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 言っちゃった……という顔を露わにしたまま言い切ってしまったキアノスに、ロスミーは両腕を広げて大袈裟に感動してみせた。

「それでこそ、一人前だ!」

 そして、わざとらしく耳元に顔を寄せて囁く。

「よし、命を預け預かる仲間と見込んで君に秘密の話を教えよう。実は……ファラ・クロウント魔術協会から、ある貴重な品が盗まれてね。わたしは協会本部の用心棒をしていたんだが、駆けつけて唖然としたよ。魔術師たちは、歴史的価値のある魔術用具をしまった倉庫に……なんと、鍵をかけてなかったんだな」

 そして、やや声を大きくして、芝居がかった言い回しで続ける。

「同胞を信じていたのかどうか知らないが、麗しい友愛がアダになったというわけだ。さて! その品を持って逃げているのが件の“黒い殺人魔術師”だとしたら……もう、先を言わなくていいね?」

 キアノスは「それは許せない、魔術師の誇りにかけて必ずや僕が取り返してみせる!」などと奮起……するわけもなく、とはいえ、ロスミーの機嫌を無駄に損ねる気もないわけで、無言で頷くばかりだった。

キアノスの脇ではディナが

「えーっ、鍵かけてなかったんだ! 不用心だねぇ!」

としきりに首を傾げていたが、キアノスは敢えて何も答えなかった。


 日が沈み空が完全に暗くなった頃に町の入り口で待ち合わせよう、と言い残し、ロスミーはマントを華麗に翻して宿の方へと去っていった。

 ため息をひとつ吐き、キアノスは独り言のようにディナに言った。

「……あのなぁ、貴重な魔術用具をわざわざ狙いにくるのは魔術師だろ? 鍵をかけたところで、どうせ“解錠”の呪文で開けられちゃうから……だよ」

「なるほどー! って、そりゃそうか」

「大方、魔術による封がしてあったんだろうけど、ロスミーさんにはわからなかったんだろうね」

 感心したようなディナの声を背中で聞きながら、キアノスもまた宿に引き返した。

 夜の準備をしなければならない。


 空は茜色から深いワインレッド、そして濃紺へと移ろう。

 糸のように細い月が太陽を追うように沈み、町とアーチェン街道の境には冷たい風の音とロスミーの鎧が鳴る金属音、キアノスのローブの柔らかい布が擦れる音しか聞こえない。

 結局、キアノスはディナを置いてくることに成功した。

 学院を出て初めて遭遇する事件らしい事件であり、当然ディナは左右腕まくりで宣言した。

「あたしも行くってば! キアノスだけじゃ頼りないっしょ!」

 キアノスは、着替えたばかりの青いローブに装備を整えながら切り返した。

「基礎科のローブも君の赤ローブも夜は目立つから、今回は留守番で頼む!」

「た、確かに……じゃあ、着替える! これ脱いでさ、誰かに黒っぽい服借りれば……」

「学院から与えられた色以外のローブを着るのは禁じられてるだろ!? それで魔術でも使ってみろ、身分詐称で懲罰対象だぞ!」

「げっ、そういえばそんなこと習ったような……」

「そもそもさっきの名乗りだって嘘っぱちじゃないか、僕が遮らなかったらあれだって……」

「げげっ!!」

 効果はてきめんだった。ディナはおとなしく引き下がり、酒場の片付けを手伝いながら留守番することに同意したのだ。

 キアノスはいかめしい顔を装いつつ、当面のディナの弱点を握って心中でほくそ笑んだのだった。

 思惑通り静かに宿を出たキアノスは、すんなりとロスミーと合流した。


 貴族剣士と駆け出し魔術師は町をぐるりと見回るべく、街道に背を向け、ゆっくりと歩き始めた。

「さすがは田舎町。夜は暗いな!」

 何に感動したのかと不思議に思うほどのロスミーの声が、暗闇に響く。

「あ、明かりをつけますね……ラテイア・ニューティーオ(輝き続ける光よ)」

 小さく囁くと、柔らかい小さな明かりがフワリと浮かんで、たたずむ二人を照らした。

 慣れ親しんだ、魔術を紡ぐ初歩的な動作が気持ちを落ち着けてくれる。

「ふん、便利なもんだ」

 その声にどこか棘があるように思い、キアノスはロスミーの横顔を見た。しかし、それに気づきキアノスを見返した顔は人懐こい笑顔をたたえ、別段引っかかるものはない。

 辺りに警戒の目を配りながら、二人は再び足を進めた。


 軽装とはいえ、ロスミーは革を金具で補強した鎧を身につけ、腰に長剣を吊っている。押さえているとはいえ、歩けば音がしないわけがない。そのカチカチという音がキアノスには予想外に耳障りであり、それを自覚することで、自分が予想以上に集中し緊張していると知った。

(そうか、学院の実戦実習の時だって、周りはみんなローブだったもんな……)

 自分の甘さを反省しながら、キアノスはロスミーから一歩、二歩と距離を置き、しまいには立ち止まった。

 “明かり”の魔術をそっと二つに分け、片方をロスミーの後頭部の上の方に固定する。そして右手の指で手招きするようにもう片方を操り、自らの肩の上方に動かしてくると、静かにロスミーの後を追う。


 ほどなくして、キアノスの張り詰めた神経が微かな物音を捉えた。それは音、というより息づかい、気配であるらしい。

「誰か……いるのか?」

 小声での誰何に、応える者はない。

(声が小さすぎたかな……?)

 だいぶ先を行くロスミーは何も気づかないようで、町の真ん中の広場へとまっすぐ向かっていく。

 キアノスは大声でロスミーを呼ぶことを考えたが、気配の主を刺激することを恐れ、吸った息を飲み込んだ。

 微かな気配は広場とは逆の、キアノスたちが通ってきた道に近いところから滲むように感じる。

 ロスミーを見失う危険性があったが、キアノスは気配を感じる方を見、広場の方を見、再度視線を後方に戻し、そしてそっと広場に背を向けた。気配がゆっくりと離れていくのがわかったからだ。


 音のしないよう少しずつ息を吐きながら、町の隅に向かう細い道を、細心の注意を払って進んでいく。すると、昨晩ディナがゴミに火をつけた炭の跡の横を通り過ぎた。

(この先は宿の裏口……ということは、行き止まりだ……!)

 いざとなれば声を上げて、酒場から人を呼べる。そんな思いつきが、キアノスの背を押した。

 だんだんと距離が狭まっていく。

 あのレンガ塀を越えない限り相手に姿を隠す場所はない、とキアノスは確信した。

 腰を落とし、膝をついて、袖に忍ばせた《触媒》を左手でそっと握り込む。そして、地面を擦るローブの裾をベルトに挟み、立ち上がる勢いでそのまま一息に飛び出した。

「そこにいるのは誰だ!」

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