5日目 西の果ての巨大地下都市は危険がいっぱい?
大食い魔女、宝物をスられる?!
朝食 at ワイルド・バーガー タッパコニア本店
「いやぁ、噂には聞いていたけど……見事なもんだ」
大勢の人が行き交う城下町を歩く。
まぁ、城下町といっても、ここにあるのは城ではなく、城跡なのだが。
数百年前に王政も廃止されて共和制になったここは、ブロ=グランデタ共和国といって、この国最大の特徴は、首都が丸ごと地下にある、という点だ。俺達はその首都タッパコニアに来ている。
しかし、実際に訪れてみると、これのどこが地下なのかと、あたかも地上にいるかのような錯覚を起こす者が多いらしい。まぁそれも納得である。
天井には空を映したパネルが貼りつけられており、これは実際の天候と連動しているらしく、晴れの日には青空が、曇りの日には曇り空が、そして、もちろん時間の経過と共に変化もする。御丁寧に疑似太陽まであり、長時間見続ければ目が焼けてしまうため、いくら人工物だからといって油断は出来ない。
なぜ首都が地下に潜ったのか。
それはもちろん他国からの防衛、という意味もあるらしいのだが、一番の理由は、
『地上になんて住めたもんじゃない』
ということらしい。
かつて、タッパコニアが地上にあった頃、国同士の争いに魔女がほんの少し関わってしまったことがあった。基本的に魔女というのは人間に加担しない生き物なのだが、その時は何の気まぐれなのか、ほんの少しだけ手を貸してしまったらしい。
しかもそれが、最も力の強い南南東の魔女だったから質が悪い。
彼女達は面白半分にタッパコニアの『空』を破壊した。
空を、というか、具体的には、太陽から降り注がれる有害な紫外線を和らげる『加護のヴェール』を、だ。
その結果、タッパコニアには大量の紫外線が直接降り注ぐことになってしまったのである。
さしもの魔女達もさすがにやりすぎたと反省したとかしなかったとかで、このパネルは彼女達が詫びの印にと作ったらしい。パネルの継ぎ目も見えず、本物の空と見紛うような精巧さは、やはり魔法の力によるものなのだった。
そして、皮肉にも、この『地下都市』によって、ブロ=グランデタ共和国はすっかり観光大国の仲間入りを果たしたのである。
――で、我が
「にゃはは~!!! どんどん持って来なさぁ~~~~いっ!!」
食べている。
相変わらずだ。
ここはブロ=グランデタ中に支店を持つ、大手バーガーショップ『ワイルド・バーガー』の本店である。
ここでは月に2回、大食い大会なるチャリティーイベントが開催されているらしく、参加費自体はそのバーガー1個分の値段であることから、かなり気軽に参加することが出来るのだ。
ただし、優勝をしても賞金が出るというわけではない。
ブロ=グランデタ国内のワイルド・バーガーで使えるVIPカードがもらえる、というだけだ。
しかし、このカードは、提示すれば常に店内の商品が90%OFFで食べられる(同行者2名までOK。ただし、イートインに限る)、という危険な代物で、これをお嬢に渡すことの恐ろしさを経営陣はもう少し考えるべきだろう。
だって、どう見てもこれじゃお嬢の圧勝なのだ。
成人男性の手に――もちろん、あの異様に手の大きなモドゴルア族は除くが――収まるくらいの大きさのハンバーガーが、飲み物かって錯覚するくらいにするすると飲み込まれていくんだぞ? あんなほっそい身体のどこに入ってるんだ!
「お嬢、そろそろ良くないか? 制限時間いっぱい食べなくたって、もうお嬢の勝ちで決まりだ」
「ふごっ!? 何を言ってるの、サル! これは己との戦いなの!」
「勝ってる! 己にも勝ってるって! 圧勝だよ!」
「そんなことないわ! もう少しで開きそうなの、新しい自分の扉が!」
「開けるな! それは絶対開けちゃ駄目なやつだ!!」
良いじゃない、どんなに食べてもお金変わらないんだから、と言いながら、お嬢は次のバーガーを手に取る。
いや俺が心配してるのは、いよいよもってお嬢の腹が破裂するんじゃないかっていう点と、バーガーを運んでいる店員さんが何か恐ろしいものを見るかのような目でお嬢を見つめている、という点なんだけど……。
大丈夫だよな?
大食い魔女は参加NGとか、そんな規定なかったよな?
そう思いながら参加申込書の裏面に書かれた参加規程に再度目を通す。
うん、大丈夫だ。
参加出来ないのはナラダイ族だけだ。だってあいつら巨人族だからそもそも身体のデカさが違う。ていうか、受付で審査があったわけだから、駄目ならその時に弾かれているはずなのだ。
いや、でも、最近の魔女なんてパッと見じゃわからないというか、お嬢は箒も持ってないしなぁ。箒って、つまり、俺のことだけど。
そうこう考えているうちに終了を告げる笛の音が響き渡った。
結果はもう言うまでもなく、お嬢の圧勝である。
お嬢以外の参加者は揃いも揃って屈強な男達だったため、スタート時には「とっとと帰りなお嬢ちゃん」などという野次が飛び交っていたのだが、そんな野次は制限時間の半分を過ぎた頃から「うわぁ……」という声に変わっていった。そしてそんな声を上げていたのはギャラリーだけではなかった。
参加者達も横目でお嬢の食いっぷりを見ると、一瞬手と口が止まるのである。そして、もうひと口、とかぶりつく前に発されるのが、その「うわぁ……」なのだった。
「うわぁい、VIP、VIP~!」
手渡されたカードを愛おし気に撫で、ちゅ、ちゅ、とキスまでしながら、お嬢が戻って来た。腹はそれなりに膨らんでいるが、とてもハンバーガー78個が格納されているとは思えない。やはり、魔女の――いや、お嬢の胃袋は宇宙と繋がっているようだ。
「――さて」
と、ひとしきりカードにキスの雨を降らせたお嬢が、ふぅ、と息を吐いた。
「ごめんね、私ばっかり食べちゃって。サルはお腹空いてない?」
「――ん? あぁ、そういえば。ほんの数秒前まで忘れてたんだけど」
お嬢の食いっぷりで。むしろちょっと胸やけがしたくらいだ。
でも、そういえば起きてから茶しか飲んでいないのだった。
「じゃ、行きましょ」
ぐい、と腕を引っ張られる。
「どこに?」
そう聞くと、お嬢は満面の笑みで振り返った。
その無垢な笑みにどきりとする。
しかし次の瞬間、お嬢の身体からかなり癖の強いシュルストピクルスの香りが漂ってきて、そんな気持ちもどこかへ飛んでいってしまったが。
まぁあれだけ食えば体臭がピクルスになっても不思議じゃない。
「え? せっかくカードあるんだからさ、食べようよ、サルも」
「まぁ、そうだな。――っておい、待て。まさかお嬢も食う気じゃないだろうな!?」
「え? 駄目?」
「駄目、ってわけじゃないけど……。まだ食えるのかよ!」
「まぁね。だってさ、さっきのはずーっと同じ味だったのよ? さすがの私も飽きるわよね。せっかくここって色んなバーガーあるのに、最初に選んだやつしか駄目なんてさー。勧められて一応、一番食べやすいやつにしちゃったし」
「そりゃ大食いの大会なのに
「そうかしら。でね、あそこのテーブルってね、ちょうどメニューが見えるのよ。私、終わったら、何食べようかなってそればーっかり考えてたの。食べてる間、ちょっと暇で」
「暇で?!」
「だってぇ、味変わらないんだもん~。さ、行こ行こ」
もう駄目だ。
この魔女……。
席に着き、メニューを眺める。
冷水とメニューを運んできた店員はお嬢の姿を見るなり「えぇっ!?」と声を上げた。そりゃそうだ。でも、その向かいに俺が座っているのを見て、成る程、食べるのはこっちか、と納得したらしい。
「とりあえずさ、このメニューの端から端まで頼んでみない?」
「頼んでみない。俺はこれとこれにする。付け合わせはポテトで、飲み物は……コパカパナパティーにするかな」
「えぇ~?」
「お嬢も、ちょっとは腹を休ませろよ。ほら、お嬢もコパカパナパティーで良いだろ? 砂糖なしでもほんのり甘いし、カロリー0で安心だ」
「嫌! 私はこのデンデロファッジドロモカフラペッチーニにする! ラージね!」
「良いけど……。うっわ、何このカロリー……。これだけで1食分はあるぞ」
「うっふ~。美味しそうよねぇ~」
「……まぁ、バーガー食うよりは……良い……のか……? いかん、もうまともな思考が……いいやもう。とりあえず、それください」
「えぇ……? え、えぇ……?」
店員はお嬢がメニューの向きを自分の方に変えた瞬間、またも「えぇっ!?」と叫んだ。その上、734キロカロリーあるそのアイスドリンクをお嬢が指差すと最早脳の処理が追いつかないのか「えぇ……? えぇ……?」と繰り返すだけになってしまった。可哀想なことをした気がする。
「大丈夫よ。さっき隣にいたお兄さんから聞いたけど、これでダイエットする人もいるらしいんだから」
「それは一日にそれしか飲まないとか、そういうのだろ。3食まともに……いや、それ以上に食べてるヤツが飲むもんじゃないと思うぞ」
「そうなの?」
お嬢はけろりとしている。
何だか日に日にお嬢の食べる量が増えている感じがして恐ろしい。
数分後、注文の品が配膳された。
俺が注文した
運んできた店員の持つトレイがカタカタと震えていた理由は、もう何となく想像がつく。
「ねぇねぇ、サルのバーガー一口ちょうだいなっ」
「え?」
「だって美味しそうなんだもん。えぇと、こっちの包みは~、トンガリガリピーコクパティの西南風コルベラソースでしょお、それで、こっちのが~、ふんふん、ヒラガイコツタチウオのフライ! 良いじゃなぁい! ナイスチョイスよ、サルぅ! いただきまぁす」
「ちょっと待て。お嬢もうそれ一口じゃすまない口の開け方してないか?」
さっきの大食い大会で幾度となく見た、あの、喉の奥の奥まで見えそうなくらいに大きく開かれた口でお嬢は「ふぁ?」と言った。それが俺のバーガーに到達するまで、あと数cm、というところまで来ている。危ない。非常に危ない。
「
「ちょっと一旦口閉じろ。あのさ、さすがに俺も腹減ってんだけど」
「ちぇー」
「とりあえずお嬢はその恐ろしいドリンク飲んでろ」
「恐ろしくなんかないもーん。……おう、こってりあんま~いっ」
くぅぅ、と目を細めてずずずとドリンクを啜る。気付けばお嬢の腹はすでにぺったんこになっている。本当に恐ろしい魔女である。
それを見れば、まぁ、あと1つくらいなら、なんて思ってしまう。
ちらり、と店員の方を見ると、彼女は「ひぃ!」と短く叫んで厨房の奥へと引っ込んでしまった。
【朝食:ワイルドバーガー タッパコニア本店】
シンプルバーガー:コッコチキンのパティ、シュルストピクルス、トンコトリケチャップ
コルベラバーガー:トンガリガリピーコクのパティ、シャカリオニオン、コルベラソース、パンハサリレタス
フィッシュバーガー:ヒラガイコツタチウオのフライ、モフラチーズ、トュルントュルンソース
メインカークインポテトのフライ(ラージサイズ)
アイスコパカパナパティー(ラージサイズ)
デンデロファッジドロモカフラペッチーニ(ラージサイズ)
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