#7

 ビーコンとはすなわちかつてウォーヘッドがフォールンの艦艇を宇宙の彼方からこの地球へと導いたのと同じ、ウォーヘッドは隕石に偽装されフォールンによりこの地球へと送り込まれた偵察機械であった。彼の役目は地球を支配する知性体の観察とその文明程度の解析。その為にロシアの軍事ネットワークと同化し、人間のあらゆる情報を盗み見てはフォールンへと知らせ、そしてニューヨークでの戦いの折り、彼はその意思とは関係無くフォールンを地球へと呼び込んだ。


 その時彼が彼方へと放ったのも、似たような閃光であったが、不思議と今ブロック島の地下から放たれているそれは彼が認識出来ない別の波長となっていて、ウォーヘッドの中に疑問がとぐろを巻いてその鎌首をもたげ始めた。


 とは言え、それはあくまでウォーヘッドしか知らないこと、ミュールことオーバーサイクは折角の記念にと彼のすぐ横で魔法により浮遊し始めると顔を頬同士が触れ合う程に寄せて、オーバーサイクはウォーヘッドの金属質の肌をひんやりと、ウォーヘッドはオーバーサイクの餅肌の温もりを互いに感じながら、魔法によって一人手に浮き上がりカメラを向ける携帯を二人で見詰めた。


「ピースしてピース、ほらほら、行くよ、平和にっ」


「ピース」


「ピースっ!」


 見た目に違わずお堅い表情で笑顔こそ浮かべないウォーヘッドであったがオーバーサイクに促されてその手にピースサインを作り顔のすぐ横へと持って行き、同じくピースサインをしたオーバーサイクが彼の後にそうご機嫌に口にするとそれを合図にしてカメラアプリのシャッターが押され、かしゃっという小気味の良い音が洞窟に反響した。


 ふわふわと宙を漂って寄って来る携帯を受け止めたオーバーサイクが画面を覗いて出来を確かめてみると、そこには光の柱を背景にピースをした二人の顔が大きく写し出され、特にオーバーサイクは変顔を浮かべていて同じく共に写真を見たウォーヘッドがその顔について訊ねると彼女はこれも流行りなのだと笑いを堪えながら答えた。


「そうだ、イヨにも見せてあげようっと……」



 みゃおーん。激しい破壊音が繰り返し鳴り響く上層、施設内部にて可愛らしい猫の鳴き声が有名なSF映画に登場する有名キャラクターのテーマ曲である”共和国のマーチ”に乗って流れ出した。


 シェルパンチャーの拳を躱しそれに乗っかり、彼の腕を伝い肩まで移動した猫の獣人イヨはシェルパンチャーの顔の周りを走り回り彼の目を回させてダウンを奪うと、甲殻の兜の上に胡坐を描いて座り、ジーンズの後ろポケットから画面がひび割れた風の保護シートを張ってある携帯を取り出し点灯した。指紋認証ならぬ肉球認証でロックを解除すると映し出されたのは仏頂面のウォーヘッドと、寄り目をして鼻孔を目一杯広げ、上下で開けた顎をずらし舌を出したオーバーサイクの写真。


「ブサイクだな、まるでアルフみたい。アルフは実在したってタイトル付けてレオンとキャミ―たちにも拡散しとこ。あ、しまったぜ、これじゃチューイだ」


「退け!」


 肉球で器用に画面を叩きながら写真を加工し、茶色の毛むくじゃらにオーバーサイクを仕立て上げたそれをコミュニティアプリにアップロードしたイヨだったが、目を覚ましたシェルパンチャーが放った拳を彼の頭部から飛び退いて開始すると、勢い余ったシェルパンチャーは自らの頭部をその拳で殴打してしまい再び星を散らし倒れ込んだ。



「そろそろ行くぞ、サイク」


 一通り知り合いに先程の写真を送った後、促されたオーバーサイクはウォーヘッドの差し出した大木の様な腕に一度浮かび上がった後に腰を下ろす。準備は済んでいることを勝気な表情で彼女は彼に伝えると、頷いたウォーヘッドはのしりと剥き出しの土と岩で出来た地面を踏み締めて洞窟の奥へと進み始めた。


 ダイオードの輝きが照らした暗闇の中を進むこと数分、ぐるりと一周する形で洞窟は続いていることが分かり、その間、パンクラチオンもパンクラチオンの施設を乗っ取った人物も二人をどうにかすること無く、不気味な程静かなそこを進み続け、するとやがてばちばちと電気が跳ねる様な細かな音と共に閃光が二人の行く先に見えて来た。


 顔を見合わせ頷き合うオーバーサイクとウォーヘッド。いざ光の差す方へと向かい、そして遂に洞窟の終わりたる大空洞。光の柱の根元へと到達した。


「マッド・ドク・ドッグ、レオン。そこで何をしている」


「おお、漸く来おったか。遅いぞい」


 巨大な卵の様な楕円形をした奇怪な塊は幾何学模様を全体に走らせた金属にも見え、コロンブスの卵よろしく立っているそれの頂点は幾何学模様をなぞって複雑に展開し、光の柱はそこから天へと放たれていた。


 そしてその巨大な鉄の卵のすぐ傍で、多くのコンピューター機材に囲まれた、スケールは随分小さいもののこれまたまるで卵の様な楕円形をした何かがあった。ウォーヘッドはそれに向けてレオンと呼び掛けると、老人じみたしゃがれた声をそれは発して、つるんとした真っ白な卵は青白い光を接地面から放って浮きながら振り返る。

 卵に見えたそれは実は背面であり、振り返ったそこは深く抉れ、真っ赤なソファーが敷かれ、中には白に茶色のブチ模様が特徴的な見た目はそのまんま小型犬のチワワが脚組をして沈んでいた。


 開かれた口からは長い舌をべろんと垂らし、出目金の様に呼び出した眼球は焦点が合わず、尚且つその眼球にある茶色の瞳は瞳孔不同。ぼさぼさの毛並みのこの老いたチワワこそがイヨの相棒であり、狂気の天才科学者マッド・ドクレオンその犬である。


 レオンは普段自らが移動する時には必ず乗り込んでいる浮遊する椅子ことリパルサーチェアーに展開していたホログラフィックモニターをスワイプ動作によって閉じると、自らの顎髭を撫でながら言った。


「さて、説明しようかの」

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