夢あわせ
@Aomi_kins8149
第1話
あれは、いつなん
そうあれは…わたくしがM家の女中見習いとして
当時のわたくしはまだ娘にすらならないほどの、幼い子供でした。
わたくしはそろそろもの心がつこうかという頃にふた親とも亡くし、ほかに身よりも無かったことから隣近所の方々のお情けでしばらくは持ち回りで面倒を見てもらっておりました。しかし、いつまでもそうしているわけにはいきません。かんたんな使い走りならこなせるように育ちあがったところで、今後わたくしが身を立てていけるようにと、大家さんが口入れ屋を通じて住み込みの奉公先を見つけてくれたのです。さりとて、はなっから言いつけられる用事の一から十までを
ところでM家とは、いま思い返してみても本当に風変わりなお宅でした。洋風の邸宅に合わせて女中のお
そうですね。ほかの使用人からやっかまれていじめられていてもおかしくはありませんよねえ。でも、そのようなことはついぞありませんでした。なにしろ奥様の
お話を戻しますと、自身の古着を着せられたわたくしの姿に満足した奥様は、翌日からわたくしを人形に見立てて着せ替えごっこを始めました。服の組み合わせを考え、髪の結い方にも
そうそう、まだお話ししていませんでしたがM家の奥様はまだうら若い方で、いまで言えば女学生さんくらいの年頃でしたでしょうか。ですから奥様といっても、わたくしの母に当たるような年代ではなく、歳の離れた姉といったところでした。よそ目から見ても仲の良い姉妹が遊んでいるようにしか見えなかったでしょう。
ですが、いくら歳が近いとは言え気安く話せる相手ではありませんし、奥様の方にしてもなれなれしい態度は一切取りませんでしたから、着せ替えごっこはわたくしにとっては
いえ、これは
ええ、皆順番を待っていたんですよ。病院の
なにかしら相談事のあるお客がひっきりなしに訪れますので、その方たちが談話室で順番待ちをしているわけです。難しい顔をしてひとりで座り込んでいる紳士や、部屋の
え、M家の当主はよほど
そうですねえ。その頃はなんとも思いませんでしたが。確かにそんな若い娘になにを相談するのかと言われれば、わたくしも改めて不思議な気がしますけれどね。それでも、M家のお客はどこをどう伝ってかはわかりませんが向うから勝手にやって来るのですよ、奥様を目指して。奥様が言うには“縁が結ばれてしまったのだから
あなた、先ほどから小娘小娘と
さておき、わたくしの奉公の手始めは奥様の着せ替え人形というお役目から始まりましが、それから程なくしてわたくしはあることに気がつきました。M家の使用人は誰も直接奥様とかかわろうとはしないのです。奥様は別に
ある日のこと、わたくしは奥様の言いつけで談話室にお客用の
何度目かの小休止でわたくしが立ちすくんでおりますと、
“どこまで運べば良いのか”と問われましたので、わたくしはもう一息のところまで近づいていた談話室の扉を無言で
若紳士の名はSさんと言い、奥様の
今にして思えば、SさんとはM家の使用人にとって唯一まともな主人だったのでしょうねえ。年老いて
こうして、いついつとの約束は無いにしろ先の楽しみが出来ますと、人間とは不思議なもので
わたくしの持ち場は奥様の周辺と、談話室。そこに居るお客の様子にもつぶさに目を光らせるようになりました。よくよく見ると、お客の中には一体なんの用事があって訪れているのか分らない者も混じっているようなのです。談話室には居るものの順番を待っている風もなく、他のお客の様子をひととおり眺めた後はぶらぶらと庭の中などを
そのことを奥様に申し上げますと、めずらしくふと微笑まれ“それはその人の在り様だから
たいていのぬらりひょんは一度来るとなにかしらに満足して二度と訪れることは無いのですが、中には何度も訪れるぬらりひょんもあります。
とりわけKさんというぬらりひょんが困り者でした。談話室に居るのはよしとして、屋敷中をわが物顔で探検してまわり、あまつさえ、わたくし以外の使用人にもチョッカイを出すのです。漏れ聞いたところではKさんは名のある家柄の出で、
Kさんがいつ来るかについては特に決まりはありませんでした。なん日も続けて来ることもあればしばらく見かけない時もあり、そうかと思えばまた不意に現れ、といかにもぬらりひょんらしい
その日やって来るはずのお客はいつもとはまったく
前もって奥様に約束を取りつけている点もふだんとは違いましたし、その上余人と
約束の
すると、そこにはあまり有難くない先客の姿があるのです。忙しさにかまけて見過ごしたのでしょう、しばらくお見限りだったKさんの後ろ姿が読書室の中へ消えていくのが見えました。わたくしは慌てて後を追い、読書室へ飛び込みました。
Kさんは最初、わたくしの
そうこうするうちに階下がにわかに騒がしくなり、その気配がそのまま2階へ上がって来るのがわかりました。気配はいよいよ読書室の前で止まり、扉の取っ手がカチリ、音を立てました。
Kさんはサッとわたくしを抱え上げると、すばやく
扉が開くと
M家の使用人たちが引き上げると、入れ替わりに奥様がやって来ました。
奥様は部屋の様子を見渡すとおもむろに口を開きました。
“相談事がおありなのはどなたでしょう?ご用の無い方はご遠慮ください”
少年がひとつ
奥様も少年も特に挨拶を交わすようなことはせず、そのまま床の上に差し向かいに腰を降ろしました。
いつもそうするのか、それともこの時だけそうしたのかは、この当時のわたくしは知りませんでした。奥様がお客の相手をしている間は、わたくしもそれ以外の使用人も、客間に入ることを禁じられていたからです。
腰を落ち着けると少年はすぐに用件を切り出しました。
“夢解きをお願いしたい”
先日しかじかの夢を見た、とその内容を少年は奥様に語り聞かせました。
“それは滅多な者が見られる夢ではありませんね”奥様
少年が立ち去るやいなや、Kさんはぬけぬけと奥様の前に進み出て行きました。奥様は動じる
“いまの夢を買いたい”
Kさんの
それでもなんのかんのといってKさんは引き下がりません。“たまさかこの場に行き会ったのも運命なのかもしれませんね”奥様はとうとう承知しました。
―それでは先ほどの方と同じようにこの部屋に入り、語られた夢をひと言も違えずにお話しください―
Kさんは放り出すようにしてわたくしを床に降ろすと、奥様の言いつけに従いました。奥様も先ほどの少年に語ったとおりをそっくりくり返しました。
Kさんは立ち去り、そして二度とM家を訪れることはありませんでした。
その後Kさんがどうなったのかは、あなたもご存じのはずですよ。そう、そうです。めずらしい名前ですから、いつ気付かれるかと内心ヒヤヒヤしていましたけど。Kさんは大臣まで成り上がったのです。
縁起の良い夢さえ買えれば出世も
Kさんがお役目に就いた時はM家でもちょっとしたお祭り騒ぎになりました。人とは虫の良いもので、あれだけ嫌っていたはずなのに見知った人が世に出たと知るや、自慢の種にすり替わるのです。あの人はよくウチに出入りしていたとか、心安く口を利いたことがあるだとか。
そんな具合に家中が沸き立っていましたので、ふだんしてはいけないように思われることも許されるような気がして、わたくしもあなたと同じように奥様に訊ねたのです。
すると、“神や仏でもあるまいし”人の運命を都合よく変えることなど出来ないと仰るのです。つまり、あれはまるっきり嘘だった。そのように奥様は仰いました。
奥様は読書室でKさんに抱えられながらべそを掻いているわたくしを見た時に、害成す者であればこのまま捨て置くわけにはいくまい、ひとつ妖怪退治をしてやろう、そう思ったそうですよ。
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