「……そんで、そのまま連れてっちゃったんだよー!」

 激しい抑揚と身振りで話を区切ると、「姉さん」は大仰にため息をついてどんとソファーに腰を下ろした。反動でキアノスの尻が浮く。

「あのシウルって子、みてくれは小粒だけど、目つきに力があってねぇ! 私らの話もしっかり聞いてくれそうだったのに」

「うんうん、なるほどねー」

 ディナの明らかに中身のない相づちに、キアノスは居心地が悪くなる。それはディナが無神経にも勝手に調理場からマァシ茶をおかわりしているからかもしれない。

 いずれにせよ、「話をしっかり」聞いていないのはディナだ。

「んで、次にやってきた魔術師ってのがあたしたちってわけ?」

「そうなんだよねぇ……」

「あーっ、あからさまなガッカリ感!?」

 文句たらたらなディナをカラッと笑い飛ばし、女主人は手元の籠から薬膏と包帯を取り出した。

 困ったように眉をひそめるキアノスに腕を差し出すように促すと、転んだ子どもにするような手つきで傷に薬を擦り込んでいく。

 じんじんとした痛みが、キアノスに滲みていく。

(話を聞くだけで良いわけもなし、結局はシウルが必要とされてたってことなのか……)

 話の途中まで、憧れの魔術兵の様子に気が高揚していたのだが、最後には妙に、腐りかけのものを食べた時のような胃のむかつきを感じていた。

 それが僻みだとか、嫉妬だとか言われると、キアノスは明確に否定しただろう。だが、一人立ちしていきなりこういう状況に置かれ、何の役もかってでられない自身に対して腹立たしく思うところはある。

 キアノスは、仮定しても仕方がないとわかっていながら、クラスメイトたちのことを思い浮かばないわけにはいかなかった。

(シウルにはシウルの役目があった訳だけど……だけど、じゃあ、もし北の門から卒業したパフィレがここに来ていたら? 南から旅立ったリグーナだったらどうだったろう? 僕じゃなくて、《独創魔術オリジナル》を立派に使いこなせるあいつらだったら、ここの人たちの役に立てたのかもしれない……)

 冷たくなったマグカップを片手で弄びながら沈黙していたキアノスの肩を、女主人の分厚い手がポンと叩いた。

「さ、これで大丈夫だろ! 痛くないかい?」

 右腕に目をやると、肘のあたりから丁寧に包帯が巻かれている。

「すみません、ありがとうございます、だいぶ楽になりました」

 礼を言い、再び青いローブに目を落とす。

「本当に、あなたたちも困っているんでしょうに、さらに厄介かけちゃって……」

「そもそもさあ、卒業したてもしたて、ほやっほやのヒヨコ魔術師に期待するのが間違ってるんだよ!」

「僕たち情けないね……って、ディナ! 自覚してる!?」

 思わず声を荒げたキアノスは、全く堪えていないディナに苦笑いする人々と目を合わせ、肩をすくめるしかなかった。


 ドカドカと板張りの床を踏みならす音と素っ頓狂な叫び声がしたのは、その時だった。

「やっぱりお前かーっ!!」

 宿と待合いを隔てる扉から飛び込んできた男に、ディナは文字通り飛び上がった。

 灰色の強い髭をまばらに生やした大柄な男と、赤尽くめの小柄な少女は一瞬お互いの顔を真正面から見、そして同時に口を開いた。

「学院のパシりの小娘!」

「トルックスさん! ど、どうもお久しぶり……」

 言い終わらないうちにくるりと身を翻したのは、もちろんディナだった。

「……ヤバい、バレたっ!」

「ローブ着るとわからんもんだな、すっかり見違えたじゃないか! 待てコラ!」

 脱兎のごとく狭い出入り口をすり抜けようと身を屈めたところでローブのフードを掴まれ、ディナは小動物さながらに吊り上げられて、室内に戻される。

「こいつめ、俺が忘れてるとでも思ったのか?」

「ちょ、ちょっとぉ! あたし悪いことしてないよ!? あ、そんなに悪いことは……だって、あの時運んだ品だって質はよかったはずだし、し、しかも言われてた日より早く着……」

 元気の良かった声が徐々に尻すぼみになっていったのは、さすがに罪悪感かららしい。

「じゃあ、お前に頼んどいた品を次のヤツが持ってこなかったのは! 何でだろうな!」

 ぎゅうぎゅうと襟首を締められ、ディナは苦しげに早口で弁解を始めた。

 騒ぎを面白そうな顔で見ていた数人が、いきなりの出来事に怪訝な顔をするキアノスに顛末を説明する。それによると、ディナは魔術学院で教官たちの手に余ることをしでかした時、罰としてこの町まで“サバイバル・ミッション”をさせられていた、というのだ。

「サバイバル、ですか?」

「知らないのか? ……ってことはお前さん、さては優等生だったな!」

「学院からレインバストの森を抜けてこのシェル・レーボまでひとりで来るんだ。食べ物も金も持たずに自力で往復して、先生に命じられた荷物を運ぶんだよ」

「荷物……?」

 そういえば、同じクラスだった問題児が数日授業に出てこなかったことがあり、不思議に思ったキアノスは教官に尋ねたことがあった。あの時にその生徒に課せられていたという“学院の外に出る超例外的な課外授業”がこれだったのか、とキアノスは思い返す。

「あの嬢ちゃんの最後の“ミッション”は……ああ、確か風邪薬だか睡眠薬だか術のかかったやつを持ってきて、魚の干物と何かの原石を持ってってくれたな」

「そうだそうだ、石は学院からの要請で中央から取り寄せたやつだ! あれは暑くなる前だから……《水鏡の月》のはじめの方だったっけか」

 さもよくあることのように笑う彼らの話に、キアノスは思い当たることがあった。

(ああ、学院内にないモノって、ある程度はこうやって調達されてたのか……しかも『最後に』ってことは、ディナは何度も罰を受けてたってわけだ。ここへの道もわかるわけだよなぁ)

「それにしてもあの子も変わんねぇな。最初に来たときは何年前だっけ?」

「くるくるちまちま走り回って、パッと見はかわいらしいヤマネズミみたいな娘なのになぁ」

「そりゃねぇな! あの子はそんなヤワな動物じゃあねぇよ。もっとこう……皮が硬そうな感じだぜ、特に面の皮!」

「ハッハハハ!」

 男たちの笑い声を聞いているうちに、ふとした疑問を思い出し、キアノスの鼓動が早まった。

 レインバストの森とは学院の守りの森のことだろう。それなら、卒業の日を除いて常に“解呪”の施されている森の中では、魔術は使えない。文字通り自分の足で行って帰ってこなければならないのだ。

(先生にこの課外授業とやらを知らされた時も気になったんだ……肝心の守りの門はどうやって通り抜けたんだろう? 開けてあったんだろうか、それとも一時的なものにせよ開け閉めする手段を与えられたのか……?)

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