第3話:君に会えてうれしいよ
「って、い、いかん……我ともあろう者が些か呑まれておった……
僕の身体が自動的に鎧身を起こし、再びガシャンガシャンと歩みを進める。
唐突に出会いを果たした黄金のドラゴンは少しばかり生じた混乱を振り払うように頭を振ると、再度僕に鼻先を向けて問うてきた。その表情は真剣だ。
でも僕は正直、何も聞こえちゃいなかった。
正常な思考が回っていなかった。
血液ならぬ魔力が頭に巡っていなかった。
超久しぶりに見た生物。
人間じゃない? 最強の魔物? 気にするもんか!
無機物でないだけ嬉しい! 雑草に次ぐ有機物であることが喜ばしい!
纏めると命ってすばらしぃぃいい!
おおう、寂しかったよぉぉおおおっ!!
僕は今、感極まって絶賛号泣中である。
無駄にハイテンションで。
(おおおぉおおぉおううううう友よぉぉおおぉおおおぉッ!?)
「き、気持ち悪っ!? 身体を押しつけるでないわ! な、なんなんじゃ
もう一度言うが無駄にハイになった衝動のまま鼻先にひしりと抱きつく僕に、黄金のドラゴンが嫌悪感を全開にする。冷や汗を掻いているのか金の鱗が湿ってきたぞ。
違うんです違うんです。
なんか僕が急に友達申請して身体を押しつけてくる変態みたいな感じになってるけど。現にそういう汚らわしいものを見る目で見られてるわけだけど。
脚が勝手に進むんだからしょうがなくないですか?
ドラゴンさんが進路方向にいる限り、永遠にトライさせていただきます!
はい本当に申し訳ありません!
「しつこいぞっ!? 次近寄ったら容赦は――ひぃぃいぃいっ何度向かってくるんじゃぁあ! 『
(ぐべぇぇええらぁああぁっ!?)
「――あ」
四度目のトライに、ついにドラゴンさんがキレたらしい。
視界に収まりきらない顎が開かれ、鋭利な牙と赤い口内を露見させる。次には喉の奥から迫り上がる金の息吹が吹き荒び、吹っ飛ばされた僕は
金属がガチャガチャなる音は今にも砕け散ってしまいそうで心臓に悪い。
しかし存外にも外傷はなく、僕は自然むくりと起き上がる。咄嗟にスキル『硬化』を発動してなかったらやばかったかもしれない。ナイス判断僕!
「ちょ、ちょっとやりすぎちゃったのじゃ――ひぃっ!? どうして無事なのじゃぁああああぁあっ!?」
それを見た黄金のドラゴンが再び悲鳴を漏らした。
魔物の頂点、世界の覇者、様々な異名を冠する最強生物のドラゴンだというのに、実に表情豊かな個体だ。三十センチ程しかない相手に腰が引けているその姿はどこか女々しいまである。
――はっ、もしや
というより、さっきの息吹に殺意は感じられなかった。
いや正直死ぬかと思ったけども。
洞窟内の結晶が粉々に成って吹き飛ぶくらいの威力はあったのだけども。
僕自身ゴミのように小さいのが功を奏したのだろうか。誰がゴミや。
幸運値に甚大な下方補正がかかっている僕にしては、残っていた雀の涙ほどの運を使い果たしてしまった感が否めない。つまり次は死ぬ。
ねぇお願い。止まって? 僕の足。
って、まぁ動くんだから仕方ないよな!
ドラゴンさんもキレたというか、よくわからない生物に恐れをなしたのだろう。
僕も自分のことがよくわからない! ふはははもういいやけくそだっ! ひゃははドラゴンともあろう者が情けないなぁ!!
「そ、其方はっ、どんな肝っ玉をしておるのじゃ……っ」
絶え間なく脚をガシャンガシャンと動かし続け接触を図ろうとする僕を、右腕の巨大な爪先で押しとどめ、再び戦いたような表情をするドラゴンに、僕は内心朗らかに笑いかけた。
(やぁこんにちは、お嬢さん。僕は放浪の鎧。名前はまだない。別にこれは美しい君を見て欲情が爆発してるわけじゃなくてね、魔物としての性なのか足が勝手に動いて困ってるんだ。よろしく! 家族になろうよ!!)
ノリだ。もはやテンションのなすがまま、その場のノリ全開である。
凄いなぁ。僕ってばドラゴン相手に全然びびってないよ。我ながらすげー。
「お、お嬢さ……ッ!? う、ううううううううう美しいッ!? 家族ぅっ!?」
っていうかこのドラゴン、最初に僕が友達になってくれって言ったら「うむ」って頷いたよな? あはは、なんだなんだ、もうマブダチじゃん。よろよろ~。
「な、なななななななな何を言うておるのじゃ気が早いであろぉっ!?」
(ぐべらぁぁあぁふぅっ!?)
再び吹き荒れた『竜の息吹』。
黄金色の風。
――硬化硬化硬化ぁぁぁぁあああッ!?
強風が毒々しい草を大きくたなびかせ、茂る結晶の林を粉砕し砂塵と化す。洞窟全体がをズズン、と振動するような尋常じゃない威力だ。
死ぬって。これ死ぬって。
もちろん僕も軽々と転がっていき、なんとか無事であったことにほっと安堵しつつも、再びドラゴンに向かって歩き始めた自分の身体を酷く呪いたくなった。
ていうか、今のは何の息吹だよ。
僕の目が節穴じゃなければだけど、朱に染まった頬を両手で抑えながらブレスってたよね今。何、照れたら一々破壊の嵐をまき散らすのこの子? やばくない? 間違いなくやばいよねこのままだと僕はいつか死ぬ! そんな衝動の余波で死んじゃったら空しさの余りアンデットになるわ!
くしゃみで世界を滅ぼせるんじゃなかろうな……そんなことを考えつつ、大きく吹き飛ばされた距離を縮める。もちろん僕の意志じゃない。
するとドラゴンはやはり頬を手で押さえ、腰をくねくねさせていた。きもい。
「な、何を心にもないことをペラペラと……っ! そ、そうだ! 最強種たる我を前にして頭が狂ったのであろ? そうだ、そうに違いない。そうでなければ、我のことを、可愛いなどと……言わぬよな……そうだよなぁ……グスン」
……何だこいつ。
よくわからないが自分の言葉でダメージを受けてるのか徐々にシュンとし始めたぞ。なんかすごく小さく見えてきた。そもそも可愛いなんて言ってないし、最後には涙まで浮かべてやがります。
あれか? もしかして駄竜なのか? そうなのか?
僕は急に素面に戻った。
(ソウダネ、カワイイトオモウ)
極度の棒読みである。
そんなこと思ってないが、いやもしかしたらドラゴンの中では可愛い方なのかもしれないけどさ。顔とかわかんないし。というか心の中ではお嬢様じゃなくて雌だなんて呼んでましたごめんなさい。
興奮が一気に冷め素面に戻ったことで、正常な判断が出来るようになった。
つまるところ、ドラゴンの機嫌を損ねてはならぬ。これ、常識。
冒険者
――ハッ、残念だったね! 僕の顔はフルフェイスなので見えませーんっ!
「かっ、かっ、可愛い……そ、そうか。そうじゃったのか……我、可愛いのか……む、良かろう。
おいおいおいおい、ちょろいな。
僕が内心一人芝居をしている間に、どうやらドラゴンさんは僕を許す方向で結論を出したようだ。
っていうか、
(……あの男?)
あの男って、もしかして僕の他にもドラゴン相手に馬鹿をしでかした狂人がいたのか? そういえばさっきもあの男って言ってたし。すごいな、どんな神経してるんだよ……ああ、僕みたいな神経か。
「そうじゃ。今より三百と八十六年前じゃったであろ。かつて世界最強の名を欲しいままにした馬鹿がおったのじゃ。そやつは脳天気というか、阿呆というか、自由気ままなヤツでのぉ。我に可愛いと言ったのも
……何だこれ。
年寄りの「昔はのぅ」で始まる無駄に長い話なのか?
それとも過去の想い人とのなれそめを告白する女子トークってやつなのか?
あ、ものすごく興味ないです。耳が腐りそう。
流れとはいえ、そんな変人と同じ扱いをされるのは不本意ではあるが、まぁいい。僕は死にたくないのだ。なにより、この黄金のドラゴンと友達になりたいと思ってることは本当だし。
孤独は精神を蝕む毒だ。ぼっちは命ある者の天敵だ。
寂しかった。辛かった。
例えかつての敵だったであろうドラゴンといえど、生命体であり会話が成り立つのであれば問題はない。これで気が変わって殺されたとしても、まぁいっかって思えた。
――なんていうか、そうだな。
きっと歩き疲れたんだ。
長い、それはそれは長い一人旅だったから。
(――会えてうれしいよ)
僕は心の底からそう思った。
でもドラゴン相手に可愛いだなんて言う奴もいるのなぁ。世も末だぜ。
「――とにかく、
(イエナニモ)
自分の話に夢中で僕の感謝の言葉を聞き逃したくせに、内心で思った悪口は察知するとかどうなの。
****** ******
「ほう……放浪の鎧などという雑魚モンスターに自意識があることに驚いておったが……転生者とな。それも元人間の」
あれから黄金のドラゴンは一度僕を指先で弾き、生じた時間で腕を枕にだらしなく寝そべった。再び行進してきた僕を鼻先で押さえ、歩みを止めない僕の足は地面を滑りながら停滞という術を経ていた。
その場で行進してるっていう、すごく間抜けな格好ではあるけどね。
ちなみに僕は言葉を発していないのに会話が成り立つのは、魔物同士の
こうして、ここにまともな状態での会話が成り立ったのである。
(そうです。素敵です。元人間と言っても。綺麗です。今は魔物なので殺さないでください。可愛いです)
「そ、其方さぁ……それはもしかして我の機嫌を取ろうとしてるのかえ? 少しばかり舐めすぎではないかえ?」
ギクリ。
さすがに適当にやりすぎたか。そこまで堕ちた駄竜ではなかったらしい。
僕は急ぎ誠心誠意謝ろうとしたのだが、
「ま、まぁ……? 嬉しくないこともないのじゃ。も、もっと言うのじゃ」
(…………ワァ、ホレソウデス。エエ、ホントデス)
ダメだな、やっぱり駄竜だ。
こんな木っ端魔物の言うことに一々一喜一憂するなど、伝説の魔物さんとは到底思えない。まぁ、扱いやす……ゲフン、友達になりやすくて助かってはいるけど。友達になりやすいって何だろ。つまりちょろいってことじゃん。
「しかしなるほど。放浪の鎧とは自分の意思で放浪しておったわけではないのだなぁ。これまた不憫な……しかも前世の記憶も曖昧だというのであろ?」
彼女(おそらく)の言葉に、僕は小さく頷いた。
正確に言えば、培った知識は残っていると思う。
一方で、自分の顔や名前は覚えていないし、知人や友人なんかも一人だって想起されない。まるで僕が今も昔もぼっちだったみたいだ。
あれ、あれれ。
前世の僕にちゃんと友達がいたかどうか妖しい件について……いや流石にいたよな。やめてよそんな悲しいこと言うの。いたから。友達百人いたからぁ!
唯一、その顔を覚えている、というより記憶の断片を持っているのは――件の少女だけ。彼女の顔だってぼやけてハッキリとしている訳ではないけれど、なんとなくわかる。多分彼女に会えば一発だ。
まぁあの調子じゃ、僕と一緒に……や、今はいいか。
(まぁ、そうなんだよ。えっと……ドラゴンちゃん?)
金色で縦に細長い瞳孔を持つ竜眼を狭めて、哀れみを浮かべる黄金のドラゴン。
彼女の高温の鼻息が鎧の隙間を撫ぜてくすぐったい。
「ちゃ、ちゃん付けとは……まったく。我のことは、そうだな――シェル様と呼ぶがいいであろ。特別なんじゃぞ」
どこか高慢なその態度。
高位者の放つ威容にすっかり慣れてしまった僕は、自然ムッとした。
ビシッと右の籠手をドラゴンの眉間に向け、勘違いしている駄竜へとハッキリと申し上げる。
(呼ぶがいい? ちょっとちょっと駄竜さん。僕と君、トモダチ。オッケー? 命令口調ダメ。オッケー?)
「だ、駄竜!? いや、そう、そうよな。我と其方はトモダチ。そうだ。シェルと呼ぶことを、その、許すのじゃ……」
(許すのじゃ? ちょっとちょっと駄竜さん。僕と君、マブダチ。オッケー? 許されなきゃいけないくらいなら呼ばないよ。オッケー?」
「だから駄竜ってどういうことなのじゃ!? い、いやいや、そうよな。我と
やっぱり友達っていうのは対等な関係じゃないとね。
こういうのを後回しにしてると、いつか面倒くさい拗れが生じるんだ。つけがくる。最強主たるドラゴンと雑魚い魔物である放浪の鎧だからこそ、そこら辺の線引きはしっかりとしていた方がいいだろう。
もちろん喧嘩っ早いドラゴンが相手だったら、一瞬で灰燼と化していただろうけどね。ちょろごんで助かった。
例のちょろごんさんはいい年して小っ恥ずかしいのか、顔を赤く染めている。
いや、照れても可愛くないぞ? 蜥蜴頭に需要なし。せめて可愛い美女に人化してください。
――シェル。
黄金のドラゴンはやはり
しかし、シェルちゃんねぇ……うん、ちょろごんにしてはいい名前だな。親しみやすさが滲み出てくるから不思議。
(じゃあシェルちゃん。この身体のせいでこんな所まで来ちゃったし、これじゃ一向に外に出られないし……どうにかならないかなぁ)
「は、恥ずかしいのじゃぁ……我、こう見えても最強種たるドラゴンなのに……其方もあの男のように軽いヤツじゃのぉ。どこまでも自由奔放で……でも我は、あやつのそういうところが……キャッ」
――ドラゴンのデレに需要はないって言ってんだろうがっ!!
という言葉が喉から出かかって、必死に堪えた。
いいじゃん。そんなの個人の自由じゃん。ドラゴンが照れたっていいじゃん。
そうだよ。そうだよね。よしよし。
最強のドラゴンなのかは妖しいところ。
実を言えば、この世界でドラゴンはそこまで珍しくなかったりする。
それこそスライムのように無限に湧くわけではないが、少なくともドラゴン下位種の亜竜や子竜は比較的目にする機会も多い。冒険者として生きていれば、数年に一度くらいは遭遇するだろうか。そんな頻度だ。
もっと出会いにくい幻の魔物なんて山ほど存在するしなぁ。
ドラゴンはドラゴンでも、中には『真龍』といって、最強種ドラゴンの中の真の覇者たる存在もいる。確認されている個体は非常に少なく、高度な知能を有しているため国と契約している個体もいたはずだ。
それにしても――『黄金のドラゴン』……?
僕は目の前で恥ずかしそうに身を捩る駄龍を見た。
巨大な体躯に生え揃う黄金の鱗は一枚一枚が異常な純度を誇っている。
ドラゴンの年齢を象徴する角も背中に沿うように馬鹿でかく、千年はくだらない歳月を重ねているだろう。爪や牙も言わずがもな、「冗談をいうでないわ!」と軽く突っ込まれただけで僕の身体が粉砕するどころか大地が裂けそうだ。
だが、何かがおかしい。
他のドラゴンの情報は頭に入っているのに、そんな個体がいたとは到底思えないのだ。
ドラゴンは長命種でもある。
ここまで立派なドラゴンになるには長い年月を生きているはずだ。
そうなると少なからず、情報は出回るはずなんだけど――ズキリと奔る痛み。
――あぁ、またこれか。
「まぁよい。そうじゃの……放浪の鎧系譜の魔物が歩き続けることを宿命づけられているのだとすれば、それを意志の力で覆すのは難しいであろ。だからこそ、進化すればいいのではないかえ?」
口端をひくひくして汗を流していたシェルちゃんの口から漏れた言葉は、僕の虚を突くものだった。
(進化? 進化って、今の僕でもできるの? あ、でも、今の僕が進化しても放浪の鎧になるだけだよ? その先も放浪の~ってつくし。絶対放浪するだろーけど)
放浪の矮鎧が進化しても放浪の鎧になるだけだ。
さらに続くそこからの進化も、『放浪の堅鎧』、『放浪の巨鎧』と頑強さを極めていく進化樹や、『放浪の炎鎧』や『放浪の氷鎧』と属性特化していく道もある。
それら全ては『放浪の~』が名前の先に付くのがネック。
シェルちゃんは一度「うむ」と頷くようにゆっくりと瞬いてから、凶悪な牙を覗かせて言った。自慢げな顔らしい。
「本来は魂に他者の霊魂を取り込む必要があるが、例外もあるのじゃ。それもただの進化ではないぞ? 新種になるのじゃ。放浪の鎧系譜の進化樹から逸脱した進化を成し遂げれば、もしかしたら自由に動けるうやもしれぬであろ?」
(おーなるほど、そういうことか! へぇ……新種、いいね新種! なりたいと思ってたんだ! って、そんなに簡単になれるものなのか?)
「想いが進化の源となるのじゃ。強い自我さえ芽生えれば、どんな魔物であろうとも別系統の進化へと進むことになるじゃろうて。我もそうであったからの」
シェルちゃんの言葉に、僕は強い納得を覚えた。
元来より名を轟かす名前付きの魔物というものは、賢い知能を有している場合がほとんどだ。それは自我を持っていることの証左であって、進化系統から外れた新種になるのもそういう奴らだったんだな。
……もしかしたら、僕と同じように元人間としての前世を持った魔物もいたのかもしれない。そう考えるとゾッとしないが、どのみち僕に出来ることは先達のような未来を辿らないことに全力を尽くすのみ。
「それじゃあさっそく、進化させるのじゃ」
(おーよろしく。いやぁ、助かるよ……へっ?)
もののついでのような、軽い言葉を機に僕の視界が黒に染まった。
シェルちゃんから発せられた強烈な黒の魔力が吹き捲り、僕の周囲を球状に囲む。
するとすぐに、猛り狂ったように僕の体内の魔力が沸騰し始めた。
――あれ。進化って、思ってたのと違う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます