第2話:黄金のドラゴンはオトモダチ
ガシャン、ガシャン、ガシャン――
僕は歩く。どこまでも。どこまでも。普通に飽きた。どこまでも。
ガシャン、ガシャン、ガシャ――やかましいわっ!
え、何? 何なのさ? ガシャンガシャンが鼓膜に抱きついてる。ガシャンガシャンが耳にこびりついて離れない。規則的なガシャンガシャンが心臓の音のような錯覚に陥って、脚を止めた瞬間にガシャンガシャンって崩れ落ちて死んでしまいそうな気さえする。このガシャンガシャンもうイヤ、精神的がどんどんこのガシャンガシャンに蝕まれてガシャンガシャ――ってだからやかましいわっ!
何回ガシャンガシャン言うんだよ! この雑音が! やかましすぎるんだよ!
もう僕の心はガシャンガシャンのチぇッけらピッピだよこんちくしょう!
ごほん。気を取り直して。
あれから数年が経った。多分だけどね。
人並みの体内時計は前世から持参したはずの僕であるが、随分前に時間感覚さんはどっかへふらふら飛んでいったきり戻ってこないよ。まったく、どこへ逝ったんだか。慌てんぼさんなんだから。
そして今、僕は深い地底湖の水底を歩いていた。
見た目通りこの身体には酸素というものが不必要らしく、呼吸する必要がないので勿論苦しくなんてない。水が纏わり付き身体が重くなった感じはするけれど、きしきし軋むだけで水圧もそこまで苦にならないあたり、便利な身体だなぁと思う。
酸欠に陥る心配はないし、極めて新鮮である水中散歩は地上を歩くより随分とマシな時間だった。水底といっても魔結晶があちこちで光を発しており視界は確保されている。転ぶこともないので意外と快適な旅だ。
といっても、既に見慣れた光景なのだけどね。
地上よりはまだ良いというだけであって、退屈なものは退屈なのだ。
何か新しい発見と言えば、この魔物の身体――放浪の鎧についてだろうか。
(
この身体はどうしようもなく鎧だ。声帯がないため、そう魂に念じる。
すると霊魂に刻まれた個体情報が脳内に文字として浮かび上がった。
あ、脳はないんだけどね。
――――――――――――――――――――――――――
個体名:なし
種族:放浪の
技能:『硬化』『武具生成』『六道』
耐性:なし
加護:なし
称号:なし
状態異常:■■■■■の呪縛
――――――――――――――――――――――――――
脳内に提示された文字群。
これは個体の有する生態情報――いわゆる『ステータス』というものだ。
アルバの生命体はその霊魂に刻まれた個体情報を任意で感じ取ることが出来る。
さてさて、あまりに暇すぎるので再度突っ込んでいきたいんだけど……まず、放浪の鎧じゃなかったみたいだね。
――『放浪の矮鎧』
要するに、ちっこい放浪の鎧というわけだ。正確には放浪の鎧の進化前。
進化というのは惑星『アルバ』を司る秩序神アルバトリオンによって、不完全な存在たる魔物のみに許された存在の昇華のこと。
遺伝子は螺旋を描いているととある生物学者が宣っていたが、その言葉を借りて簡単に説明するならば、進化とはつまり『魂の螺旋階段』を登ることだ。
螺旋階段を登れば登るほど、より完全な存在へと登りつめることが出来る。
魔物の進化形態はある程度調べがついている一方で、稀に例外として新種が誕生することもあるのだとか。一説では魔物の進化に限界はないとまで言われていた。
人族からしてみれば堪ったものではないが、魔物を狩って生計を立てる冒険者からしてみれば強く否定は出来ない。なにせ進化こそしないが、倒した魔物の霊魂を吸収して『レベルアップ』を果たすことで、より高みに上れるのは人間様も一緒だからだ。
それらのことから、放浪の矮鎧である僕も進化が可能ということだけど……うーん、普通の進化には面白みがないよなぁ。いっそのこと新種になって世の中をワッと驚かせたい願望がある。
いやまぁ、それはそれで人族に捕獲されて実験と称した解剖が始まるわけだけど……うん、あまり目立つ行動は控えよう。怖くなってきた。
でも進化にはでっかい夢があるよね!
(楽しみ楽しみ進化するの超楽しみ! めっちゃ格好良い鎧になって可愛い人間のお嫁さんをゲットするんだい!)
すっかり魔物の身体を受け入れてしまった僕は、目の位置に当たる淡い紫紺の光を煌めかせた。
名前の欄が『なし』なのは癪に障るが、どうしようもないだろう。
称号はよくわからん。レベルは初期値である1。当然だ。
普通の放浪の鎧は身体たる鎧や武器が破壊されると回復不可能=戦闘不能に陥るのだが、稀に自らの装備を生成、修復できるスキルを持った個体がいると聞く。
そういった個体は大抵進化の螺旋階段を登りまくり、過去には
余談ではあるが、『人外×少女』の他に『俺Tueeee』も同じく人気を博した題材だった。美女がゴキ○リホイホイに引っかかるように主人公に惚れ、たちまち人気のヒロインと化すのだ。だから是非とも強くなっておきたいね! 羨ましいぃ!!
一応レアなスキルがあるあたり、そこまでハズレ転生でないらしいことに安堵。でも今は身体がまったく言うこと聞かないんで、いつ詰んでもおかしくないんだけどね! あっはははは。ははは。はは。死ね。
注目すべきは
これさ、すっごい慣れ親しんだ郷愁のようなものを感じるんだけど……恐らくは前世の僕が使用していたスキルなのでは? と適当なあたりをつけている。
なんというか、確信めいたものがあるんだよなぁ。
(『六道』……『六道』かぁ……うーん、格好いい響きだ。好き。もうね、好きだわこれ。おっけー。オールオッケー。なんと言われようが僕のものです)
詳細を確認したければ、そう念じるだけでいい。
――――――――――――――――――――――――――
世界に十二しか存在しない
攻撃、防御、俊敏、魔力攻撃、魔力防御値に上方補正。
幸運値に甚大な下方補正。ワンチャン死ぬかも。
特性:『三善道』『三悪道』『六大世界』
*封印状態
――――――――――――――――――――――――――
と、まあこんな感じだ。
予想通りと言うべきか、スキル『六道』は世界に十二しか存在しないスキル――『
詳細を見るまでワールドスキルという単語自体忘れていたわけだが、まあ僕も馬鹿ではない。どうみても一端の魔物が持っているはずのないスキルだ。ましてや放浪の矮鎧なんていう雑魚モンスターが持っていていいスキルじゃないはず。
やはり前世から引き継いだと考えるのが妥当だろう。
そう考えると、前世の僕は何者だったのか、という話になるんだけど……思い出そうとすると頭に痛みが奔る。その度に件の少女の姿が過り胸が締め付けられるため、あまり考えたくはない。パスだパス。時にスルーは有効な一打となるのだ。
(前世は前世。今は今。そう割り切れたら一番いいんだけどなぁ)
特性としての『三善道』『三悪道』『六大世界』に関しては、詳細を念じてみてもピクリとも反応を示さない。これはぶっ壊れているわけではなく、スキルというものは使用者に使う資質がなければ使用できないような、頑なな制限を課してくるモノもあるのだ。
最後の方に『封印状態』とも書いてあるし、もっと強くなってから使ってくださいって事だろうね。早く進化したいなぁ。
幸運値が甚大に下方補正されている点は無視だ。
何、ワンチャン死ぬかもって? 舐めてんの? スキルのくせに人間様舐めてんの? そりゃ今は魔物だけど文句ありますか?
いやまて、僕は心が空のように広い男だ。幸運値が下がった所で気になどしない、その分すごい能力に違いないと信じてる。いやまじで。頼む。いや、お願いしますお願いします。
僕は面倒くさいことは嫌いだが、多大な結果の伴う努力は惜しまない。
つまるところ強くなりたい。だって男の子だもん。女の子の前では華麗にキメてどや顔したい。イケメンの前ではひゃっほーって悪鬼羅刹と化したい。
んで……あのさぁ。
一番最初に目に入って、けれど今の今までスルーしてきたんだけどさ。
そろそろ限界。やっぱり触れとくべきだよね? ね?
(――状態異常の枠にある『■■■■■の呪縛』って何よ?)
え、なんか僕すっごい呪われてるんですけど。普通に呪われてるんですけど。
冷静に考えて、うん、え、何で? まじでわかんない。なにこれ現実?
頼む。ノイズが奔って詳しく見えないんだけど、やっぱり可能性は低いとは思うんだけど、せめて効果の薄いヤツであってくれ……僕は誠心誠意祈りながら、初めて詳細を念じる。
――――――――――――――――――――――――――
状態異常――『■■■■■の呪縛』
【■■■■■】の濃い瘴気が多量に霊魂に侵入することによって植え付けられた古の禁術。輪廻と悲劇を織り成す永劫の呪い。一度発動すれば対象者は二十四時間以内に命を落とす。
発動条件不明。現時点では発動していない。
――――――――――――――――――――――――――
(おいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!? 重っ! おもぅっ!? 今までに類を見ないレベルで強い呪いじゃんか!?)
転生してなおその身を蝕む程の強力な呪詛とか……やばいだろ、どう見てもヤバイだろぉ……前世の僕、いったいどこの誰様に何をしでかしたんだよ……
しかも、発動条件があやふやなところがまたえぐい……意図的に回避しようにも回避できないじゃないか……何なんだよ、もう。
ああもう、なんて日だ……
なんて日だって、そりゃいつも通り歩いてるだけの一日なんだけどさ……
呪いがあることはわかったが、どうにも対処法がハッキリしないので怯えていてもしょうがない部分はある。そうだそうだ。見なかったことにしてウォーキングを楽しもうじゃないか。せっかくこんなに綺麗な景色なんだ。わあ、楽しいなぁ。
…………わぁ、楽しいなぁ。
ガシャン、ガシャン、ガシャン――……
地底湖の澄み渡った水を振動させて反響する鈍い音は、心なしか元気がないように思えた。
****** ******
地底湖からジメジメとした岩肌に上陸し、さらに奥へ。
それからどれほど経過したのか定かではない。
僕は酷く無口になっていた。
もうね、心の中で喋ってる元気もなくなってきたの。よく考えたら独り言とかクソ虚しいし。何してるんだろうなって。
頭が身体の比率に比べて異常に大きく、不細工な僕がよろよろと歩く様は、いっそ死にかけのゾンビのようだ。は? うるさい死ね。
ひんやりと冷たい暗闇と雑な自虐ネタを切って進む。
呪いに関しては、そういえば人外の主人公もしくはヒロインが呪われてるって定番だよなぁ、と思い至ったため、けっこう簡単に割り切れた。
これはきっと『少女』と『僕』を結ぶ、重要なファクターなのさ。……多分。
それはそうと、最近気づいた事を一つ挙げたい。
僕の頭はフルフェイスの兜なんだけど、本題は目元に当たる部分のことだ。
縦に細長い長方形の隙間が横にずらっと並んで編み編みを作って、如何にも視界確保、呼吸確保用ですよ的なガシャコンッて、それはもう凄い勢いで開閉するヤツがあるの。
左右についた同軸で開くようになってるんだけどね、それっぽい正確な言葉を使うなら『
それで、恥ずかしながら僕は一度そこらの結晶の隙間に生えてる草を毟って食べようとしたことがあるのだ。いやね、そういう貧乏趣味があるわけじゃなくて、ただひたすらに暇すぎて。
まぁ理由なんてどうでもいい。
とにかく、なんでお腹空かないんだろ~ってふわふわした調子で考えてた僕は、ふと目に入った毒々しい草をこんなにおいしそうな草が生えてるのに~的な悪ノリ感覚で口元に運んでみたら――ガチャコンッシュンッて!
……あれぇ、これじゃ何言ってるかわかんないな。頭沸いてきた?
つまりだね、
勿論だが、僕が高速で食べたわけじゃない。
草を食べた言い訳をしているわけじゃない。
でも草は消えたわけで、
まぁ、気になってステータス確認してみたんだよね。
そしたらなんと、新スキル『鎧の中は異次元』を獲得していたのでありますれば!
――――――――――――――――――――――――――
放浪の鎧種の鎧の中身がどうなっているか、君は知っているかい?
誰もが知らぬ……というより興味を抱かぬその内部。答えはまさしく――未知なる異次元なあのである!
専門学者もお手上げの構造は不可思議極まりないが、その実用性は非情に高く、なんと物体の規模と質量を度外視した収納能力も持つのだ! 異次元に収まる容量は存在の格に伴い変化するぞ! さあ詰め込め詰め込め~い!
――――――――――――――――――――――――――
へえ、便利だなぁ……っていうのが第一の感想。
第二の感想は、というより冷静に考えるまでもなくいやお前誰の語り口調だよ!?
あれ? スキル詳細ってこんなフレンドリーというか、博士が鼻高に語るようなノリで書かれるものだったっけ? 違和感というか、気持ち悪さが半端ないわ! 誰だよお前! キモッ!? 詰め込め詰め込め~じゃないわっ!
っていうのが、総体的な感想かな。
まぁ便利な能力には違いないので、それ以来僕は手の届く範囲で毒々しい草や魔結晶等を収納し続けている。その総量は尋常じゃなさそうだが、未だ吸い込めているため恐らく容量は大丈夫そう。
薬剤師や植物学者などではなかったのだろう、この草は何の草かわからないけれど、魔結晶は使い道が豊富な鉱石だ。集めていて損はないはず。あーだこーだと煩い理屈なんて二の次。大事なのは金金金カネかね。
歩みを止めることなく右手の壁からぶちっと遠慮無く草を引きちぎった僕は、再び口元に当てて異次元へと収納した。うん、便利。超便利。そぉれ、詰め込め詰め込め~い。
そしていつもの如くステップを刻むのさ。
さあさあ、今日も一日るんるんるん。
勝手に脚が動くよるんるんるん。
どこまでいってもぼっちだるんるんるん。
ガシャン、ガシャン、ガツゥォン――ッ!!
(んぎゃーッ! い、いったぁ……また何かにぶつかった!?)
せっかくぎこちない雑音もリズムに乗ってきたというのに、金属に硬質な物体が衝突したとき特有の高音と衝撃に、僕は勢いよく尻餅をついた。
高い音が洞窟内に反響する。衝撃と振動で鎧がビリビリと震えた。
(あーあーあぁー! 絶対欠けた! 今ね絶対お尻の鎧欠けたから! 穴開いちゃってるから! もぉももーう!)
最悪……と双眸の紫の光を点滅させながら、いたた……と前を見た瞬間。
「――
僕はこれでもかというくらいあんぐりと、大口を開けた。といっても
とにかく心底驚愕した。
目玉があったら飛び出てる。あ、紫の光球が、目玉がほんとに飛び出てる。
というのも、だ。
僕の目の前には、それはそれは巨大な黄金色に輝く一匹の蜥蜴の顔があったのだから。
見間違えようがない。
それは数多なる魔物達の頂点に君臨する最強の存在。
――ドラゴン。
その威容は全長何メートルあるのか目測では計り知れない。
地面に伏せた龍の頭の鼻先に、僕はちょんと当たったらしい。突風のような鼻息が鎧の隙間を抜け、か細い音が生じる。
恐怖は不思議となかった。
長い一人旅で感覚が麻痺していたのか、はたまた恐れが一周回って違う感情と化したのか。それとも僕の頭がくるくるぱーになっているのか? うんそれが一番確率が高いな。
当たったというか、いやあれは金属にぶつかった音でしょどんだけ鱗が堅いんだよなんて思う暇もなく、僕は超久しぶりに聞いた他人の『声』に刺激されて、ついつい衝動的に叫んでしまった。
(ふぇえええええオトモダチになってくださぁぁぁぁああああいっっ!?)
「――――――――へ?」
(僕のっ! オトモダチにっ! なってぇええええええっっ!?)
「え……あ、うむ。い、いいぞ? ……ふぁっ?」
(やっだぁああああああああああああああッ!?)
「な、ななななななななんじゃこやつ……っ!?」
色々問題はあるけれど。
――僕は黄金のドラゴンのオトモダチになった。
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