第12話 仮説

「君は傷にカビのようなものがついていたと言っていたね」

「はい、何かキラキラと輝くカビみたいなものが、こう厚く張り付いていて・・」

「僕も見たんだ。目覚めたベッドの脇で、何かキラキラ光る・・」

「そうです。何かキラキラと・・、そして動いていって・・」

「そう、動いていた」

「一体・・、僕たちは・・」

 そこで斎藤さんは再び黙った。また何かを真剣に考えている風だった。

「僕たちはそのカビに寄生されているんじゃないだろうか」

 唐突に斎藤さんが言った。

「寄生!ですか・・」

「うん、これはあくまで僕の仮説なんだが、僕たちは何らかの理由でカビに寄生され、それによって、その力によって助かったのではないだろうか」

「寄生・・」

「厳密に言えばあれをカビと呼んでいいのかさえ分からないし・・、もしかしたら、新しい何か新種の植物なのかもしれない。苔のような、粘菌のような・・、植物という概念の枠を超えた何かかもしれないし、それは分からないが、とにかく、何かそういったものが、寄生し、共生し、僕たちを生かしてくれているんじゃないか」

「そんなこと・・」

「寄生した虫や微生物はその宿主を守るために、様々な物質を出すという。その中にはガンさえも抑制する物質もあるという」

「・・・」

「そもそも、僕たち人間の体には数兆を超える微生物が共生している。それが無かったらそもそも人間は生きられない」

「でも、なぜこんなことに・・」

「それは分からない。多分、それは完全な偶然なんだろうと思う。僕たちの気付かないうちに植物たちは、もう、ものすごい進化をしていて・・、ありえない何か、特別な関係性を作ってしまった・・。そして、今、こうして君と僕がこうしている・・、それは完全な偶然の積み重ね・・、そうとしか今は言えない・・」

「・・・」

 僕は暗闇に消えていく、あのキラキラと輝くカビのような生物を思い出していた。

「これは新しい生命なんじゃないだろうか」

「新しい生命?」

「うん、植物と動物が共生した新しい生命」

「共生・・」

「僕たちはもう何も食べる必要はないんだよ。植物みたいに光合成と水だけで生きていける」

「そんな・・」

「もう以前の人間じゃないんだ。姿かたちは同じだがもう根本的に体の仕組みや機能が全く違う。全く別の生き物なんだ」

「そんなことって・・」

「僕は以前、全く食べ物を食べないで生きている人の話を、テレビで見たことがある。研究者たちがいくら厳重に監視し、調べてもやはりその人は何も食べていなかった。どうしてこの人が生きているのか、いられるのか、様々に研究し、調べてみたが全く分からなかった」

「そんな人がいたんですか・・」

「その人は朝、決まってすることがあった」

「それは・・?」

「それは、太陽を見つめることだった」

「太陽を・・」

「そう、僕はそのことの意味が分からなかった。でも今は分かるような気がするんだ」

「そもそも僕たちの細胞にはミトコンドリアがすでに同居している。だからあり得ないことじゃないと思うんだ」

「確かに・・」

 確かに斎藤さんの言うことには、妙な説得力があった。実際にそのことを自分が経験していることだから余計だった。

「・・・」

 僕はしばらく斎藤さんの言ったことを反芻し考えた。

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