彼と彼女の境界線(3)
週末になって、伊万里は久しぶりに千尋の家にお泊りすることになった。明日の土曜日には、圭と壬が結界術の練習にやって来る。
夕飯をごちそうになり、お風呂もいただき、千尋の部屋でルームウエアに着替え終わると、楽しい女子会の始まりだ。
千尋の部屋は、青を基調にした女の子らしい部屋。可愛い小物や、雑貨があちこちに飾られ、フォトフレームには小さい頃の千尋と圭、そして壬の写真が入っている。
伊万里は彼女の部屋が大好きだった。来るたびにわくわくした。
「イマ、私こんなことできるようになったよ」
長い黒髪をヘアバンドでとめた千尋が伊万里に言った。そして彼女は、机からガラス瓶を持ってくるとそれをテーブルの上に置いた。瓶の中には透明の澄んだ小さな石がいっぱい入っていた。
「水のたまり石?」
「うん。圭ちゃんからのプレゼント」
千尋は中から一つ石を取り出すと、「見ててね」とそれを手の平に乗せた。
千尋がじっと石を見つめる。すると、石がふわっと光り始め、やがてそれは澄んだ水の玉にぷるんっと変わった。
「まあ、」
伊万里が驚きの声を上げた。そして指でちょんっと突っつきながらキラキラと光る水の玉に目を輝かせた。
「
千尋が嬉しそうにはにかんだ。
「先週ね、みんなが帰った後にお兄ちゃんが教えてくれたの。
「千尋、まだ作れますか?」
「もちろん」
千尋がさらに石をいくつか取り出した。手の平に乗せてしばらくすると、ぷるぷるんっと水の玉に変わった。千尋はそれを伊万里の手の平に乗せた。
伊万里が軽く手を持ち上げる。すると水の玉がふわりと浮かび、くるくると宙を回り始めた。
「
「ありがと。あとは、イマのように自由に扱えるようになると完璧なんだけど」
「ここまで出来れば簡単です。明日、私と一緒に練習しましょう」
「圭ちゃんと壬ちゃんたちはどう?」
「壬はともかく圭は完璧です。こんなに吸収が早いものかと正直驚いています。確かに、ずいぶん練習はしていますけど」
「頑張り屋だから、無理しなければいいんだけど」
「きっと、モモさんのことが気になっているのでしょう」
「気になってるのかな。モモちゃんのこと」
千尋がぽつりと呟く。その少し含みのある言い方に伊万里が首を傾げた。
「何か?」
「や、モモちゃん……、圭ちゃん狙いかなあって」
「モモさんが?」
伊万里が吹き出した。そして彼女はきっぱり答えた。
「モモさんは、木戸さんです」
「そうなの?」
「はい。木戸さん以外にいません。文化祭のとき、お化け屋敷にお誘いしたのですが、その時にそう感じました。千尋の御守りを大切に持ち歩いているのも、きっとそのせいです」
「そっか……」
文化祭のとき、あとから目を覚ましたモモは、「御守りがない」とひどく落胆していた。見かねた千尋は残っていた御守りを祓ってあげた。あげたのは、彼女の名前と同じ桃色の御守りだ。
あの時は木戸がモモを誘ったのかと勝手に思い込んでいた。
すると伊万里が「ふふふ」と笑った。
「モモさんのことで、モヤモヤしていたんですか?」
「ん。まあ、そうなんだけど、それだけじゃないっていうか──」
「まだ何か?」
伊万里が尋ねると、千尋は少し口ごもった。そして、ひと呼吸おいてから千尋は伊万里に言った。
「ねえ、イマ。イマは壬ちゃんとどこまでいった?」
「え?? どっ、どこまでって──」
「言っとくけど、場所じゃないからね」
変化球なし、ド直球な突然の質問に伊万里がたじろいだ。
「そう言われましても、私たちの関係自体に何もありませんからっ」
「だって、壬ちゃんは二代目を引き継ぐんでしょ。だったら、もうイマに何をしても許されるじゃない」
「何をしてもって──、何を?!」
どんな拡大解釈だと、伊万里は焦った。
「そそそ、そんなことっ! 千尋が考えているようなことは一切ありません!!」
「ふーん……」
千尋が不満かつ懐疑的な表情で伊万里を見た。
伊万里はピンときた。自分と壬の関係をどうこう聞きたいわけではないと。伊万里は千尋に聞き返した。
「千尋はどうなんですか?」
「え?」
「いきなりこんな質問をするなんて、絶対におかしい。そもそも最近、お二人は少し変です」
伊万里は言った。
ぱっと見、まったく普通なので最初は伊万里も気づかなかった。当然、派手な喧嘩をした様子もない。なのに、最近の二人は妙にぎくしゃくしている。
「千尋、何かあったんですか?」
すると、途端に千尋がぎゅっと眉根を寄せた。
「何もない」
「え?」
「なんにもないの」
一気に落ち込む千尋を見て伊万里は慌てて慰めた。
「や、そんなに落ち込まなくても。圭は慎重派ですし、真面目ですから、順序というものを考えているのかと。ね?」
「キスしたのに……」
「ああ、なんだ。そう──って、えええーっ?!」
突然の千尋の告白に伊万里がすっとんきょうな声を上げた。
「何もないって、めちゃくちゃあるじゃないですかっ!」
すると千尋が、「違う!」と伊万里を睨んだ。
「そのあと、何もないの! 手をつなぐことも、抱きしめられることも、二回目のキスも──!!」
そして千尋は真剣な顔で伊万里に詰め寄った。
「私、圭ちゃんに嫌われたかも」
「いや……。圭が千尋を嫌う要因が全く見当たりません」
「もしかしたら、キスしたときに唇がガサガサだったとか。きっと幻滅されたのよ」
「……それは、違うと思います。千尋の唇はいつも潤っていると思いますし」
「私とキスしたこともないくせに、何が分かるの?!」
「え、だって、なんで??」
会話がもうめちゃくちゃだ。
伊万里は大きく深呼吸して、まずは自分の気持ちを落ち着かせた。そして、千尋に言い聞かせた。
「あの、千尋。そもそも、そのような相談はキスさえしたこともない私には無理というもの。しかるべき方に相談するのがよろしいかと思われます」
「だって、こんなことを話せるのイマしかいないじゃない」
伊万里がうっと言葉に詰まる。こんな頼りない自分をめちゃくちゃ頼っている。
これは、なんとしてでも答えてあげないといけない──!
伊万里は必死に考えた。
考えて、考えて、彼女はハッと思いついた。
「そうだ。おねだりをしてみてはいかがでしょう?」
「おねだり?」
「はい。圭の前で目をつぶってみせるのです」
伊万里が大きく頷く。
「よもや、そのようなことを千尋にされて拒絶するとは思えません」
千尋が戸惑い気味に
「あの、こんな提案ではダメですか……ね?」
「……ううん」
千尋が小さく頭を振った。
「分かった。今度やってみる」
そして彼女は意を決したように大きな瞳で伊万里をまっすぐ見返した。
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