第12話:怒濤の一日目


 僕が送る二度目の人生――鎧生において、極めて重要な美少女との出会い。


 別に王道的な展開通り、人と魔との間に確執が生じているわけではないけども、いや逆にお互いすんなり受け入れちゃって面白みがないんだけども、襲われた少女を救い出す――それは、物語でいえば主人公の最も華のあるシーンであり、人外たる存在が惚れてもらうための重要な要因ファクターなのである。


 そんな、僕の予定ではバラ色に染まるはずだった青春の一ページを、夢見た『人外×少女』の足がかりだった瞬間を、坊主頭の入れ墨男に真っ黒に染められてぶち壊された後のことだ。


 ダランと脱力して自分の力では立つこともままならない僕は、フラム先輩の尻尾に巻かれて運ばれていた。


『なぁ……其方……元気出すのじゃ』


「…………うるさい」


『なぁ……そういうことも、その、時にはあるであろ……』


「…………うるさい」


『その、接吻の一つや二つ……そこまで気にせんでも』


「じゃぁシェルちゃんがしてよ、僕に」


『ふぇぇええええぇえっ!?』


 建造物が高速で流れてゆく視界の端、その中心。

 停滞を刻む夜空に浮かぶ星々を放心しながら眺めている間、慰めてくるシェルちゃんとの会話である。煩わしいので接吻を迫ったら、それ以降は何も言ってこなくなった。


 ほら見ろ、誰だって意中の相手からではないキスは嬉しくないんだ。言葉だけの奴はこれだから。その相手が厳つい男ともなればなおのこと、僕の未来は絶望的だ。なんてこったぱんなこった。


「何言ってんだ僕……死にたい、まじで死にたい……死ねなくてもいいから塵になりたい……ぁ、バナナの皮が帽子みたいになってる……えへ、素敵」


「はぁ、はぁ……ふ、フラムっ!? 小さな騎士さんが危険な譫言うわごとを言ってるわ! もっと急ぎなさい! はぁ、はぁっ……ほら、私をおいて先にギルドにっ、」


「オレがいない間に主はあンな目に遭ったんだァ。もう離れないようにする、主はもっと自分の容姿が男を呼び寄せることを理解した方がいィ」


 僕のぼそぼそとした呟きを聞きつけたエルウェが眷属を先に行かせようとしているが、その隣を並走するフラム先輩は聞き入れない。そりゃあ、可愛いご主人様にあんなことがあったんだ。心配で離れるなんて無理だろう。


「……それに、こいつは大丈夫だって言ってンだろォ? ちょっと初めての感触がショッキングだっただけだァ。急に大人の階段を登って放心してンだよォ」


「ええ?」


 酷いことを言う先輩である。僕のことを完全に笑い種にしておられるようだ。


 その言葉に怪訝な顔をしたエルウェは一度急制止、僕の様子を伺うように膝に手を乗せながら覗き込んできた。ああ、可愛い。天使か。君が天使か。結婚したい。


「ほ、本当に大丈夫なの……?」


「……キス……エルウェのキスで僕の黒歴史を塗り替えて……」


「へ、へっ? きききキキキキスっ!?」


「結婚しよう、愛しのエルウェ……」


「ダメな奴よぉこれ絶対ダメな奴よぉー! どこかおかしいんだわ、やっぱり重傷なのよ!! 早くリオラさんに見てもらわないと!? 私のせい、私のせいなのねっ!? ふぇええ~っ!!」


 素直に好意を伝えただけなのに、エルウェは深刻そうな顔をして再び走り出した。ひんやりとした印象を醸していた彼女のイメージが崩れつつある。誰のせいだ。


 リオラさん……ああ、巨乳の回復術士ヒーラーか何かですね、わかります。僕を豊満な巨峰で挟み込んで、この惨い過去を忘れさせてくれるんですよね、わかります。



 かくして、僕は冒険者ギルドへと辿り着いたわけだが――、



「だから主ィ、こいつはショックを受けてるだけでどこも怪我してないって言ってるだろォ。ちょっと青春の一ページが野郎の唇で真っ黒に染まっちまっただけだァ。そんなに心配する必要はねェよォ」


(ぐえっ――くそ、フラム先輩め、扱いが雑なんだから……死にたい……)


 そんな言葉と同時、僅かな浮遊感の後に真下から跳ね返ってくる衝撃。

 やっとギルドに到着したのだと感じ取った僕は、けれど動く気力もなく虚ろな瞳で天井を見上げていた。


 天井が高い、まるで手が届きそうだ。

 ……なんて狭い世界に憧れてるんだ僕は。惨めすぎてピクリとも動けないよ。


 吹き抜けになっている二階部分は広く、おそらくは魔力を動力源にして明かりが灯る魔導ランプが鏤められ、中心では一際豪華な品が室内を彩っている。


 と、二階エリアの手摺りから見下ろす大量の人間――冒険者達の視線に気がついてぎょっとする。しかし反応を示す直前、大きな鎧靴が視界を覆い、まるで道ばたのゴミを踏むように顔面を踏まれた。


「え、いたっ。痛い」


 恐らくは巨漢の人間だろう、普通に重いし痛い。

 いや確かにごみになりたいとは言ったけども。それって言葉の綾じゃん? 本当に塵として扱わないでくれます? 前言撤回、フェアに行こう。今の僕はテンション低いんだ、可哀想な心をこれ以上引き裂かないでくれ。


 飛び退いたフル装備のおじさんが鋭い目つきで睥睨してくる中、僕はやっとの思いで起き上がった。


 う、嘘だろ……しかも壮年のおじさんとか。美女になら踏まれてもいいなんてちょっとしか思ってないけどさ、野郎の唇でキスされたばかりなのに今度は野郎の靴裏でキスですか? はい、もう僕の純真はズタズタです。消えたいです。


 ショックというか、ただただ感じる悲しみの余り足元が酷くおぼつかない。


 だがそこで、ピリッとした大量の視線を感じた。きょろきょろと見回せば、二階だけでなく一階部分にも人間が集っていて、百を超えるだろうという人数が僕を瞳に映しているではないか。


(え、何これ? 知らぬ間に有名人的な? ちょちょっ、ちょっと照れるんだけど)


 少しだけ気をよくした僕。

 ざわざわしてる中、おじさんの「魔物か?」という一言で不思議だったり興味深いといった色の視線が、殺気まみれになった。おいじじいまじでこら。


 まぁとりあえず、皆警戒してるみたいなので挨拶だ。

 僕は面甲ベンテールをガチャコンっと開いた。僕が紳士的な鎧としての素晴らしき姿をご覧に入れようじゃないか。


 何度も言うが、人との出会いは第一印象が肝要。エルウェの時は大分間違えてしまった気がするが、僕が野郎共に欲情するはずもな――あれ、可愛い人も何人かいるな……ええっ、布面積の少ない女冒険者の格好が激エロなんだけど! え、やばいテンション上がってきた伝説のビキニアーマー着てる人とかいるんだけ――、


「ぬぅぅあああ!! くっそが、俺を誰だと思ってやがるッ! イディオータ男爵家の三男にして期待の新星っ、【炎槍】のホームラ・イディオータだぞ!? コケにするのも大概にしろぉぉおおッ!?」


 なんか炎塊が飛んできた。

 なんか僕に直撃して鎧が燃え上がった。

 なんかすごく熱いし、視界が真っ赤。


 え、熱い? 熱い、熱い、熱い熱い熱い熱い熱い熱いぃぃい――ッ!?


「ぎゃぁぁぁああぁああああああああああああッッ!?」


 という僕の断末魔の如く悲鳴の後に、なぜか冒険者達の「ぎゃぁあ」も聞こえたけど何でだろう。意味わかんない、燃えてるの僕なんだけどなぁ!?


「ち、小さな騎士さん!?」


「新入りィ!?」


 僕が絶叫しながら床をのたうち回っていると、エルウェとフラム先輩の呼ぶ声が聞こえる。あれ、心配してくれるんだ、と荒みきった僕の心が小さな感動を覚えていると――、


「熱い熱い熱い熱い熱いあついアツイあつ――ふぇっ? 熱く……ない?」


 確かに身を焦がす勢いで炎が燃え上がっているんだけれど、生じる痛み自体は視覚的な情報による錯覚であって、実際の所は全然熱くない事を認識する。


(え、何で? 全く見当がつかないんだけど、ええっ、燃え上がる鎧ってかっこよくね? ねぇねぇねぇ、シェルちゃんどう思う? 燃える鎧ってどう思う?)


 僕はスクッと立ち上がる。その動作に迷いはなく、さらには諸手を突き上げた。

 だってさ、轟々と燃え上がる鎧の魔物って滅茶苦茶強そうじゃんね! 見た目的にもイカしてるし、これはテンション爆上がりでっす! ふぅーっ!!


『……我の加護による権能――『炎属性無効』の効果であろ』


(見て見て見て見て――って、あぁ……何だ……そのせいかぁ……チッ)


 と思いきや、シェルちゃんの呆れ返った正論が僕の燃え上がる心に水をかける。せっかく昂ぶってきた情感が一気呵成とだだ下がりだよこんちくしょう……。


『どうしてそんなに残念そうなんじゃぁあっ!? そこは喜ぶ所であろ! 感謝するところであろっ!? 何がどうあれ舌打ちされる謂われはないのじゃぁあッ!?』


 シェルちゃんが耳元ならぬ身体の中で煩いが、放っておこう。きっと放置プレイも好きなドラゴンだと思うんだよね、友達だからその辺わかっちゃうんだ。


 にしても、なるほど道理で。

 炎に包まれても痛くも痒くもないのは、シェルちゃんが《金龍の迷宮オロ・アウルム》で授けてくれた加護の権能のおかげか。


 でもなんか癪。憤然たる残り火がちりちりしてる感が消えなくて、素直に礼を述べられるような心境じゃなかった。後でね、後でありがとうって言うから。多分。


――――――――――――――――――――――――――

加護――《金龍の加護》


 始まりのドラゴン『始祖龍』が一柱――太陽を司る【金龍皇シエルリヒト】の齎す加護。

 防御力と魔力値、全属性耐性に極大の上方補正。炎属性無効、吸収。

 その加護を受けし者は防御値の秀でた方向へ成長しやすいとされる。進化の過程で【金龍皇】のスキルを継承することも稀にあるが、特別金運が上がるわけではない。お金は大事に使おう。

――――――――――――――――――――――――――


 これこれ。個体情報ステータス内で加護の欄の詳細を念じると、前に見た覚えのある文字の羅列が脳裏に描かれる。


 うんうん。どうにも忘れがちだけど、シェルちゃんは伝承に纏わるドラゴン様なんだよね。始祖龍さんなんだよね。うんうん。今の今まで完全に忘れてたよ。まぁね、もう良いんじゃないかな、この扱い方で。だって誰も困らないもんね?


「――な、無事……なのか? ありえん……新種、だよな?」


「燃えてるぞ……なのにケロッと立ってるぞ……なんだこいつ……」


「人化してるならまだしも、魔物ってあんな流暢に喋るのね……」


 今効果を発揮しているのは、『炎属性無効』という効能だろう。


 あと、金運が上がるわけじゃないとかわざわざ書いてあるけれど、いや僕ってば斃れてた褐色娘にご飯を大量に奢ったから、むしろ散財しちゃったんだけどね。金運下がってるんだけどね。いやフラム先輩の金だけどさ。


 あぁ、でもそれは『六道』のせいかな――なんて独り突っ走る思考を巡らせていた僕は、若干気づくのが遅れてしまった。


「ち、小さな騎士さん……?」


「まじかァ、どういうこったィ」


「効いて……ない、だと?」


「俺のとっておきなのにぃ……うえぇ、えぐっ、ひぐっ……」


 エルウェやフラム先輩、顔に引っ掻き傷のあるおじさんを始め、その場に集った冒険者達から希有、もしくは畏怖の滲んだ怪訝な眼で見られているということに。炎を放った張本人は泣き出してさえいる。意味分かんねぇ。


「え? ……あ、そうだった、自己紹介するんだった。第一印象、第一印象」


 僕は姿勢を正し、左手は腰に、右手を掲げて完璧な敬礼。

 今度こそ、今度こそは失敗しないと自分に言い聞かせながら、自己紹介をした。


「皆さんこんばんは。僕は放浪の鎧系統の新種にして、魔物界にさざ波を起こす期待の超新星――流浪の白鎧、名前はまだないかな! 善性の魔物だから害はないはずだよ……ぁ、でも子猫ちゃん達は気をつけてね? 油断してると食べちゃうぞっ! てことでよろしくー」


 冒険者達が驚きに目を瞠る。点が三つ打たれるくらいの沈黙が降りる。


 うんうん。一様に何言ってんだコイツ? みたいな顔してるなぁ、ははははは傷つく。ほんと何言ってんだろ僕。謙遜するのか驕った態度で牽制するのか、何にせよ真面目なポーズで女の子にナンパ紛いのことをするのは流石にないわ。

 

 いや、まだだ。ステイだ僕。待て待て待て!

 諦めるには早計すぎる。ここで適度にお茶を濁しにかかろうじゃないか!


「――ぁ、ちなみにエルウェのおパンツをご飯に貰うという条件で――、」


「ぁあっ!? ぁぁああーあぁあーあぁーあぁあーぁあーッッ!?」


 顔を羞恥に染めて、全力で叫びを上げた少女が誰だったか。

 それは言うまでもないことだろう。




 ****** ******




 ぺたぺたと小さな鎧の身体を撫で回すエルウェ。

 少しくすぐったいのを我慢しつつ、その柔らかい指先の一本に至るまでの感触を堪能していた僕だが、一頻り触れてみて満足したのか一歩距離を置いた彼女が言う。


「……火、消えたわ。それに熱くもない。ねぇ小さな騎士さん……本当に何ともないの?」


「へっへーん。大丈夫大丈夫。僕は常識じゃ測れない存在なのさ!」


 胸を張って威張り散らす僕に、「そ、そう……」汗を流して返答するエルウェ。腹の中で『我の加護の力なのに……』なんて言ってる駄龍は無視だ。


 経緯いきさつはどうであれ、今僕が美少女の前でドヤる事が出来ている。例え借り物の力であっても、良い格好が出来るというその事実が大事なのである。君のものは僕のもの。反論は認めません。


 ちなみに僕を燃やし尽くさんと纏わり付いていた火のスキル――『炎塊』は、跡形もなく消えていた。それもそのはず、自己紹介を終えた僕はシェルちゃんの言葉に従って『吸収』したからだ。


 やはりというべきか、兜の正面、面甲ベンテールが大きな音を立てて開くと、ズズズと炎が螺旋を描くように纏まって吸い込まれていった。そしてその結果、僕は新たなスキルを得ることが出来た。


(――個体情報提示エクセ・ステータス


――――――――――――――――――――――――――

 個体名:なし

  種族:流浪るろう白鎧はくがい(変異種)

  Levelレベル:1

種族等級:E

  階級:D⁻

  技能:『硬化』『金剛化』

     『武具生成』『鎧の中は異次元ストレージ・アーマー

     『真龍ノ覇気』『六道』

     『吸収変換(火)』『吸収反射(火)』

  耐性:『全属性耐性(小)』『炎属性無効』

  加護:《金龍の加護》

  称号:《金龍のともがら

状態異常:■■■■■の呪縛

――――――――――――――――――――――――――


 それこそが『吸収変換(火)』と『吸収反射(火)』だ。

 その効能は元々金龍の加護によるものだが、それが先程初めて実証されたためスキルとして獲得できたのだと思う。『炎属性無効』が耐性欄に現れたのもそのためだ。


 前者の力は炎属性の魔法攻撃を吸収、そして自身の魔力に変換できること。

 後者の力は炎属性の魔法攻撃を吸収、そして数倍程度に反射できること。


 どちらも炎属性無効と使い道は限られてはくるものの、あって損はない良いスキルだ。ちゃっかり階級レートも上がってる。


(あっはは、炎無効だからそうだな、この国のドラゴンさんにでも喧嘩売っちゃうかな!!)


『絶対瞬殺なのじゃぁあ……』


 シェルちゃんがやはり何か呟いているが、エルウェの前でどや顔していられるし、新たなスキルも得られたしで僕の機嫌は中々良い。両腕を腰に当てて高笑いしている僕を見ながら、三白眼のおじさんとエルウェが何か話している。


「それで? エルウェはいつあの一風変わった魔物を眷属かぞくにする気だ? ……正直、やめておいた方がいい気がするがなぁ」


「もう、ヨキさんまでそんなこと言わないで下さい。ギルドの皆には私の眷属にするっていって解散してもらったんですから。そうですね……まずは仮契約から始めようかなって」


 エルウェの言うとおり、野次馬はもういない。どうやらギルドマスターらしいこのおじさん――ヨキさんに案内され、面会室に案内されたのだ。僕のことが好きになったのか、最後まで付いてきてた冒険者もいたけどリオラさんという黒縁眼鏡の女性に追い払われていた。


 ちなみにリオラさんはぺったんこだった。

 そんな装備で僕のナニをどうやって癒やしてくれるつもりだったのか、甚だ疑問である。


「ああ、俺もその方が良いと思うぞ。まずはこの無駄に知性の高い新種のスキルを把握するところからだな……それにエルウェ、この場には俺とお前しかいないんだ、そう固くならなくても、」


「ううん、私はもう子供じゃないの。……コホン、ないんです。とにかく今日は疲れたので、契約は明日行おうと思います。本当に迷惑をおかけしました」


 最初は親しげだった二人だけれど、冷静さを取り戻し始めたエルウェは徐々に他人行儀な感じが増している気がする。最初は親と子みたいな雰囲気だったが、今は仕事場の上司と部下的な。


 深く頭を下げるエルウェに、騒動の旋風を巻き起こした張本人である僕は若干悪い気がしなくもない。手持ち無沙汰になったからとりあえずフラム先輩に跨がっておこう。


 うーん、それにしても濃い一日だった。

 エルウェという美少女との出会いから始まったこの物語は、何か波乱の幕開けのような、そんな予感がして成らない。


「……夜、楽しみだな」


 とにかく今日は、エルウェの双丘に挟まれてぐっすり眠るとしよう。

 散々な目に遭って荒んだ僕の心も、きっと癒えることだろう。


 ぱふぱふ。




 ****** ******



 

 エルウェ・スノードロップとその眷属たるカーバンクルが、小さな白金鎧の魔物を引き連れて部屋に籠もり、ヨキと詳しい話をしている最中。


 リオラ・エレガントは面会室の前に塞ぐように立ち、見張りをしている。

 亜麻色のお下げを手持ち無沙汰にいじり、黒の眼鏡の位置を頻りに気にしていることから、彼女が扉の前に集まった冒険者の中で最も中の様子が気になっていることは誰が見ても明らかだった。


「だめです。ギルドマスターの言づてです、今日はもう帰りなさい!」


「「「えぇ~」」」


 だからこそ、あくなき好奇心の塊のような冒険者達は諦めきれず、もしかしたらがあるのではないかと扉の前にまで押し寄せていた。

 無論ヨキ直々の言葉が全体へとかけられたため、解散した者が殆どだが、それでもと興味津々にやってくる冒険者は多い。


「放浪の鎧の新種――あんな個体は滅多にお目にかかれない! しかも珍しいことに、善性の魔物らしいじゃないか! いやはは、気になるよなぁ」


「そうだそうだッ! 俺のスキルを喰らって無傷で済むなんて絶対おかしい! 何か卑怯な手を使ってやがるに決まってらぁ!! 俺を中に入れてくれ!」


 と、その中には仲違いを起こしていたブレイクルとホームラの姿もあるが、強い好奇心の前には敵愾心もなりを潜めているようで。


「だ、だめったらだめですよ。私も気になるけれど……ところで……貴方たちはどうして喧嘩を始めたのかしら?」


 言っても聞かない冒険者達の勢いを少しでも鎮めようと、話題を振るリオラ。

 どうせ下らないことだろうとはわかっているが、時間稼ぎにはなるだろうと。


「い、いやだって……女はケツだろう……?」


「いやいや、脇だから! これだからじじいはッ!」


「ああ……そうですね、そうでした。男の人って下らない生き物ですものね」


 はぁ……と頬に手を当てて嘆息するリオラ。

 とどのつまり、女性のどの部位に興奮を覚えるのかを議論した末、意見が食い違い喧嘩に勃発したのだと予想できた。わかってはいたが、まさかそんなくだらないことが原因なのかと、頭が痛い思いだった。


「はん? ケツの匂いが一番大事に決まってるだろうが!」


「脇に挟まれた時の魅惑的な香りを知らないからそんなことが言えるんだッ!」


「貴方たちは何の話をしているのっ!?」


 前言撤回。

 やっぱりリオラには、男という生き物が理解できそうにないのだった。

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