だって優等生なので

「何が不満なんだよお前」

 俺がそう言うと、彼女はようやく顔を上げた。ふたつに束ねた黒髪が机を掃く。

 彼女は俺の恋人で、それから、教え子だ。こうして二人で学習室にいるところを見られるのは、多分、あまり、よくない。

 焦る俺と反対に、彼女はますますふてぶてしく、机の上に突っ伏した。

「いい加減にしろよお前」

「だって本当に、べつに不満とかじゃないんだもん」

「せめて理由を言えって」

 こうして小一時間もふたりで向かい合う羽目になっているのは、彼女が補修ありの小テストを白紙で提出したからだった。元々頭が良い彼女は――何を隠そう学年トップだ――補修のプリントをものの数分で片づけ、それからぐだぐだとここで拗ねている。

「先生には分かんないよ」

 何を訊いてもこの一点張りである。

「だーから、分かんなくても教えろっつってんの」

「横暴」

「横暴でもなんでもいいよもー。部活行かなきゃなんないんだよ俺」

 目の前の髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜると、彼女は結び直しじゃんと跳ね起きて俺の手のひらを殴った。顔が、微かに赤い。

 一瞬だけ嬉しそうだった顔が、どんどん歪んで、やがて不本意で仕方ないと言う顔になる。

「くだらないよ」

 躊躇なくほどかれた髪が、ほほに、肩にぱさぱさとかかる。長い前髪が、彼女の両目を覆った。

「恥ずかしいから言いたくない。もうしないし別に何だって良いでしょ」

「いや良くねえよ。もうやったことに対して言ってんだよ俺は」

「しっつこいなあもう!」

 言えって言ったんだから笑わないでよ!髪をぐいっと後ろでひとつに束ねて、俺をにらみつける。

「私だって先生に叱られてみたかったの!」

「は」

 彼女のほほが、耳が、燃えるように赤い。

「笑わないでって言ってんでしょ」

「いやだって」

 緩む口元を押さえながら、俺の方が恥ずかしいわと、呻く。どうやらもうしばらくの間は、部活になんか行けそうになかった。

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