MULE&WARHEAD ~魔女の娘と魔女のパパ~

こたろうくん

#1

 マンハッタン、喫茶店”リチャーズ”。


「あの時のネイサンの顔、覚えてる? ”しまった!”ってまるで絵に描いたみたいな顔してたよね。私が空間転移の魔法を使えること忘れてたんだよ、きっと。何度思い出しても可笑しくって……ふふっ……ダメ、笑っちゃう。ねえ、聞いてるの? パパ?」


「……ミュー、プライベートでは仕事の話は禁止だと何回言えば分かってくれるんだ」


「別に良いでしょう、これくらい」


 肩までを被う黒髪と、少し大人ぶった白いシャツに白いデニム。幼さの残る愛らしい顔のその頬を膨らませ、尖らせた唇で以てぶー垂れる少女はミュール。彼女は目の前に置かれた大きなフルーツパフェに盛り付けられたクリームをスプーンで掬い、それを口に運びながら、正面に座った人物を見上げる。


 二メートルを優に超える身長と、山のように巨大な体格。ごつごつした岩の様な厳つい面相。ミュールに父と呼ばれた巨人の様な白人の彼はウォーヘッド。

 彼は彼が座るにはあまりに小さ過ぎる椅子にそれでも何とか無理矢理座り、負担を掛ければ体重故に折れてしまう椅子の足に配慮して身動きも最低限に、砂糖とミルク、そしてチョコを足したココアの入ったカップの取っ手を親指と人差し指で慎重に摘み持ち上げて、何ならカップごと放り込めそうな大きな口を窄めて湯気と共に甘い香りが鼻孔を擽るそれを一口。味覚に広がる甘味と鼻に抜けて行く香りに厳つい表情を少し緩めながら鼻で吐息を溢すと、しかし彼はその奥まった所にある青い瞳でミュールを見下ろす。


「いいや、駄目だ。せっかくこうして親子水入らず、晴れやかで穏やかな休日の昼間にカフェでお茶。この素晴らしいひとときに血生臭い戦いの話は似合わない。何より普通の親子はそんな話をしないだろう」


「実際普通の親子じゃ無いじゃない……」


「ミュール……全く」


 そう僅かにウォーヘッドが席に前のめりになろうとすると、みしりという音が彼の座る椅子から鳴り響き。既に一つ壊している彼は通り掛かった店員に嫌な目を向けられて大人しくなる。それを見てくすくすと悪戯っぽく笑うミュールに対し、ウォーヘッドはナフキンを器用に一枚指でつまみ上げると彼女に手を伸ばし口の端に付いたクリームを拭い取った。


 着ているのが盛り上がった筋肉で今にもはち切れそうにぴちぴちになったアロハ柄のTシャツだからというだけでなく、そのグリズリーの様な体躯はカフェの客たちだけでなく、窓の外を往来する人々の注目を一手に集める。何ならば写真すら取られる始末だ。そんな状態で子供扱いされたミュールは赤くなる顔を伏せてしまう。


 そんな時に一人の通行人の女性が物珍しさに携帯を取り出して写真を撮ろうかとした時、すると突如その携帯が宙へと浮かび上がりそのままくしゃくしゃと紙を丸めるかのように潰れた。悲鳴を上げるその女性に気付いたウォーヘッドは溜め息を一つ吐くとミュールの名を呆れた調子で再び呼んだ。


「こら、魔法を使うのも禁止だ」


「ふんだ、パパのせいなんだからね。それに魔法なら初めから使っているんですけれどー……」


「減らず口も禁止」


「ぶーっ、だ」

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