4)いざ、文化祭

いざ、文化祭(1)

 月曜日、伊万里はきよ屋のプリンの箱を持って学校に行った。可愛い文字で「封印」と書かれた紙を貼った菓子箱を持って現れた転校生に誰もがぎょっとした。

 しかも、休憩時間になると、その箱を持って廊下の隅で何かしている。

(なんだ? 今日は、いったい何を──??)

(不思議さん?? あんなに美人なのに、残念な不思議さんなの?!)

 剣道部で主将を打ちのめし、嫌がらせの落書きにも動じない。挙げ句、文化祭の実行委員になってクラスメイト全員に呪いをかけて、今日は胡散臭い箱を抱えて校内を回っている。

 しかも今朝、自分の机に何も落書きがされていないのを見て、

「なんだ、一日だけですか(穢玉けだまが取り放題だったのに…)」

 と舌打ちしたのをみんなは見逃さなかった。

 こわごわと遠巻きに伊万里の行動をうかがうクラスメイトの様子を見て、千尋が心配そうに耳打ちする。

「イマ、張り切るのはいいんだけど、また変な噂が流れるよ?」

 伊万里が元気よく答える。

「いいんです。私は私ですから。もう、角を丸出しにするくらいの気持ちで頑張ります!」

「どんな気持ちよ……」

「あっ、でもっ」

 言いながら伊万里はもじもじと頭を押さえながらはにかんだ。

「実際に角は出せません。だって私の大事な部分なので……」

「そ、そうね。そこ大事よね、うん」

 千尋が引き気味に頷く。そんな伊万里の様子を圭と壬は離れたところで見ていたが、ふいに圭が壬に言った。

「ふーん、姫ちゃん上機嫌だね。なんかあった?」

「知らね。あいつはいつでも一生懸命じゃん」

 圭に適当に答えながら、元気そうな伊万里の姿に壬はほっとした。

 圭と壬のズボンには、総次郎の言いつけどおり紅い下緒さげおが結ばれていた。二人は目立たないよう残りの部分をポケットに入れていた。

 朝、それを見た伊万里はあからさまに不快な顔をした。しかし、総次郎に言われたことを告げたらしぶしぶ引き下がった。当の総次郎は、相変わらず朝は起きてこなかった。

 学校で何かあるとは思えなかったが、しかし下緒を結ぶことで、壬たちの気持ちは自然と引き締まった。

 

 今日は何事もなく一日が終わり、放課後、壬は伊万里に誘われて一緒に剣道場を訪ねた。圭はいつもの通り千尋の部活が終わるのを図書館で待っている。

 剣道場では、伊万里の姿を見つけると五里がかけ寄ってきた。

「姫、金曜日はずっと待っていたぞ。来なかったじゃないか。」

 伊万里が「ああ、」と手を合わせた。

「忘れていました。いろいろあって」

「おい伊万里、そんな約束してたのかよ」

 壬が言うと、伊万里は「面倒だったので」と悪びれる様子もなく答えた。

 五里が嬉しそうに伊万里に言った。

「じゃあ、そのお詫びに今日は来てくれたんだな?」

「いいえ、全く違います」

 冷ややかに返しながら伊万里はぐるりと剣道場を見回した。

「壬、ここ広くていいと思いませんか?」

「いいって、何が?」

「ですからお化け屋敷の会場です」

「まさか、教室じゃなくてここを会場にするつもりか?」

「そうです。何かと便利だと思いまして」

 そして彼女は、五里に向き直った。

「五里主将」

「おお、なんだ?」

「明日より文化祭の日まで、この剣道場をお借りします」

「は?」

「文化祭の会場にちょうど良いので」

「俺たちの練習は?」

「外でしたらどうでしょう?」

「外でなんか──」

「五里主将、」

 伊万里がすっと五里にすり寄る。そして彼女は彼の耳元で何かささやいた。思わず壬は伊万里の腕を引っ張った。

「おいっ、伊万里。その色じかけ、やめろよ」

 伊万里が不満そうに口を尖らせる。

「色じかけというほど何もかけておりません」

「おまえはそうかもしれないけどな──」

「分かった! 姫、今度こそ約束だぞ!!」

 五里が鼻息も荒く言った。伊万里がにっこり笑う。

「もちろん」

「ちょっと待て。なんの約束だ」

「伏宮壬! おまえには関係ない。これは、姫と俺との約束だ」

 その時、木戸が壬たちに話しかけてきた。

「伏宮先輩、先日はありがとうございました」

「あ? おう、怪我は大丈夫か?」

 まだ伊万里や五里と話の途中だったが、木戸を無視するわけにもいかず壬は返事をした。木戸がにこりと笑う。

「はい、もう全然」

 そして彼は、伊万里を見た。

「月野先輩、申し訳ないですが、一週間前ではだめですか?」

「え?」

「さすがに外で練習というのはあんまりなので。文化祭の直前は部活動も停止になりますし、一週間前ならこちらも問題ありません」

「あ……」

 伊万里が、申し訳なさそうに肩をすくめた。さすがにやり過ぎたと感じたようだった。壬が伊万里に変わって木戸に答えた。

「ああ、それでいい。ごめんな、突然無茶なことを言って」

「いいえ。五里主将、それでどうでしょう?」

「おう、姫がそれでいいなら、なんでもいい」

 五里はうんうんと適当に頷きながら、他の部員に号令をかけた。

「よし、始めるぞ!」

 部員たちが「ウィースッ」と返事をし剣道場中央に集まり始めた。

「では、伏宮先輩、月野先輩、僕もこれで」

「木戸さん、」

 伊万里が呼び止める。

「私のわがままを聞いてもらってありがとうございます。あと、皆さんの事情も考えず、大変失礼なことを言いました」

 木戸は笑って頭を下げると、さっと踵を返して行ってしまった。

「あの方は、とてもしっかりした方ですね」

 木戸の後ろ姿を見ながら伊万里が呟いた。

「芯があるというか──」

「ああ、分かる」

 壬も頷いた。彼の目は、いつだって動じない落ち着きを持っている。

 それに比べて自分はどうだ。グラグラだ。

 壬はふいに総次郎が伊万里を抱きしめていた光景を思い出した。昨日、上書きしたはずなのに、全然上書きされていない。

 もっと強くなれば、こんなことで悩まなくなるのだろうか。

 折しも伊万里の口から総次郎の名前が出た。

「では、家に帰ってから次郎さまに相談しましょう」

「相談って……。別に、あとは俺らで決めたらいいんじゃん」

「でも、悩むところがいろいろあって。私、文化祭は初めてですから」

 そのために俺がいるんじゃねえの? と言いたくなったが、総次郎と張り合っている感じがして、壬はぐっと我慢した。

「じゃあ、せめて大まかな計画だけでも学校で立てて行こうぜ。で、どうしても相談したいことがあるならジロ兄に聞けばいい」

「……そう、ですね」

 伊万里がふむふむと頷いた。壬は、もう少し伊万里と二人きりでいられることに内心ほっとした。 

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