頭の中に、あの巨大な石造りの門が聳え立つ。

 キアノスはトルックスと呼ばれた男の大きな背中から見え隠れするディナに期待を込めた目をやった。

 しかし、ディナが「門が消えた」時の様子を説明した時のことを思い出し、込めたばかりの期待をすぐに捨てる。

「どうした、兄ちゃん。まだ元気が出ねぇか」

 はっと気づくと、突然自分の思考に入ってしまったキアノスを周りの男たちが心配そうに見ている。

「あ、いえ、ちょっと……しまったなぁと思って……」

「ん、何がだ?」

「そのサバイバルなミッション……僕も一回やっておきたかったなぁと思って、その」

 途端に男たちは噴き出した。

「はぁ? あれお仕置きじゃねえのか?」

「ま、あんたくらいヘンチクリンな奴でないと魔術師なんぞなれんのかもしれんがなぁ」

 自分ではごく当たり前なことを正直に言ったつもりだったキアノスは面食らった。

 その時、ちょうどよくトルックスの大声が衆人の注目をひいた。

「お前がチョロマカした干物はなぁ、ここのみーんながずっと前に世話んなった先生への付け届けだったんだぞ!」

 トルックスは頭から湯気を出しそうな勢いでまくしたてている。

「先生? め、珍しいねぇ、学院から出かける先生もいるんだ」

「そうだ! 4年前か、5年前か? お前らみたいな新卒生が卒業祝いだとかいって、さんざ酔っ払った挙げ句に大喧嘩おっ始めた日にゃぁ……俺たちもさすがに冷や汗かいたさ!」

 キアノスの脇から、薬箱を片付けた女主人も口を出す。

「ああ、ありゃ4年前のまさにここ、この場所さ。あの先生がそこの扉からふっと入ってきてさ、ため息一つ、手振り一つで若造どもをぶっ飛ばした時の気迫といったら!」

「あのまま決闘が始まってたら、この町は消し炭だかドラゴンの餌だかなんかになってたらしいからな!」

 毎年この時期には卒業生が訪れるのだが、それもそのはずで、森を抜けるという最後の試練を抜けてアーチェン街道沿いに歩いてくれば、必ずここに辿り着くのである。

 どんなに速くても半日、遅ければキアノスのように1日半、飲まず食わずで森を出る卒業生にとって、この町を無視して通ることはまず無い。

「げっ! そ、その先生って……」

 ディナの顔が軽く引きつる。

(まぁ、そんなタイミングで出てくる先生っていえば、懲罰士のラクタス先生、だよなぁ……)

 キアノスは小さくため息をつくと、真剣に話を聞くのをやめた。

(それにしても、その卒業生って余程の“オリジナル”の使い手だったんだろうな)

 些か場違いながら、町を消し炭にする威力の魔術、そしてドラゴンを呼び出す魔術について考え始める。


 自分の膝に肘をつき、手に顎を乗せてぼんやりするキアノスの数歩先では、ディナが観念したようにトルックスに平謝りしている。

「さ、サボったのは、事実だもん……嘘はつかないよ! だから先生には、黙っててくれない、かなぁ?」

 床に膝をついたまま、上目遣いでおもねるような仕草をする。

「呆れた、まだ学生気分かい?」

「もう一人立ちしてんだからな。自分のしでかしたことは、ちゃんと償ってもらわにゃならん」

 まったく態度を変えない大人たちに突き放され、ディナは大げさに衝撃を受けたように目を見開き、次いで床に伏せてみせた。

「ごめんなさーい! 償うだなんて、それは無理だよー……だってあたしたち卒業生って……」

「ああ、金持って卒業できないんだよな。知ってるぞ! よし」

 トルックスはちらりと他の者に目配せをすると、声を張り上げた。

「体で、贖ってもらおうか」

 目配せを受けた数人が堪えきれなくなったように噴き出し、おかげでキアノスの耳には最後の言葉だけが入ってきた。

「え、ど、どういう話になってるんだ?」

 顔を上げたキアノスにディナが駆け寄り、すり寄って、演技過剰に潤ませた瞳で手を取った。

「ごめんキアノス、あたしが未熟なせいで巻き込んじゃったよ……」

「え、僕!? な、なに!?」

「オー、魔術の学び舎で道を共に定めたるモノよ!! 苦難に陥った同志を救いタマエー!」

「え、ええー!」

 状況が飲み込めないキアノスの悲鳴と大勢の笑い声が、町に響き渡った。

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