バレンタインデーは2度こないっ
雪下淡花
第1章【小春】 何度でも、何度でも
Scene01. 2月13日 朝
「宮間さん、宮間小春さん」
私は登校して上履きに履き替えた所で天木先生に呼び止められた。
時間は8時21分。
なんだろう、こんな時に。
私は小首をかしげて微笑んでみせる。
学校指定の栗色のブレザーに灰色のスカートを着た女子たちが、立ち止った私の横を通り過ぎて行く。
天木先生は白籤高校の2年A組の担任、B組の私とは今は疎遠な関係だ。
今は、というのは昨年度まで私のクラスの担任の先生だったから。
でももう、ここ1年ぐらいあまり会話もしていない。
もうすぐ私も3年生になってまたクラス替えをするのだろうけど、実を言うとあまりこの先生のクラスにはなりたくなかった。
「宮間さんは、明日のバレンタインに渡す相手はいるのかな?」
やっぱり、チョコレートの催促だった。
天木先生は他のゴツい顔の先生とは違って細身で顔立ちも良い。だから女子生徒にもモテる。本人もそれを自覚している。
そして、それを助長するようなナルシストな所があるみたい。
……私はそれが苦手だった。
去年のバレンタインデーに、クラスの女子で天木先生に義理でもチョコレートを渡さなかったのは私だけだった。
それが気に入らなかったのか、春休みに入るまでの短い期間に私は天木先生から随分ひどい扱いを受けたものだ。
それなのにどうして今さら……。
私は、何も気にしていませんよという雰囲気を装っている事が伝わる様な笑顔を心がけた。
「はい、もう先週の日曜日にいくつか買ってあります」
「そうか、それは楽しみだなぁ」
別に天木先生に渡すなんて一言も言っていないのに、甘ったるい声で悦に入った返事を返されてしまった。
多分、その気はなくても渡してくれと催促されている。
ここで嫌な顔を見せたら、また天木先生のファンから良くない事をされてしまう。
冷静に、冷静に……。
なんとか笑顔を崩さないように保っていた所で、意外な助け船が現れてくれた。
女子と同じく学校指定の栗色のブレザーに灰色のズボンを身につけた男子が、こちらに近づいてくる。
「小春、まだここにいたのか。ちょっと話があるんだけど」
幼馴染の悠斗が声をかけてくれたのだ。
「悠斗! おはよう」
私は慌ててその声に飛びつく。重かった空気が軽くなったようにすら感じる。
「先生、すみません。ホームルーム始まっちゃうので、これで」
軽く会釈して、悠斗の方に駆け出した。
ほころんだ顔を見られなかっただろうか。
背後から舌打ちが聞こえたような気がしたけれど、私はすぐに考えるのをやめた。
「話って?」
「いいから、ちょっとこっち……」
悠斗は思いつめた顔をして私の手を引っ張る。
「痛っ、ちょっと!」
悠斗の顔は見るからに青ざめている。
それに、こんな強引に手を引かれるのは少し、気持ち良かった。
だから私は悠斗に従って教室とは別方向に連れて行かれた。
悠斗に連れ込まれた美術準備室で、私は力強く抱きしめられた。
「……守るから」
「えっ?」
悠斗はいつも唐突で、私を驚かせる。
もう子どもの頃からの幼馴染だし、私自身、進展を望んでいた所もある。
だけどそれ以上に、今日の悠斗は様子が違った。
だから私はこんな事を言われても、すんなり受け入れる事ができた。
「ハルの事、絶対殺させたりしない」
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