夕食 at スプーリッジ合戦跡公園

「……師匠、もう名前は伸ばさないんだと」


 満天の星を見上げ、キャルメラキノコのドームプリンドッグを食べながら、ふと思い出す。膝の上には、この旅の記録――といっても主に食べたものをメモしているだけなのだが――がある。まだまだ白紙のページの方が多い革張りの手帳だ。


 旅はまだまだ11日めが終わるところだ。

 それなのに、とても11日分とは思えない量の料理名が書き記されている。


「ふぇ? 何て?」


 口の周りをキャルメラキノコの胞子まみれにし、お嬢はテーブルの上のロンバロンバコーヒーに手を伸ばした。それに、ぱっぱとトッピングのスパイスを振りかけてから、ごくりと飲む。


「なーまーえ、もう伸ばさないんだって」

「ほぇ~、思い切ったわねぇ。あと8,000年生きるっていうのに」

「だよなぁ。それでさ――」



 ハナバルがさ、とサヨコ師匠は言ったのだ。


「ハナがいよいよ永い眠りにつくとなった時にね、あの子が最期に言ったんだ。『僕はあなたの名前の一部になりたい』って」


 魔女の名前は、この世に生まれ落ち、そして土に還るその時までずっと長く伸びていく。人前で名乗るのは、親から受け継いだ、自身のルーツである序名と呼ばれる部分で、そこから先は、見たもの、聞いたもの、心を動かされたものなど、各人の自由につけられるらしい。


 お嬢は普段『オリヴィエ』としか名乗らないが、『オリヴィエ・ファ・ユランティ・ヨランカ・グズムンラナガン・ノーヴァ・レーニヒ』という部分までが序名で、意味は、『グズムンラナガンの森に住む、古ノーヴァの加護を受けた陽の聖人ユランティと月の魔女ヨランカを祖に持つ子、ファ・オリヴィエ』である。


 そんな由緒正しき魔女の名の一部に。


 俺達のような、単なる移動手段が、そこに手を伸ばしても良いのだろうか。恐らく誰もがそれを望み、けれども叶わなかったその夢に。


「何にも欲しがらない子だったのにね、最期の最期でとんでもないものねだられちゃったのよね。よりによって、魔女の名前に手を出すなんて」


 俺だったら、と考える。

 俺だったら、果たしてそんなことが言えるだろうか、と。


「だけどね、私だって、もともとそのつもりだったんだ。ハナが私より先にいなくなろうが、私がハナより先に死のうが。私はこれから先、もう名前を伸ばすことはないだろうってね。だから私の名の終わりはハナバル=ハナモロ」



「……ばあちゃん、そこまでハナのこと」

樹人みきじん冥利に尽きるよな、ハナも。その上、箒になるまで1,000年待ってくれるんだぞ?」


 お嬢には無理だろうな、なんて思ってみる。

 

 ロンバロンバコーヒーに、テーブルに備え付けられているスパイスラックから、チャッパナという香辛料の瓶を取り、それを振りかけてから、ネコシという木の実のペーストを少しカップの縁に乗せ、一口飲む。このコーヒーはこうやって色々と味を変えながら飲むのだ。


「……サルはさ」

「うん?」


 食べ終えたキャルメラキノコのドームプリンドッグの包み紙を丁寧に折り畳み、すでに食べ終えた3枚の包み紙とまとめて端に寄せた。そしてそこに肘をつき、ずずい、と身を乗り出した。


「私のために種を残してくれる?」

「た、種を?」


 そりゃ『12色の虹の花が咲く木ハナ』に比べたら、『金のなる木ロッカクラッスラ』なんてあっという間に芽も出るし、成長も早い。たぶん、200年もあれば、とりあえずいまと同じくらいの大きさにはなる。


「俺が種を残したら……、お嬢は待ってくれるのか?」

「当然じゃない」

「200年はかかるぞ」

「たった200年ぽっち、屁でもないわよ」

「その間の箒はどうするんだ」

「いらない」

「いらないって……。どこにも行けないんだぞ?」

「行けるわよ、近場なら」


 私には立派な足があるのよ? と、ワンピースのスカートの裾をひらりと捲って見せる。


「200年くらい、遠くに行けなくたって大丈夫。いまのこの思い出があれば、200年なんてすぐだわ」

「そうかなぁ」

「そうよ? それにほら、私にはがあるし」


 と言って、依然膝の上にあった皮張りの手帳を手に取った。


「サルと食べた美味しいもの、。だから、サルと少しくらい会えなくたって、私は大丈夫」


 そこで俺はやっとこの記録の意味を知った。


 ただ単に、旅の思い出なんだと思っていた。

 旅だって、いつまでも続けられるわけじゃない。やっぱりいつかは終わって、またお嬢はあの森に戻り、薬作りを再開する日が来るだろう。食事は前よりもマシになるかもしれないが、それでもシリアルバーをかじるだけの日もあるかもしれない。

 だけどそんな時に、この手帳を開けばきっと、俺と食べた色んなものを思い出せる。そしてまた、もしかしたら「サル、美味しいものを食べに行くわよ」ってそう言うかもしれない。


 だから、そのためのものだと。


 まさかこれらすべてを名前にするつもりだったとは。さすがお嬢。


 

「……私だって、名前の終わりは『サルメロ=サルバル』にするつもりだったんだから」


 そんなことをぽつりと呟いて、お嬢はほんのり赤くなった顔をぷいと背けた。お嬢め、さっき振りかけたスパイス、ゴル酒の結晶入りのやつじゃないか。


 かつて血なまぐさい合戦があったらしいこの公園では、いま、遥か東の島国との友好の証らしい『アズマナデシコ』という桃色の花が満開に咲き誇り、そこここに食べ物の屋台が出ている。満天の星と美しい桃色の花を同時に楽しめる夜の花見も最高だなと思いながら、俺は、お嬢の肩をとんとんと叩いた。やっぱり酒のせいなのか、お嬢の頬はまだ赤い。


「大丈夫だお嬢、俺は若い木だし、まだまだ死なない。お嬢だってそうだろ? まだまだこれからの魔女だ」

「それはそうだけど」

「だけど、もしもの時はちゃんとお嬢に種を託すから」

「約束よ」

「約束だ」


 そう言って、『指切り』をする。

 これは、大昔のまじないらしい。小指と小指を絡ませて、念じる。ただそれだけのことではあるけれど。何だか、胸にしっかりと刻まれたような、そんな重みがあるから不思議だ。


 さて、とスパイスラックから『※ゴル酒結晶入り』というラベルの付いた瓶を取ると、それを残りわずかなコーヒーに振りかけ、ぐい、と飲み干した。腹がかぁっと熱くなり、心臓が強く脈打つ。


 そして、空になった木彫りのカップを置き、深呼吸を一つしてから、お嬢と目を合わせた。

 

「……オリヴィエ、明日はどこに行こうか」


 そう言うと、お嬢は目をまん丸くして、しばらくの間動かなかった。




【夕食: スプーリッジ合戦跡公園】

干しレモンダケとニパクチョイのエクレールドッグ

スイートコナ雨粒じゃらしのサクサク揚げパン

焼きフラジスケヴィンヌードルパン

キャルメラキノコのドームプリンドッグ

ロンバロンバコーヒー(スパイスはお好みで)

 

 

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