第14話 始まり
「君はさっき、線量計が故障していたと言ったね」
「はい」
「多分、それは故障じゃなかったんじゃないかな」
「えっ」
「本当に放射能自体が消えてるんじゃないかな」
「そんな・・」
「もちろん根拠はない。だが、僕はなんだかそんな気がするんだ」
「もし、原発もこの街のように植物に覆われ、破壊されていたとしたら、君の言う通り、ただでは済まないはず。今頃大量の放射性物質が漏れているはずだ。であるならば僕たちは無事でいられるわけがない。日本には世界が何度も滅びるほどの大量の使用済み核燃料が、危険な放射性物質が貯蔵されていた」
「確かに・・、そうですが・・」
「何かが起きている。奇跡的な何かが」
「奇跡・・」
「うん、奇跡的な、いや、これはもう奇跡そのものだと思う。僕はなんだかそう思うんだ。君と話していて更に確信としてそう思うんだよ」
「そんな事ってあるんですか」
「実際に信じられないことは今、目の前ですでに起こっているじゃないか。もう、何が起こっていても不思議じゃない」
「・・・」
確かにそうだった。それは起こり過ぎるほど起こっていた。
「君は時間が消えてしまったみたいだとも言っていたね」
「はい」
「もしかしたらその通りなのかもしれない」
「えっ?」
「本当に時間が消えたのかもしれない」
「時間が消えた・・」
「時間が無くなったってことさ」
「時間が・・」
「カレンダーも時計ももうどこにもない。僕たちはどれだけ寝ていて、僕たちの知っている時代から何年経ったのかさえ分からない」
「・・・」
「もともと時間なんてただの観念だったのかもしれない。失ってみてそう感じるんだ。そんなものは実態の無い幻想だった」
「今までどれだけその自ら生み出した妄想みたいな観念に縛られていたか分かるよ。ほんとにバカみたいな人生だった。朝決まった時間に起きて、決まった時間に出社して、決まった時間に食事して、寝る。本当にバカみたいだった」
「今じゃいつ寝てもいつ起きても自由だ。経歴や予定も無い、これが本当だったんだ。僕たちは自由だった」
「今、僕たちは自由なんだよ。本当に自由なんだよ。僕たちは本当に生きることがで出来る。本当の人生を生きることが出来るんだ」
斎藤さんは力を込めて言った。
「自由・・」
確かに何か、奥底で感じていた根本的な束縛から、解放されている感覚を僕も感じていた。
「僕はどうしても引っ掛かることがあるんです」
「なんだい?」
「どうして、僕たちだけが助かったのでしょう」
「・・・」
「家族の誰かでもなく、友人や知人でも、見知らぬ誰かでもなく、どうして僕だったんでしょう。それが、僕は・・」
「う~ん」
斎藤さんはしばらく首を傾げていた。
「・・分からない。それは僕にも分からない。ただ、それにも何か意味があるのかもしれないね。でもそれは、生きてみなければ分からないと思うんだ。この新しく生かされた人生を。この新しく生かされた人生を生きた先に、その先に、何か答えがあるのかもしれない」
「・・・生きる」
僕は自分の手の平を見つめた。
「生きる・・」
「これは始まりなんだ」
「始まり・・」
「終わりじゃない。人類の終わりじゃない。新しい生命の始まりなんだ」
「新しい生命の始まり・・」
僕は顔を上げた。太陽が大地を照らしてくれていた。空は青く、風は穏やかにそよいでいた。
そこには生きていく全てがあった。
「・・・」
光り輝く世界の前で、これまでの僕が静かに霞んでいった。
「まだ仲間がいると思うんだ」
斎藤さんは立ち上がった。
「その人たちを探しに行こう」
「はい」
僕も立ち上がった。
僕たちは太陽の光り輝く、瑞々しい生命の覆う世界へと入って行った。
新しい始まりの世界へ。
(終わり)
世界の始まりの終わり ロッドユール @rod0yuuru
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