お前が勇者だ!
白昼夢遊病
序章
最終決戦
「ついに来たか、勇者」
怪しく紫色によどんだ空の下、半壊した城の屋上で、二本角を頭に生やし鎧を身につけた男が待ちかまえていた。奴は魔王。世界を支配すると宣戦布告した魔王軍の総大将だ。
俺は、魔王の顔を見据え、ゆっくりと言葉を吐く。
「ようやく、お前の元にたどり着いたぞ、魔王」
背中に負った装飾の多い魔法剣を引き抜き、魔王に切っ先を向ける。
「城は包囲した。魔王軍も壊滅寸前。後は、お前を倒すだけだ!」
だが、魔王は不敵な笑みを浮かべ、淡々と言い放つ。
「無駄だな。ここで私は貴様を葬り、撤退の後に魔王軍を立て直す。それだけの話よ。連戦で疲弊している連合軍など、我ら魔王軍の敵ではない」
抵抗の意志を見せる魔王に対し、俺の怒りは燃えていた。
「……お前は、お前の軍は、どれだけの命を奪ってきた! どれだけの人を傷つけてきた! どれだけの国を滅ぼしてきた! これ以上、そんなことを続けさせはしない!」
空中を水平に薙ぐように剣を振り、格好をつける。
「俺は、お前を、刺し違えてでも倒す!」
「くっかっか。そんなに死にたいのならば、早々に殺してくれる! 紅蓮の炎よ!」
魔王がこちらに手をかざしてくる。その手のひらの先に、赤々と燃え盛る炎の玉が現れた。
「灰になってくたばれ、勇者っ!」
炎の玉は瞬く間に魔王の手を離れ、俺の体に直撃する。火の粉が散る。眩しい炎が目に焼き付く。炎の玉がぶつかった衝撃で、俺は舞台袖まで吹き飛んでしまう。
「(まずい! 演出用の魔法が強すぎたか!?)」「(中断?)」「(ここで止められるものか!)」
暗い舞台袖で、慌てふためく声が聞こえる。だが俺はその声を聞かなかったことにし、すぐさま立ち上がる。舞台に前転しながら飛び込み、一切燃えても煤けてもいない勇者の鎧を見せつける。
「残念だったな、魔王。水竜の鎧が炎を防いでくれた。俺はまだピンピンしているぞ!」
「なんだと!? ならば、代わりに我が魔法剣の錆びにしてくれるわ」
魔王は背中の鞘から、俺の剣よりも二回り大きい魔法剣を抜き出す。両手で持ち、正中線で構える。その構えだけで気迫が伝わり、気圧されそうになる。そんな自分を励ますように、俺は剣を肩の上まで振りかぶり、お決まりの台詞を叫んだ。
「光の魔法剣イグザラッドよ! 俺に力をおお!」
予定通り裏方が使った魔法によって、俺の剣の柄辺りが輝き始め、次第にその光は剣を包み、俺をも包んでいく。全身が輝き出すとともに、俺と魔王は同時に踏み出した。互いに互いを剣で斬りつけながら、あっという間にすれ違う。
交錯から数秒後、背後で魔王の台詞が聞こえる。
「ぐぼはっ! この、私が敗れる、などと」
その台詞の後で、ドサッと人が倒れたような音が聞こえた。それに合わせて俺はその場に膝をつき、剣を落とす。大きな金属音が舞台に響く。
「……勝った。俺は勝ったぞ。ジョー、エリゼ、リース。父さん、母さん。みんな、ありがとう。おかげで魔王を倒すことが……出来、た」
かすれた声で言い終えると、俺も床に倒れる。すると、舞台を照らしていた光が段々と消えていき、真っ暗になる。どこからか声が聞こえてくる。
「こうして、勇者が相討ちで魔王を倒したことにより、魔王軍は大将を失い、崩壊していった。それからというもの、世界は平和になり、人々は災厄に悩まされず、暮らすことが出来るようになったのだ。これが世に伝わる、二十年前の勇者の物語。彼の勇気と強さを讃えつつ、これにて終幕をお伝えいたします」
テンツク、テンツク、ステテンテン
声が途切れると同時に打楽器が鳴り、幕が閉められていく。そして、拍手の雨が始まった。今日は土砂降りのようだ。一日かけて長編劇をやった甲斐があったというものだ。
幕が閉まると同時に立ち上がり、衣装に付いた埃を払う。俺の背後からも、埃を叩く音が聞こえる。先ほど魔王を演じていた座長がこっちを向いて拍手に負けない大声で言った。
「リヒトォ! よくぞあそこで素早く立ち直った! さすがはウチの劇団の星だ!」
「仲間の失敗は補い合う。当然のことですよ!」
座長は満足げな笑みを浮かべると、俺の隣に並んだ。俺も側に落ちている剣を拾い、同じく客席の方に向かって立つ。舞台袖から他の役者も出てきて、再び幕が開き、カーテンコールが始まる。
「ありがとう! 最後まで見てくれて、本当にありがとう! 勇者の劇って、やっぱり最高だよ!」
観客達の拍手と声援、役者達の返礼が舞う嵐の中、俺は清々しい思いでそう叫んだ。
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