作業 at デューナチョ湖のほとり
「何だか悪いねぇ」
「いや、俺は全然、別に」
俺はいま
『ばあちゃん、私のサルを貸してあげる』
と、こちらの意思もまったく確認せずに、俺はいまレンタルされている状態である。
目的はサヨコ師匠をここから一番近い『
「まぁ、ゴーレム達が食事の世話をしてくれるみたいだからな。お嬢が飢えさえしなければ、うん」
そう言うと、サヨコ師匠は、呆れたような顔でこちらをじとりと睨みつけてきた。
「相変わらず甘やかしてるのね、サルメロは」
「ついつい……」
「ついつい、じゃないよ全く」
「すまん……」
そう言いつつも、師匠の顔は何だか優しい。
「……サルメロ、森には行かなくて良いよ」
「え? どうして」
お嬢とならまる一日はかかるだろうが、何せ彼女は恐れ多くもその師匠、北北西にこの人ありと言われたほどの(北北西の魔女の中では)大魔女様なのである。本気を出せば2時間くらいで着くはずだ。
「新しい箒なんてね、もういらないのさ」
そう言って、サヨコ師匠は、首に下げていたロケットペンダントを、ぱかり、と開き、少し寂しげに微笑んだ。
「いらないって、サヨコ師匠、もしかして……」
もう長くないのか?
なんて軽々しく問えるわけもなく。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……暇だわ」
サルとばあちゃんが樹人の森へと出発してかれこれ1時間。
この島には――というか、私がいるこの森の中には娯楽という娯楽がない。この湖の向こう側にはそれなりに栄えた町があるらしいんだけど、サルがいないんじゃ行けそうにもないし。
「ゴーレムちゃん達、遊び相手になってくれないかしら」
私の近くにはいま6体のゴーレムちゃん達がいる。『ゴーレムちゃん』とは言ったけれど、性別なんてない。ただ何となく花の名前を付けられてるんだから、『ちゃん』でも良いかなと思っただけだ。
背中に苔を生やしているプリムラとアロエは太陽に背を向けたり、お互いに水をかけあったりしている。成る程、そうやって育ててるってわけね。
サザンカは小屋の回りを行ったり来たりしている。何してんだろってしばらく観察していたけど、壁の修繕とかそんな感じっぽい。で、その後ろを子どもみたいな大きさのコスモスがうろうろしている。
残る2体はかなり大きい個体で、インパチェンスとトレニア。やっぱり花の名前だ。ばあちゃんってそんなに花が好きだったのかしら。まぁ、それは良いとして。
この2体はさっきから、どぼんどぼんと湖の中に入ったり、かと思えば、ぬぅ、と出て来たりを繰り返している。いや、ただ無意味にそんなことをしているわけではない。
インパチェンスは太いロープや鎖を運び、トレニアはそのロープや鎖の先に何かフックのような金具を取り付けたりしているのだ。そして、それを持って、仲良くどぼん。そして手ぶらで上がってくる。
で、何度かそれを繰り返した後、湖から上がってきたインパチェンスとトレニアの手には、太い鎖がしっかりと巻き付けられていた。
何だ何だ?
何が始まるのかしら。
ちょっとわくわく。
インパチェンスが右手を上げる。すると、その手に巻き付いている鎖が、胴に当たって、じゃらり、かぁん、と鳴った。
次はトレニア。彼女が上げたのは左手だ。そしてやっぱり、じゃらり、かぁん。
曲でも奏でているつもりなのか、一定のリズムで交互に手を上げ下げしていると、さっきまで日向ぼっこをしていたプリムラとアロエ、壁の修繕中のサザンカとコスモスが、仲良く並んでこちらへとやって来た。
じゃらり、かぁん。
じゃらり、かぁん。
そのリズムに合わせて、4体のゴーレムちゃんは両手を上げ下げして、屈伸している。踊っているように見えなくもないけど、どちらかと言えば、準備運動とか、応援とか、そういう感じ。昨日のお城にいたゴーレムは会話が出来たけど、ここのゴーレムちゃん達は口がきけないみたい。こっちの言ったことは理解出来るみたいだけど。
つまり、そういう風に作ったってことだ。その馬鹿息子が。
口答えなんかしなくて良い、俺の命令だけ聞いていろ。
そういうことだろう。腹立つわね。
だけどゴーレムちゃん同士は何らかの手法で会話をしているらしい。だから、もしかしたらいまのこれがそうなのかもしれないし、私達には聞こえないような音で会話しているのかもしれないけど。
何回、何十回目かの『じゃらり、かぁん』で、それは姿を現した。
ざば、と大きな波が立ち、それを背にして湖から出て来たのは、苔まみれのゴーレムだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
サヨコ師匠のロケットの中に入っていたのは、つるりとした白い種だった。もちろん俺には、それが何の種なのかわかっている。
それは『12色の虹の花が咲く木』の種だ。
「良いかい、サルメロ」
サヨコ師匠はその種をいとおしげに撫で、ぽつりと言った。
「常に別れの覚悟は決めておきなさい」
別れ、という言葉にぞくりと背中が冷える。
わかってるさ、俺だって。
魔女も樹人もいつかは死ぬんだ。どっちが先になるのかはわからないけれども。
「もしアンタがあの子よりも先に死ぬつもりなら、良いかい、必ずあの子に『種』を残しておやり」
ああ、やっぱりその種は、ハナバルの種なのだ。
「もしあの子が古い箒のことを早々に忘れて新しい箒と仲良くやれるっていうんなら、別に良いけどね。だけどあの子は――オリヴィエはあたしの孫なんだ、たぶん無理だろうね」
ものを大切にする魔女だから、お嬢は。
情に厚い魔女だから、お嬢は。
「でも、これがあれば」
と、ロケットの中の種に視線を落とす。
「時間はかかるけど、またハナに会える」
「だけど、箒が務まるようになるまで1000年はかかるぞ」
「良いじゃないか。あと1000年生きる理由になる」
「それに、樹人の森に植えないと、何の知識も吸い上げられない」
「構やしないよ。知識ならあたしが全部持ってる。ハナから教えてもらったことも、あたしが自分で学んだことも。だから今度はあたしが教えてやるのさ。若い箒を育てるってのもオツなもんだろ」
「オツかどうかは……俺にはわからん」
「
「……わかった」
俺が頷くと、サヨコ師匠はロケットをぱたんと閉じ、「よろしい」と笑った。
「さぁて、久しぶりの空だ。もう少し堪能させてもらおうかね」
「任せろ」
そう言って、お嬢より小さなその身体をしっかりと抱いた。この人はお嬢よりも無茶な飛び方をするからな、しっかりつかんでないと危ないんだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「こっちはだいぶきれいになったわよ!」
さっすが私! と額の汗をぬぐう。
一緒に作業をしている6体のゴーレムちゃん達は、私の声に手を止めて小さく頷いてくれた。言葉なんかなくたって「お疲れ様」くらいの気持ちは伝わってくる。
「さぁ、お次はどこかしらぁ!?」
そう言えば、サザンカが「じゃ、次はこっちをお願い」とでも言わんばかりに足の辺りを指差してくれた。あら、お膝の裏の隙間にも苔がびっしりね。これじゃ曲がらないわよ。
私達はいま、引き揚げたゴーレムちゃんの苔落としをしている。
ここのゴーレムちゃん達にはそれぞれ役割があって、プリムラとアロエは畑(で良いのかしら)仕事、サザンカとコスモスは小屋のメンテナンスやそれからお茶を淹れてくれたり。っていってもコスモスは、何かまだ見習いって感じだけど。それで、インパチェンスとトレニアは湖のゴーレムを引き上げる、と。苔落としは手の空いているゴーレムちゃん皆でやるのか、それとも、もともとこの4体にも組み込まれている仕事なのか、そこまではわからないけど。
こうやって少しずつ、湖の底を深くしていったんだろう。
「ねぇ、私ね」
もしかしたら、私は、この子達に酷いことをしたのかもしれない。
ばあちゃんに新しい樹人を探しに行かせるなんて。
「ばあちゃんは魔女だから、魔女には樹人が必要だって思ったの」
ゆっくりと丁寧に苔を落としながら、ぽつりと話す。手を止めちゃ駄目だ。そう思った。
「だけど、もし、ばあちゃんがまた空を飛べるようになってこの島を出てしまったら、あなた達、寂しい――わよね?」
しかし、答えは返ってこない。話せないのだ、誰も。
ゴーレム達に『寂しい』という感情はあるんだっけ。それも作り方次第だったと思う。ううん、あの馬鹿息子なら、そんなことはしないか。
肩にそっと、ごつごつとした手が乗せられた。サザンカの手だ。大きな石を元に作られている彼女の手は恐らくとんでもない重さがあるはずなのに、羽のように軽い。というのは、彼女がそうしてくれているからだ。
優しい子なのだ。
それが制作者である馬鹿息子の力によるものだとは思えない。きっともともと優しい石だったのだ。優しい土地に転がっている石を使ったのだ。それかもしくは――、
ばあちゃんがそうなるように育てたのだろう。
そう考えると、何だか胸の辺りがざわざわした。ぶるり、と身体が震える。いまさらながら、師匠の偉大さを肌が感じ取ったというか。
サザンカは、ふるふる、と首を振った。それに合わせて他の4体も同じように首を振る。
それが「寂しくないよ」という意味だというのはすぐにわかった。なぜか、スッと胸にそう沁みて来たのだ。言葉なんて発していないはずなのに。私にはゴーレムの言葉を理解する能力なんてないはずなのに。
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