第6話:まさかこれは、黄金に輝く○○○○か!?
「なぁシェルちゃん……まだなの?」
「そ、そう言うでない……我もここまで肥大化しておるとは思わなかったのじゃ」
あれから一月余りが経った。
岩肌を歩き、地底湖を泳ぎ、蛍灯のような
しかしながら、始祖龍たるシェルちゃんを馬車馬のようにこき使っていたというのに、まだ洞窟から出ることは叶っていない。
徒歩で、しかも小さな小さな歩幅で歩いていた僕は、果たしてどれくらいの時間をかけて奥地に辿り着いたのか。考えるだけでも嫌になってくる。
「だってねぇ? いうてもう一ヶ月だよ。しかもここ君の迷宮だって言うじゃない。怠惰を貪りすぎたんじゃありませんの? そこんところどう思ってますの?」
「そ、
何を当たり前のことを。
僕の面の皮は厚いのだ。いっそ刀剣で刺されても思い切り殴られても大丈夫な程に厚いのだ。鎧だけに。
「まぁ、そろそろ着く頃じゃろうて。それにしても、
「それに関しては僕が知りたいところだね。気づいたらこの洞窟にいたんだ。それに最奥まで向かったのは僕の意志じゃないんだけど、シェルちゃんに会えたのは僥倖に恵まれたってことかな」
「種族特性として彷徨い続ける事を強制する……仮に自我が芽生えたとしたらゾッとしないの」
「でもそれでシェルちゃんに会えたんだ。あの無駄な行進に、少しは意味があったのかなって今は思えるさ」
「うむうむ。そうじゃな、其方と我が出会ったのは運命じゃて」
僕の下で何か大仰な事を言っているが、別段否定はしなくてもいいだろう。
『運命』という言葉は嫌いじゃない。ドラマチストであるつもりはないが、そういった趣向に理解がないわけでもない。
『人外×少女』が大好きな僕が魔物になったのだって、運命なのかもしれないしね!
と、少し気になることがあった。
僕はシェルちゃんの頭上で足を伸ばして座り、白と金の清楚感がアップした籠手を後方についてバランスを取っていた。視線は心持ち上に向けたまま、出所不明原理不明のくぐもった声を出す。
「ちなみにシェルちゃんさぁ。なんでこんな所に引きこもってるわけ? 日差しに照らされると灰になって死んじゃうとか? あ、他人には言えないいじめられた悲しい過去があったりだとか? 大丈夫大丈夫僕ってばそういうの気にしないから、よく頑張ったねよしよし」
「勝手に哀れんで勝手に慰めるでないわっ! よくわからんが惨めなのじゃ! い、いや、撫でるのは別に構わんのじゃけど……あ、なんでやめるんじゃ」
やめたくなったからやめました。以上です。
「むぅ……まぁよい。我は
いるんかい。
始祖龍たる【金龍皇シエルリヒト】をいじめるとか……いじめっこレベル高すぎだろそいつ。ていうか、それなら何で引きこもりなんてやってたんだろうか?
その強いヤツにボコボコにされた挙げ句、危険な性癖をカミングアウトされて居場所がなくなったりとか? ――そりゃいじめか。
「なんだ、やっぱり怠惰にかまけてただけか。みっともない。僕だったら目立つところで堂々とぐうたらするね! アウトドア系ニート目指してるんだぁ。カッコよく言うなれば『世界に引きこもり』ってね」
「其方も結局ものぐさをするのではないかえ! 同じように扱うでないわ……そうじゃな、我の場合は――『誓約』なのじゃ」
「誓約? たった一つの約束を守らせるために尋常じゃない労力をかける、あの無駄の塊のような誓約?」
「其方の価値観はこの際無視するとして……ああ、その誓約じゃ。といっても、それは既に時効を迎えておる。だから我の一方的な我が儘にすぎんのじゃ」
じゃあなんで、と紡ぎかけた口はシェルちゃんの表情を見て自然と引き結ばれた。
いや僕に口なんてないんですけども。強いて言うなら
「――けどの。我にとって、あやつが全てだったのじゃ。例えもう、相見えることはないのだとしても、あやつと契りを交わしたことは決して忘れぬ。……忘れられぬのじゃ」
爬虫類の表情筋の構造なんてわからないけれど。
哀愁を帯びた影が差すその面持ちからは、酷く悲しい感情が伝わってくるようで。自然、僕の口からは気まずげな配慮が漏れ出る。
「……じゃあ僕みたいな適当な奴と外に出ちゃっていいの?」
ぎょっとしたような瞬きと、「じ、自覚はあるのじゃな」なんて失礼な言葉が返ってきたので舌打ちしておく。チッ。チッ。チッ。
「……
そう言って、おもむろに引き抜いた毒々しい雑草を僕に手渡してくるシェルちゃん。僕は受け取ると
物体の大きさや質量を度外視した異能。
鉱物はもちろん植物も出し入れ可能なので、多分魔物だって問題ないだろう。
煙のように輪郭をあやふやにして吸い込むので、例え巨大なシェルちゃんでもいけないことはないと思うけど……、
「多分問題はないけどさ……僕の
「問題ないのじゃ。例え魔力も酸素も水も食料も何もなくとも、我ならば快適に過ごせるであろ。ふふふ、我を誰と心得る? そう、かつて秩序神の如く拝まれた始祖龍の――」
「駄龍。ちょろごん。無駄に堅くて眩しいヤツ」
「其方の評価はどうしてそうも辛辣なのじゃっ!?」
言われてみればそうか。
僕のこのスキルは僕にとって常識外だけど、この涙目で「もっと優しくして欲しいのじゃ」と訴えてくる黄金のドラゴンも大方傑出しているのだった。
全然そうは見えないけどな!
ちなみにシェルちゃんにこのスキルのことを聞いたところ、「元々放浪の鎧系譜の魔物に備わっていたスキルじゃろうて。今までどの個体も何かを口にしようとは思わなかったが為に露見しなかっただけであろ」という見解が返ってきた。
その言い方からして、殊更珍しいという程でもないのかもしれない。
彼女の言葉を受け、よくよく考えれば納得できる部分はある。
そもそもを言って放浪の鎧の構造は未知のヴェールに包まれているのだ。
そして食事を始めとする生きるための行為が必要なく、さらには自意識を持たない下級の魔物でしかないため、誰もそこら辺に生えてる雑草など啄もうとしないだろう。
……転生した元人間でも中に入ってなければ。
例え人間でも雑草は食わないという突っ込みは受け付けません。
それにしても、と。
右の籠手を顎先に当て、込み上げるなんともいえない感情を誤魔化すようにすりすりする。金属が擦れる音が妙に心を落ち着かせてくれるのだ。これも鎧の魔物になったせいかな。
「……そっか。シェルちゃん、中に入っちゃうのか」
ポツリと溢れたそれに、目ざとく反応を示すドラゴンありけり。
「……むむっ、もしかして寂しいのか? 寂しいのじゃな? ええ? そうかそうか、素気ない態度のくせになんだかんだ言って
「よし決めた。新しく家族を探そう」
「切り替えが早いのじゃぁあッ!?」
うん。
僕はこれ以上の孤独は許容できない。できるはずがない。
数え切れない日数、それも薄暗い洞窟を一人で放浪して。
やっとの思いでシェルちゃんに出会ったんだ。
――僕は一人に戻るのが怖い。
情けないと自分でも思う。
でも一人になる未来を想像するだけで、親元から巣立ったひな鳥のような心境になるのだ。一人で歩いて行ける自信がない。
今の僕は、錆びた鎧だ。
赤黒くくすんだ錆びに覆われている。
シェルちゃんのおかげで浸食が止まっていたものの、錆が綺麗さっぱりおちた訳ではない。再び苛まれれば――きっともう。
錆に埋もれて死んでしまう。虫に食われたように穴が開いてしまう。
シェルちゃんと出会って温もりを取り戻し始めた心に、もう一度冷め切った孤独を注いでしまうと、次こそはボロボロと崩れ去ってしまいそうな気がして。柔い風に吹かれただけで塵と化し、砂埃と共に舞い散ってしまうような気がして。
「……心配せずとも、我は
しんみりした空気を感じとったのか、シェルちゃんが至って真面目な表情で語りかけてくる。
「…………巨乳の美少女」
「其方もぶれないなぁっ!? 幼子も結構良いと思わんっ!?」
あ、思いません。
ていうかシェルちゃんも大分危ないこと言ってるって自覚あるのかな?
なんにせよ、僕の頭の中には新たに家族となった巨乳かつとんでもない美少女たちに囲まれた光景が広がっていた。
魔物は強者になると『人化』というスキルを獲得することが多いと聞く。そして魔物だからこそ、名を共有することで本物の『家族』になれるはずだ。
運命的な出会いを求めて人間の少女を探すのもいいけど、結婚式に呼ぶための家族を集めるのも捨てがたいね!
僕は人外の美少女たちに囲まれる白金の鎧を想像する。いい。実にいい。
むふふ、どうせなら可愛くて、死んでも死なないくらいに強い家族をつくろう。
いじけるシェルちゃんを尻目に、僕はそう決心したのだった。
****** ******
仄かな黒と淡い蒼が滲んだ景色が、次々と視界の後ろへ流れていく。
シェルちゃんが
ちなみにシェルちゃんはある程度の範囲であれば身体の大きさを変化させることが出来るみたいで、本当はもっと巨大なのだとか。そして今の大きさが最小。
これ以上小さくなるためには『子竜』の姿にならねばならず、それだと僕を乗せられないみたいだ。
よって今のシェルちゃんはドラゴンという種族の名に相応しい高速飛行を披露していた。
しっかりと捲れた鱗に掴まり、全身の鎧を震わせる程の速度を全身で体感する。人では決して為し得ない経験に興奮するとともに、まるで風と一体化したような気さえしてくる。最高の気分だ。
通路の真ん中で地面から天井まで突き立った魔結晶に対し、その黄金の巨躯を九十度傾けて通過する。身体が浮き籠手の先で必死に鱗を掴み、どうにか踏ん張って耐えた。
再び元の低空飛行に戻り、その速度は増していくばかりだ。
「――見えた! 光だ!」
と、そこで。
前方を恒星のような輝きが埋め尽くした。暗闇の中の異彩を放つ光。
間違いない、外界――『太陽』の光だ。
――長かった! 長かったよぉ! ついについに、外に出られる日が――、
「あ、多分あの光は我の
「死ね! マジで死ね! 僕の感動を返せよ!」
「り、理不尽なのじゃ……」
頬を引きつらせて速度を緩め始めるシェルちゃんだが、こっちは涙まで流した(そんな気がした)んだ。
いや普通さ、洞窟の出口が近いとわかってる状況で強い光が見えたら出口だろ。紛らわしいにも程があるわ。
外からは誰も侵入できないようになってるらしいけど、仮に冒険者が冒険しに来た際には誰もが勘違いするに違いない。上げてから落とされて、なんて性格の悪い迷宮だ
っていうか、
僕の感情が憤慨から驚愕へと推移している間に、その強烈な光源の広間に到着した。
そこにあったのは――黄金の玉座、光り輝く剣、盾、装備類、杯、アクセサリー類、宝石、金銀をはじめとする硬化が溢れる宝箱など、目に痛いくらいの山のように積まれた金銀財宝。
「――ここは……?」
「……ああ、ここが本来の宝物庫――『
黄金一色に染まる
彼女の背から降りた僕は裏切られた苛つきを噛みしめながら、あまりの眩しさに金属でできた籠手を掲げて視界を遮る。
それにしても、
「はぇ? それって
迷宮の
進入禁止になっているとはいえ、仮に僕みたいなヤツが現れたらどうするのか。僕だったら全て奪って即帰還だね。これじゃボーナスステージみたいなもんだ。
「うーむ……いやな、最初は我がおる場所はここ宝物庫のすぐ後ろだったんじゃ。だが
「はぁ!? じゃあ出口はまだ先って事!? しかも今まで進んだ以上の距離があるって事!? それ出るまでに何ヶ月、いや何年かかるんだよ! 管理くらいしっかりやれこの怠惰ドラゴン!」
まさかのまさかだ。
そろそろ出てると思っていただけに、僕はものすごくお冠である!
「我も予想外じゃったが……まてまて、待つのじゃ。迷宮はそこにある
シェルちゃんは財宝に埋もれた金の玉座の前にある立派な台座を指差す。
きっとその上に浮かんでいる、不可思議なオーラを放つ虹色の宝玉が核なのだろう。なんだ、それならいいや。びっくりして損した。
「なんだ、ならいいや。うおぉお~金銀財宝が山ほどあるぞー! 金持ち金持ちっ! これで生涯働かなくてすむぞ~っ!」
「其方は現金なヤツじゃなぁ……」
呆れた溜息を背に、僕はてこてこと小走り(僕にとっては全力である)で宝の山に近づいた。
鎧に使われている金属が高等な物になったのか、重さは以前の五分の一といっていいほどに軽く、金属同士が擦れる音も大きく軽減されているのだ。
「なにこれすごい綺麗な短剣! でもあんまり強そうじゃないな。うおー、なんだこの王冠! ってふさふさの白紐が邪魔でつけらんないよ! おおお、またこの鎧も……鎧が鎧着るってどういうことだよっ!!」
「……
一人漫才をやっている僕に、実に心外なことをいうシェルちゃん。
端から見れば楽しそうに見えるかもしれないが、やっぱり友達と話してる方がいいよね。精神的にも外面的にも。これは、そう。あまりに孤独を極めすぎて、独り言がクセになってしまったのだ。
「仕方ないから全部異次元に放り込んで、冒険者
「今の其方は魔物であろ? そこのところ考慮しているかえ?」
「…………はぁ、使えな」
「またそれなのじゃっ!?」
「我のせいじゃないのに……」とブツブツ言っているドラゴンは財宝と同化してるのでよく見えません。どこにいますか。
迷宮核をじろじろと観察した後、手当たり次第に財宝に触れて『
「ところでシェルちゃん。さっき
「そ、其方、我の宝具まで盗る気なのかえ!? え、遠慮というものを知らんのか……」
「いやいや、だってシェルちゃん僕の中に入るんでしょ? それにこの迷宮壊すって言うじゃんか。ここに置いたままだとまずいんじゃない?」
「正論過ぎて言葉もないのじゃぁあ……」
わかってくれて何より。
「それにしてもシェルちゃんの宝具か……金になり、ゲフンゲフン、これからの戦いに使えそうだな。んで? どんなヤツだったの? せめて特徴とかさ、お粗末なシェルちゃんの脳味噌でも覚えてないかな?」
僕は売ることを諦めたわけじゃない。いつか人化して売りに出してやるのだ。
いや、我らが家族の切り札として使うのもいいかもしれないけどさ。
「相変わらずの扱いはもういいのじゃ、諦めたのじゃ……そうよな、我の宝具は『幻想宝具』の類い……装着したものの身体に併せて姿を変化させる『決して壊れぬ鎧』じゃ」
聞いて驚く。
それは数多く存在する『宝具』の中でも一際強い力を持つものだったからだ。
……でも、
「ねぇシェルちゃんさ。ただでさえ防御力のパラメーターぶっちぎってんのに、さらに防御固めてなにがしたいの?」
「し、仕方なかろう? 我が生まれ落ちた時にいつの間にか手にしていた物なのじゃ! 我は選べなかったのじゃ……だが絶対に壊れぬ鎧であると同時に、『変幻自在の鎧』でもある。それなりに攻撃力もあるのじゃ」
「へぇー……――ッ!?」
右から左へと言い訳じみたシェルちゃんの言葉を聞き流し、次々に財宝を収納していた僕だったが、その瞬間に意識が飛んだ。いや、飛ぶような錯覚を得た。
指先に当たる感触を再度確認するべく、もう一度押し込んでみる。
――フニュ。
「フニュって! シェルちゃん今フニュって!」
「む? ふにゅ? 何を言って――それはッ」
僕の指先にはどの世界どの時代どの年齢の垣根なしに、種としての真っ当な男が求めて止まない至高の感触が! が! が!
金銀財宝に半ば埋もれてはいるが、隙間から目に付く見た目だけでも、しっとりすべすべの柔さを備えつつ若々しいハリを忘れない表面だとわかる。わかってしまう。
「ハッ、これはもしや――おっぱいかッ!? これは黄金に輝くおっぱいなのかぁッ!?」
「いや、スライムじゃ」
鼻はないが鼻息荒く、むふふーっと興奮し始めた僕をよそに、冷めた龍瞳でこちらを見据えるシェルちゃんが冷静な一言を呟いた。
……なんて?
「へ? ごめん今、上手く聞こえなかった。聞き間違いだとは思うんだけど――……スライムって言った?」
「うむ。言ったのじゃ」
ぼく、しぇるちゃんがなにいってるのかわかんない。
「へぇ~。ねえシェルちゃん。この黄金のおっぱい枕にしたら快眠できそうじゃない? ムフフな夢も見れそうだし素晴らしいなぁ」
「認めない気であろっ!?
「えぇ……だってスライムとか言われても――」
黄金のドラゴンならわかるけどさ。黄金のスライムってなによ?
僕が最大限の訝しげな視線をシェルちゃんに向けた所で、もぞっと指先に触れた
あきらかな生命力を感じさせる柔らかい
優しい楕円形を描く流動的なフォルム。
青みが強い虹色のよう色彩の宝石が二つ、目のような位置で煌めく。
その見た目は惑星『アルバ』にて五歳の子供でも倒せる最弱の魔物――『スライム』に酷似しているわけだが……
僕の側に寄ったシェルちゃんが胸を張ってどや顔をつくった。
「ほら見るのじゃ、スライムであろ?」
「あれぇ、ない、ないぞ?」
「な、何がないというんじゃ?」
「くそぉ、突起があれば完璧だったのに……」
「しつこいぞ
スライム? なにそれ美味しいの?
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