。もちろんそれについても魔王様は快諾してくれ、ゴーレム引き上げ作業に関しても、湖底清掃業務として相応の賃金を支払うとまでおっしゃってくださったのです。僕はただ単に花を咲かせるだけの観賞用の木で、『金のなる木ロッカクラッスラ』のように無限に金を生み出すことも出来ません。だから、ここにしばらく住むとなれば、安定した収入も必要です。


 そういうわけで、サヨコは、サザンカと名付けたゴーレムと一緒に、少しずつ少しずつゴーレムを湖から引き上げていったのです。



 僕の身体がいよいよ動かなくなったのは、それから1年後のこと。

 数千年生きる樹人にとって、1年というのは瞬きのようなものです。けれどもこの瞬きの間に、何体ものゴーレムが花の名前を与えられました。ごつごつとした灰色の石人形達に可憐な花が咲いたのです。僕が咲かせる虹色の花なんかよりも、美しくて、鮮やかで、優しい、色とりどりの花達。そんな花畑に囲まれていればきっと、僕がいなくなっても、サヨコは寂しくないだろう。そう思いました。


 けれども僕は、最期に、本当の最期に勇気を振り絞ったのです。

 

「僕はあなたの名前の一部になりたい」


 魔女の名前の一部になるということは、樹人にとって、決して叶わない、けれどもひそかに願ってやまない夢です。大抵の魔女は僕達に対してそこまで執着しません。箒が壊れたら、また次の箒を探せば良いだけですから。


 だけど、寿命が近いと打ち明けた時に、サヨコは、まっすぐ僕を見つめ、「それじゃそろそろ新しい箒を探しに行かないと」と言う代わりに「だったらあたしに種を残してくれないか」と言ってくれたのです。

 それを植えてくれるかまではわかりません。ただの思い出のひとつかもしれません。期待はするなと何度も言い聞かせました。もしもの時に売り払ってくれても良い。それで彼女が美味しいものを食べられるのなら、と。


 でもサヨコは、横たわる僕をじっと見つめて、


「あたしの名前なんてね、ハナと出会った時から決まってるんだよ。あたしの名前の終わりは、『ハナバル=ハナモロ』、あんただよ」


 目にいっぱい涙をためて、そう言ったのです。


「気持ちの整理がついたら、ここにハナの種を植える。世話は任せな、あたしはプロだ。うんといい男に育ててやるよ」

「だけど、サヨコ。僕が育つまでに……」

「1,000年かい? 2,000年かい? 何千年でも待つさ。あたしはね、50,000歳まで生きるって決めてるんだ。ハナも知ってるだろう?」

「そうだね、いつも言ってた」


 僕は知ってます。

 さすがの魔女でも50,000年は無理です。

 なのにサヨコが言えば実現しそうに思えてしまうから不思議なものです。


「そのうちのたった数千年だろ? どうってことないんだよ。それよりあたしはまだまだハナと一緒に食べたいものがあるんだ。だからね、また会える時まで、ゆっくりお休み」

「わかったよ、サヨコ。また会おうね」

「うん、また会おう」



 お休み、サヨコ。

 僕の大切な魔女


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