11日目 ゴーレムの水葬湖で、花咲か師匠とご対面!

大食い魔女、師匠の愛を知る!

朝食 at トルネージュの森にある小屋の庭

「本当にここにいるのかしら」


 と、眼下に広がる輪状の小島をお嬢が指差す。


「たぶん。最後に届いた絵手紙に描かれていたのはあそこだ」

「何だか美味しそうな形の島よねぇ」

「ああ、確かにあんな形の揚げ菓子があるもんな。でもな、お嬢は知らないだろうが……」

「……なぁに?」

「実は、世界にはあの形の焼き菓子やパンもあるんだぞ」

「な、何ですって!?」


 思った通りの表情だ。目をまん丸に見開いて、これでもかと口を開けて。ああもう、ほら、よだれが。


「それに、あの形の菓子や料理はそもそもあの島が発祥と――おぉ?! ちょ、お嬢!」


 ぐん、とスピードが上がり、俺達は、最早落下と変わらないような速度で急降下を始めた。


「早く早く! 急ぎましょう!!」

「ちょ、速っ! あぶ、危ないって! お嬢!! 地面にぶつかるっ!!」


 

 もちろん、激突なんてへまをするわけもなく無事に降り立ったわけだが――、まぁ、嫌な汗はかいた。



 さて、俺達は依然『世界の裏』にいる。せっかく来たのだからと、お嬢の祖母であるサヨコ師匠に挨拶でもしていこうかとなったのだ。とはいえ、お嬢の目的は美味しいものを教えてもらう、なのだが。


 たどり着いたこの輪状の小島の名は『リンガリンガ島』。中心にあるのは底無しの湖で、湖底のどこかに穴が開いているらしく、海と繋がっている。だから水は絶えず循環され、濁ることはない。


 はず、なのだが。


「何か、聞いてたのと違ったな」

「……全然底が見えるわね。ていうか、めちゃくちゃ浅いんじゃない? 水はまぁまぁ澄んでるけど」


 おそらく水深3メートル程度と思われるその湖の底にはぎっしりと岩が敷き詰められていたのである。俺が樹人みきじんの森で吸い上げた情報では、ここの湖底は肉眼では見ることが出来ないほどに深く、底無しの――いやもちろんあるにはあるのだが――湖と呼ばれていたのだが。


 きっと俺が引っこ抜かれた後にこうなったのだろう。だとしても、ほんの50年。一体誰が、何のために?


 


「おや? 珍しくお客さんかと思ったら」


 と、背後から声が聞こえる。聞き覚えのあるその声に振り向いてみればそこにいたのはサヨコ師匠――ではなく、見上げるような石人形、つまり、ゴーレムだった。


「でっか!」

「でかいな、昨日城で見たやつより」


 太陽を背にして俺達を見下ろしているそのゴーレムは、わずかなくぼみで何となく目鼻とわかるようなその顔をぐぐぐと近付けてきた。すると、その頭部の左右から、にょき、と4本の手足が、次いで、そのてっぺんから、ひょこ、と見慣れた顔が飛び出した。


「サヨコ師匠!」 

「ばあちゃん!」

「久しぶりだねぇ、あんた達。何しに来たのよ、こんなところに」


 そう言って、御年9853歳とは思えないほどに若々しい(いや、お嬢に言わせれば「いや、結構年よ?」らしいけど)老魔女は不思議そうに首を傾げた。


 どうやらサヨコ師匠はゴーレムの頭部と一体化しているわけではなく、そいつの首の後ろに括りつけられている椅子に座っていたようだった。

 

 そして、彼女はそのゴーレムに命じて下に降りると、彼を見上げ「サザンカ、すまないが、茶を淹れてくれないか。それと何か簡単な朝食を」と言った。

 すると、『サザンカ』と呼ばれたそのゴーレムは、こくりと頷き、くるりと踵を返して森の奥へと戻っていった。


「ついて来な。せっかくだから美味いものを食わせてやるよ」

「ぃやったぁ! そうこなくちゃ!!」

「すまんサヨコ師匠。気を遣わせてしまって」

「良いの良いの。サルメロは気にしなさんな。肉親とはいえ、たまの客人だ。ゆっくりしていきな」


 けらけらと笑うサヨコ師匠の後をついて歩く。恐らくこの森の奥に小屋でもあるんだろう。様々な植物が思い思いに生えている森だ。もともとそうだったのか、それとも、サヨコ師匠がこう育てたのだろうか。何だか故郷の樹人の森にいるようで心が安らぐ。混じり気のある、緑と土の匂い。様々な種が、手を取り合っている匂いだ。



「んふふ、ふふ。さすがばあちゃんね。これ、美味しい~」


 朽ちた老木を加工したらしいテーブルで、サザンカが淹れてくれた茶を飲む。しかし、これは一体何ていう茶なのだろう。ここは浮島でもないはずなのに、この茶は俺の知識の中にない。


「あっはっは! そうでしょうとも、そうでしょうとも! 何せこれはサヨコ師匠特製『ゴーレム茶』なんだから!!」

「ご、ゴーレム茶?」

「――ん?! うぐふ!」


 思わず吹き出しそうになるのをぐっとこらえてごくりと飲み込む。


 いや、別にゴーレムで茶を作っても良いとは思う。思うけど……でも、何ていうか、イメージというか……。だってゴーレム茶ってことは、だ。身体を削ったってことだろ? あの石人形ゴーレムの!


 と、ちょこん、と正座をしている、けれどもまだまだ俺よりでかいそのサザンカと、カップの中の茶を交互に見つめる。チャコールグレーのその身体から作られたとは到底考えられないような、薄い緑色の茶である。濁りもなく、澄んでいる。


「へいへい、サルメロよ。いま『どうしてあんな色のゴーレムから、こんな色の茶が出来るんだ』とか考えてないかね、ええ、君」

「さすが。お見通しか、サヨコ師匠は」

「アンタが特別わかりやすいのさね」

「ほぇ? そんなことよりサル、こっちのパンも最高に美味しいわよ。食べないなら私が全部もらっちゃうけど?」

「おいこら、お嬢! 俺の分を食うな!」


 この島と同じ形のもっちりパンを頬いっぱいに詰め込んだお嬢が、そのパンパンの頬袋をフモフモさせながら目を細めている。


「ちなみに、そのパンも『ゴーレムパン』ね。美味しいだろ?」

「こ、これもゴーレム?!」

「あらぁ、ゴーレムって食べられるのね。成る程成る程」

「いや、お嬢、感想それだけ?!」


 別にゴーレムだから食欲が減退するとかそういうことはないのだが、いや、何をどうすればあの生き物――ええと、生き物っていうカテゴリで良いのかわからないが、とにかくあのゴーレムが食用になるのだろう。


「いや、サルメロ。別にね、茶もパンもゴーレムそのものを削って作ったわけじゃないからね?」

「えぇ?」

 

 サヨコ師匠は、何もかもお見通しだとでも言わんばかりの顔でにまにまと笑っている。お嬢とは違う、黒曜石のような真っ黒の瞳に、それと対になっているかのような黒い髪。その長い髪を2本の三つ編みにし、さらにそれを後頭部で蝶々結びにしている。そうでもしないと引きずってしまうのだ、サヨコ師匠ともなるとその長さは身の丈を優に超えてしまうのである。


「プリムラ、アロエ、ちょっとおいで」


 ぱんぱん、と両手を軽く打ち鳴らす。すると、森のさらに奥の方から、サザンカとほぼ同じにしか見えないゴーレムが2体、姿を現した。


「あっちがプリムラ。優しくて気立ても良い。そしてその隣がアロエ。ちょっと恥ずかしがり屋だが、スイッチが入ると結構大胆だったりする」

「いや、ちょっと俺には見分けが……」

「何でわかんないのよぉ、サルってば。プリムラの方がちょっと優しい顔してるし、ほら、アロエは何だかもじもじしてるじゃない」

「何でわかるんだ、お嬢!」


 さっすがあたしの孫、とサヨコ師匠は楽し気に言い、「サルメロにゃ難しかったかしらねぇ」と意地悪く笑ってみせた。


「さて。プリムラ、アロエ、ちょっと背中を見せておやり」


 と彼女が命ずると、その2体のゴーレムはその場にごろりと寝そべった。ええと、たぶんうつ伏せだろうな。まぁ、ゴーレムの膝関節が俺達と同じ方向に曲がるとすれば、だが。


「あら!」


 お嬢がゴーレムパンを片手に驚嘆の声を上げた。それも無理はない。プリムラと呼ばれた方のゴーレムの背中には一面の緑苔が、そして、アロエの方には、金色こんじきの麦苔が広がっていたのである。


「成る程、ここで栽培すれば、地上と繋がらないから樹人の森に情報が届かない、というわけか。まぁ最も、サヨコ師匠がこのゴーレム栽培法を始めたのはここ数年だから、どっちにしたって俺にはわからないわけだが」

「あっはっはっは! さすがはあたし! だけどこれは秘密よ? ここだけで味わうものなの、このお茶も、パンもお菓子も」

「大丈夫。決して口外したりしない。だけど、何でまたゴーレムの背で栽培を?」


 あっはっはと機嫌よくプリムラの背苔を削り取っていたサヨコ師匠は、俺がそう問い掛けると、ちょっと寂しそうな顔をして、「……それ、食べ終わったらちょいと散歩でも行くかね」と言った。



【朝食:トルネージュの森にある小屋の庭】

サヨコ師匠特製ゴーレムモーニングセット

・プリムラの背苔茶

・アロエの背麦苔で焼いたもっちりパン




 

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