西方辺境戦記 騎士達の外伝 ~ Miscellaneas of the Episode ~
金時草
第1話西方辺境戦記 外伝 仕置き屋ガーランド
――これはEpisode4 直後に有ったお話です――
ウェスタ侯爵ガーランドは孫のアルヴァンの「乱行」に対する「謹慎処分」が解かれ、これから王都リムルベートに帰るという機会を利用し久しぶりにローデウス王の病気見舞いすることを思い立った。そして孫と共に馬車に揺られ四日かけて王都リムルベートに到着したウェスタ侯爵は道中、終始ご機嫌の様子であった ――外見上は……
若い頃から「腸が煮えくり返る」ほど怒りを感じている時に限って、周囲を欺く陽気さや笑顔を演出できるところが、この侯爵の恐ろしさである。
「普通は怒るタイミングで奴が笑っていたら覚悟したほうが良い、可能なら逃げるべき」
と言うのはウェスタ侯爵ガーランドの若い頃を知る者達の暗黙の了解である。そんなことを知らない供回りの騎士や使用人は主人が機嫌良くしているので安心していたのだが、同行したアルヴァンは流石に、機嫌良くしている祖父がその心の内に何事か溜め込んでいることを察知していた。
王都リムルベートのウェスタ侯爵邸宅に滞在を始めて二日目にはローデウス王への「お見舞い」が許され、少ない供回りを連れたウェスタ侯爵は馬車で王城へ向かう。特別に第一城郭の城門前まで馬車で乗り付けることを許されたウェスタ侯爵は、その通り第一城郭前まで馬車で乗り付けると、案内の近衛騎士に導かれて城内へ入って行った。
第一城郭の中心に位置する国王が政務を行う宮殿を回り込み、裏の居館へ案内されたウェスタ侯爵は、その居館の二階にある国王の寝室でローデウス王と面談を果たした。室内には異例なことに、この二人しか居ない。護衛も側仕えの者も全て前室に下がらせている。
「久しいな、ガーラ」
「陛下も、思ったよりもお元気そうでなによりです」
国王に対して少し無礼な物言いであるが、この二人は幼いころからの親友な上にウェスタ侯爵ガーランドの方が三歳年上だ。昔から多少の無礼はローデウス王も咎めない。むしろ、慇懃にされる方が
(余程に怖い)
とさえ思っているのだ。だが、
(五年も床から離れられない人間を捕まえて「お元気そう」はないだろう)
とローデウス王の表情に苦笑いが出るのは仕方ない。
「領地の方では、ゴタゴタがあったと聞いている。被害に遭った領民には心からお見舞いを……」
「何を申されますか、全てこのガーランドが至らないが故、陛下に於かれては心安らかにまずはご自分の病気を治されますよう」
「しかし、まさか『お見舞い』だけに来たのではないだろう?」
「ハハハ、本当にお見舞いにきたのですよ。帰りに『ついでに』ウーブル侯爵に
(ほら来た……つまり、儂に「それは良い案だな」などと言わせたいのだろ)
ガーランドの言葉 ――「復興支援」―― は字面通りの意味では無い。ローデウス王もガーディス王子も今回の出来事は注目している。なにせ国境を素通りして千五百の規模のオークの傭兵集団が突然国内に現れたのだ。その経緯を調べることに余念は無かった。
そして調べた限りにおいては、ウーブル侯爵領内の東北の監視塔が昨年十月前後の一時期、機能不全に陥っていたことが分かった。理由は、その周辺でウーブル侯爵の第二公子リックリンが大規模な「狩り」を行い、それに監視塔の兵士も全てかり出されていたためだった。偶然か? 故意か? それは分からないが、確実なのはそのお蔭でウェスタ侯爵領が被害を受けた、と言うことだ。
(復興支援と称して金を取るか、はたまた何か別の思惑が有るか……)
ということは察しがついた。しかしその程度でこの老侯爵の気が済むならそれで良いと思う。自分が弱っている時にウェスタ侯爵とウーブル侯爵が内戦でも始めたら、世代交代の完了していないリムルベート王国は傾いてしまう。そんな事にはならないと思うが、人一倍領民思いのガーランドだ、本当に腹に据え兼ねたら「報復」という選択肢を選ぶことも辞さないだろう。
「……わかった。近隣の領主同士、助け合いは大いに結構だな。……やり過ぎるなよ……」
最後の方はボソッと呟くように言うローデウスであった。
その後、しばらくの雑談と侯爵位の移譲についての話し合い ――侯爵位の移譲はまたも断られてしまったが―― の末、二時間ほどの面談を終えウェスタ侯爵ガーランドはローデウス王の寝室を辞した。
王城から戻ったガーランドは、早速息子のブラハリーを呼ぶとウーブル侯爵バーナンドと「一席」設けるように指示する。場所は何処でも良いが、ブラハリーとバーナンドの仲ならば、ウェスタ侯爵邸宅へ来るかもしれない。
(我が甥ながら、不用心な男だ)
と思うが、それだけの信頼関係を築くブラハリーは余程上手く付き合っているのだろう。今回はその信頼関係を少し傷付けてしまうかもしれないが、
(ブラハリーとて、不本意な結果にはならぬだろうよ)
と決意を新たにする。
ウェスタ侯爵ガーランドは、今回の一件を丁寧に調べ上げていた。主にアント商会の密偵からの情報だが、独自の情報を得るため冒険者を雇ったりもした。その結果浮かび上がってきたのは、「ウーブルの鬼婆」ことシャローラ・ウーブル夫人 ――現ウーブル侯爵バーナンドの母―― とその孫でバーナンドと第二夫人の間の子ルックリン第二公子の不審な動きであった。
まず、事の発端は昨年の春頃、ウーブル城内でちょっとした不思議な騒ぎがあった。領地の内政で、侯爵である息子を凌ぐ権勢を誇るシャローラの元には、陳情や口利きを望む来客が多く訪れる。それらの来客は正確に記録として残されているのだが、或る時、侍従長が来客名簿を調べてみるとその中に妙な記述を発見したのだ。
それは、「城内へ入った記録は有るのだが出た記録が無い」という不可解なものだった。その記録に書かれている、取り次いだ侍従、案内した衛兵、さらに当日シャローラの側に居た女官達、それらの者全てを調べたが皆口を揃えて記憶に無いというのだ。
困った侍従長は、直接シャローラに確認してみる。これで彼女が「記憶に無い」と言えば書き損じとして、抹消するつもりだった。しかし、シャローラは
「おお、あの黒衣の御仁のことか。良い話を聞けた」
と言うのであった。不可解な話に頭を抱えた侍従長は結局その記録を抜き取り、しばらく「預かり置き」にしたということだった。
そして、丁度その黒衣の来客者の訪問日以降少しシャローラの様子が可笑しくなったという。「何をどうこう」と言い表しにくいが、とにかくこれまで散々悪し様に言っていた「ウェスタ侯爵ガーランド」への罵詈雑言がピタリと止んだのだという。そして領土の北側、テバ河の支流と森の境目にある「監視塔」を全て撤去するように言い出したのだ。
かなり執拗に言い募ったらしいが、如何に権勢を誇ろうとも当主でないシャローラにその権限は無い。そこで日頃可愛がっている孫のリックリンを使い、頻繁にその周辺で演習だの狩りだのを行い、監視塔に詰める兵士に本来の業務をさせる暇を与えないようにしたのだ。
その結果、その薄くなった北側の監視の目をすり抜け、千五百匹ものオークの傭兵団が十月末に突如として小滝村を襲ったのであった。これだけならば「偶然か?」とも思うが、ガーランドは既に捕えたオークの族長オロから「黒衣の魔術師」が持ちかけてきた仕事の内容についての話を聞いていた。更に族長オロは
「捕えられたから命乞いで言う訳では無いが、今となっては何故自分があの村に固執したのか全く分からない。あの黒衣の魔術師に魔術を掛けられたに違いない」
そう証言していた。
また、シャローラ近辺の話には、昨年の初夏から晩秋に掛けてシャローナ自身の持ち物である離宮をある人物に貸していた、とういう話があった。貸し与えた相手が誰かも伝えないままに兵士達に周囲を警護させていたと言う。当初、この情報は直接関係無いと思われていたが、その後に事情が変わった。
「黒衣の魔術師」の話を聞いたガーランドは知る限りで一番魔術に詳しい樫の木村のメオン老師に手紙を書くと、雪深い開拓村へ使者を走らせた。間もなく戻って来た返事には
――ウーブル城での出来事、さらにオークの族長の話を勘案するに「忘我」「扇動」又は「洗脳」の術が使われた可能性が高いと指摘いたします。「忘我」はともかく「扇動」や「洗脳」は今の時代には伝わっていない失われた術でありますが、もしその効果を発揮する魔術具が存在すれば実現可能と言えます。大昔ですが、中原地方でそのような魔術具を使う魔術師の噂は聞いたことが有りますので、実在する可能性は充分あるでしょう。
ところで蛇足かもしれませんが、昨年の小滝村奪還作戦の前日に樫の木村がオーガー三匹に襲われました。襲撃は辛くも撃退しましたが、襲撃してきたオーガーは所謂「飼い慣らされた」ものであり、調べたところ裏の森の中で「召喚陣」を発見しました。何者かが奪還作戦を阻害するために仕組んだことかもしれません。侯爵様の手紙にある魔術師ならばそのような事が出来るかもしれません――
という長い本文の他に、経緯を説明する添え文が付けられていた。そこには、最近村に立ち寄った外部の人間がリストとして書き出されていたのだ。そして最も不審だと注記されているのが、「行商人ポーマ」だった。
その「行商人ポーマ」の特徴を持って再度情報を調べさせると、前述の誰かに貸し出された離宮で「行商人ポーマ」の物らしい荷馬車が目撃されていたことが分かった。
(うむ……こう繋がるか)
と、他人事のように納得したガーランドであった。つまり、「黒衣の魔術師」が主導して扇動や洗脳の魔術を掛けて回り、「行商人ポーマ」が小滝村周辺の地形を調査した上で北端の樫の木村に罠を仕掛けた。ウェスタ侯爵が兵を動かそうとすれば、樫の木村でオーガーを解き放つ罠が発動し侯爵の兵は奪還作戦どころではなくなる。そうして、春先までオークの傭兵団に占領させた小滝村を春先に「南から来る軍隊」つまりウーブル軍に奪還させる計画と言える。
「奪還した後は、『ウェスタ侯爵は領地を管理する能力が無い』などと言い掛かりをつけて、自分の領地にしてしまうつもりだったか……鬼婆らしい考えじゃな」
ということである。一年前のアルヴァン廃嫡・誘拐事件や今回の小滝村オーク戦争などで散々謀略を尽くしてきた「ウーブルの鬼婆」をそろそろ放置しておくわけにも行かなった。これまでは、自分の腹違いの兄の嫁という思いもあり片目を瞑ってきたが、今回の仕儀は領民に被害者が多数出たのだ。明らかにやり過ぎである。
(そろそろ、「お仕置き」が必要じゃな!)
今回ローデウス国王の見舞いにかこつけて王都リムルベートに出張ってきた真の狙いは、正にこのことである。
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ブラハリーの誘いに応じて、ウーブル侯爵バーナンドはその翌日にウェスタ侯爵邸宅にやってきた。いつものように来客と個人的に晩餐を楽しむ為の部屋に通されたバーナンドは、そこで思いも掛けない人物の待ち伏せを受けた。
「なんと! ガーランド様……これは一体?」
バーナンドは後ろに立つブラハリーに問いかけるが、その答えはガーランドが発する。
「ローデウス国王のお見舞いにやって来たのじゃ。折角だから『甥っ子』の顔でも見ようと思いブラハリーに誘わせたのじゃ。いや久しいのう、元気かえ?」
「あ……はぁ、お蔭様で……」
「そんな所に突っ立っておらんと、こっちへ来んか」
バーナンドは一瞬だけ恨めし気な視線をブラハリーに向けるが、ブラハリーは明後日の方を見て頬を掻く仕草をしている。
「この度は、小滝村で襲撃に合われた御領民に心からお見舞いを申し上げます」
バーナンドは席に着くなりそう言う。その領地と勢力には見合わない弱気さは普段通り、いや一層気弱そうに見える。
「そうなのじゃ、それで近所付き合いのよしみとして復興の手助けに『金貨二万枚』ほど借款できぬかのう?」
「に、二万ですか……それはいかにも……」
「それと、そなたの領地にある監視塔の一つとその周辺二十キロの土地を五十年ほど租借したいのだが」
「な、なんですと! 正気ですか?」
流石に、これには語気を強めるバーナンドである。何故なら、いまウェスタ侯爵が言った内容は殆ど戦争賠償に近い要求であるからだ。しかし、バーナンドの声に平然としているガーランドは、
「正気も正気……次にいつ何時、突然オーク兵が現れるか分からんのでな!」
と語尾を強めて一喝するとバーナンドを睨みつける。「蛇に睨まれた蛙」とでも言うのだろうか、その視線を受けてたじろぐバーナンドである。何故このような事を言われるのか理解できていないようだ。その様子を見てとるとガーランドは目の力を弱めて諭すようにこれまでの経緯を語る。
語られる内容に、肩を落として背を丸くするバーナンドである。明らかに気落ちしているのは、自分が領地を掌握できていないことに「身に覚え」があるからだろう。
「よいか、バーナンド。お主の母シャローラを引退させよ。いつまでも権力の中に居るから心休まらず良からぬ事を企むのだ。決して蟄居などではない、静かな所に移すのはお前の親孝行なのだと言い聞かせてやればいい。その上で、第二公子のリックリンを王都で手元に置き、変わりに第一公子を領地に送り実権を自分の物にするのじゃ」
優し気に語るガーランドの言葉に、泣きそうな顔で項垂れるバーナンドであった。
「そのようにすれば、いずれ領地は治まる。儂も何も金貨二万枚や租借がどう、などとは言わん。金貨五千程と長期で貸してくれればそれで良い……」
まるで息子を諭すように言うガーランドであるが、横でこれを聞いていたブラハリーは
(父上……やはり金は取るのだな……)
と感心したとか、呆れたとか。
その後、ウーブル侯爵バーナンドは言われた通りの処置を行い手元に第二公子リックリンを呼び寄せつつ、領地の実権掌握に努めるのだった。
西方辺境戦記 外伝 仕置き屋ガーランド(完)
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