間食 at ドゥ=ヴォン=ツクツク集落

 予定では、あともう少し飛べるはずだったのだ。

 当初の予定では、少なくとも、森に寄って帰って来るだけの魔力はあるはずだった。しかし――、


「やっぱり慣れないことはするもんじゃないわ」


 とりあえずドドコンガトンガに入ることは出来たものの、ラサナタまでは無理だったのだった。


 というわけで俺達は、ドドコンガトンガの入り口にあるドゥ=ヴォン=ツクツクという集落にやむを得ず降り立ったのである。


「やっぱり寿命はだいぶ縮んでたんだな」

「そりゃあね、ろくに手入れもしないでこき使ってりゃ長くは生きられないわよ」

「俺はお嬢に抜いてもらって良かったよ」

「でしょ。まぁ、それは置いといて――」


 立ち止まって、ぐるりと辺りを見回す。


「ここは、何か食べられるものってあるのかしら?」


 希望に満ちた目でそう問い掛けられる。

 まぁ、『食える/食えない』の話だったら、そりゃあ『食える』ものはある。


 問題は、お嬢が気に入る味かどうか。この一点だ。


「まぁ、その辺の花や木の実も食べられるは食べられる。けど……」

「成る程、その顔でわかった、わかっちゃった。つまり――」


 お嬢はうんうんと頷きながら、ちょうどよくそこにあった切り株に腰掛ける。そして、そのまま俺を見上げ、指をぱちんと鳴らした。


「美味しくないのね?」

「……そうだ」

「了解。それなら仕方ないわね」


 ふん、と鼻から息を吐き、お嬢は力なく笑った。


「食べるか?」

「もしもの時はね。いまは止めとく」

「我慢出来るか?」

「いまのところは」


 何とも頼もしい答えが返って来た。

 そういえばこうやって旅に出る前は、お嬢は日がな一日家にとじ込もって、水のボトルを片手に味気のないシリアルバーをガリガリかじりながら薬作りに明け暮れていたのだ。いまでこそ美食を求める健啖家のお嬢だが、もともとはそうだったのである。


 だからきっと、これくらいは何てことないのだろう。もしもの時は非常食を出せば良いし、それに、味はさておくとしてもここには『食える』ものならあるのだ。飢えることはない。


「とりあえず、魔力の回復を待ちつつ、民家を探して歩きましょ」

「そうだな。一応ここはウルベラスタ自治区内だから、コゥーナンダン族が住んでるはずだ」

「あぁ、あのお鍋屋さんの! 美味しかったわねぇ」

「口の中は悲惨なことになったけどな」

「ふっふふー。でも、このリヴィ姉さん特製の軟膏があれば、一発なのよねぇ」

「確かに、お嬢の薬は良く効くからな。ていうかまだ引っ張るのか『リヴィ姉さん』」


 得意気に軟膏の缶をひらひらと振っていたお嬢は、俺の言葉で動きをぴたりと止めた。


「だぁぁぁってぇぇぇぇ」

「何だよ」


 恨めしげにじとりと睨まれ、少々怯む。

 何でだよ。

 この『リヴィ姉さん』誕生のきっかけはあのムカつく小魔女エリザベスなんだぞ? 俺なんかはもうあんまり思い出したくないんだが。


「サルは私のこと『お嬢』ってしか呼んでくれないし!」

「はぁ?」

「何でよ!」

「何でよって言われても……」


 俺はお嬢と対等の立場じゃないんだから。


「それとも何? 樹人みきじんは魔女をそう呼ぶようにって決められてるわけ?」

「別に強制じゃない」

「でしょお?!」

「他にも『我があるじ』とか、『ぬし様』とか『ご主人様』とか。それから、『先生』って呼ぶやつもいるし、名前を呼ぶにしても『様』は必ずつける」

「何それ」

「主従関係を明確にするためだな。最初は俺だって『我が主』って言ったんだぞ。お嬢が堅苦しいから止めてっていうから、これに落ち着いたんだ」

「そうだっけ……?」

「まぁ、50年も前の話だけど」

「うーん、そんな記憶ないなぁ、私」

「俺にはある」


 お嬢は腕を組んでううんと唸った。そしてその腕をほどくついでといった感じで肩を掠めた細枝から青い木の実をもぎとると、それをぱくりと食べた。あれはサッフの実だ。食用ではあるが、色素に加工されるものなので、味はほとんどない。


 案の定、お嬢は不思議そうに首を傾げている。恐らく口の中はとんでもない色になっているはずだ。


「とにかく!」


 真っ青の唾を飛ばしながら、お嬢が振り向く。一応避けたが。


「サルはね、私のパートナーなんだから、お嬢なんて堅苦しいのは駄目なの!」

「『我が主』よりは堅苦しくないんじゃないのか?」

「まだ堅苦しかったの! もう、良いじゃない何だって! 私が良いって言ってるんだから!」

「ちょ、ちょっと落ち着けお嬢」

「んが――――!! まぁった『お嬢』って言った!!」

「まず落ち着け。いま口の中真っ青なんだって。歯まで染まってるぞ。とりあえず口をゆすげ。ああもうほら、俺の服にぽつぽつと青い点が」

「ほぁ! ほんとだ! 何で!?」

「さっき木の実つまみ食いしたろ。あれは食用色素になるやつだぞ」

「だったら食べる前に言ってよ!」

「いっつも止める前に食うだろ!」


 顔を付き合わせて怒鳴りあう。まぁ、これくらいの言い合いはしょっちゅうではないにしても、あるにはある。


「――ちょっとォ、お2人さん?」


 そんな声が聞こえて来たのは、さぁもう一勝負と、お互いに深く息を吸った時だった。

 それなりの怒声と共に吐き出すはずだった二酸化炭素が喉の中でUターンする。ぐぐぅ、と、同時に喉が鳴った。


「ちょっとねェー、うるさいのよねェー」


 やたらと語尾を伸ばすこの訛りは、と思って声の主の方を見れば、コゥーナンダンの若者だ。

 背の高さはお嬢よりも少し高いくらい。ふさふさとした立派なたてがみは、耳の下が長く、それを緩めの三つ編みにしている。ということは女性だ。彼女は大きな瞳で俺達をぎょろり、と見つめる。蛇のような目である。


「痴話喧嘩ならヨソで――」

「ねぇ、あなたその手に持ってるの何?」


 お嬢がコゥーナンダン女の言葉を遮る。背中を丸め、彼女が脇に抱えている大きめの果物にずずいと顔を近付けて。

 突然の接近にコゥーナンダン女も引いているようだが、もちろん俺も若干引いている。


「こ、これはサッフィ=ジュウウリよねェー」

「サッフィ=ジュウウリ、ねぇ。ふんふん、成る程成る程。採れたてかしら。青くて甘い良い匂い~」

「食べたいのォー? 食べてくゥー?」

「食べる食べる! これは味あるのよね?」

「当ったり前よねェー」

「じゃあ、もう絶対いただく! ちゃんとお金も払うから! そうよね? サル?」

「もちろん」

「ふぅん」


 コゥーナンダン女はその場で優雅にターンしてみせると、首だけを俺らに向け、つんと澄ました顔で「ついて来なさいィー」と言った。


 舗装されていない森の中を歩くというのは、やはり気持ちが良い。

 足の裏に伝わる小石のゴツゴツした感触、ぬかるんだ土っていうのも悪くないし、ぼうぼうに伸びた草を分け入って行くのも良い。何よりもこの草の香り、木々の香りが堪らない。

 さっきまでお嬢と言い合っていたことなんてすっかり忘れ、俺は上機嫌である。

 まぁ、お嬢もお嬢で、味のあるものが食べられると、それだけでウキウキのようだったが。


 それから5分ほど歩いただろうか。

 2mはあろうかという立派なハハススキを、がさり、とかき分けると、広場が現れた。成る程、これがゲートの役割を果たしているらしい。


「着いたわよォー」


 見ればわかる、と言いたくなってしまうほど、そこにはたくさんのコゥーナンダン族がいた。中央の広場では子ども達が走り回り、その周囲には母親と思しき女性達がベンチに座って談笑している。


「こっちこっちィー。あたしの家でご馳走してあげるゥー」

「はいはぁ~いっ。ほら、サル。あんまりジロジロ見たら失礼よ?」

「わかってるって」



「……わ」


 俺達を家に招いてくれたのは『クナコッペチ』という名前の少女だった。背はお嬢よりも高いが、まだ19歳のうら若き乙女である。

 クナコッペチは、自分が持っていたサッフィ=ジュウウリをカッティングボードの上に置くと、刃渡り30㎝はあろうかというナイフでそれをさっくりと真っ二つにした。ごつごつとした鱗のような果皮は見た目よりもずっと柔らかく、クナコッペチの細腕でも難なく両断出来るのである。


「わぁぁぁぁああああああ……!!!!」


 ジュウウリというのはかなり水分の多い果実で、カッティングボードの上は果汁まみれになっている。そして、その色は――青だ。

 ちなみにサッフィ=ジュウウリの『サッフィ』とは、もちろん、さっきお嬢が口にした食用色素の実『サッフ』を意味している。このジュウウリという果実は近くに植えられている植物の影響を強く受けるのだ。つまり、このジュウウリはサッフと一緒に育ったということである。


「何これ! すごい! きれい! 宝石みたい!」


 お嬢が見たままの感想を口にする。

 興奮しているため、語彙に乏しい。いや、元々お嬢はそんなにボキャブラリーがない。まぁ俺もか。


 お嬢は三角に切られたサッフィ=ジュウウリを高く上げた。日の光に透かすと、本物の宝石のように果汁がキラキラと輝く。

 この果実は別名を『宝蜜瓜』といい、『宝石の涙』とも呼ばれる。透き通る果肉からとめどなく果汁が滴る様が涙のように見えたことからその名が付けられた。

 まぁ、透き通るといっても、磨りガラス程度なのだが。5㎝くらいの厚さに切っても、だいたいのシルエットならわかる、といったような。


「あんま――――――いっ!」

「ふふふ。そうでしょうゥー、そうでしょうゥー」


 口の回りを青い汁まみれにして、お嬢はほくほく顔である。そしてクナコッペチの方でもかなり得意気な顔をしている。彼女の家族が栽培しているらしいので、お嬢がここまで美味そうに食うのが嬉しいのだろう。


「ウチではねェー、サッフィ以外のジュウウリも作ってるんだけどォー?」

「ななな何ですって! それは食べないわけにいかないわ!」

「同感だ」


 例え、違いは果肉の色だけで味は同じだとしても。

 この果実はとにかくその見た目に価値があるのだ。


 それを見た時にお嬢が浮かべるであろうその表情もまた、俺にとっては。

 



【間食:ドゥ=ヴォン=ツクツク集落】

 サッフの実

 サッフィ=ジュウウリ(青宝蜜瓜)

 ロゥビエ=ジュウウリ(赤宝蜜瓜)

 トパナズ=ジュウウリ(黄宝蜜瓜)

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