34話:上限開放
昼食は大人数になったため、急遽メニュー変更。焼きそばの予定だったがホットケーキになった。
食卓の上に専用の五徳と鉄板を置き、鉄板に火の陣を描く。一定の温度になるように調整して、温まったところでバターを伸ばす。それを三つ。
タネはサイラスとソフィーヤ、しいなが用意した。それぞれの鉄板の近くに置いたら、予めじゃんけんで順番を決めていた子供たちが鉄板に群がった。
自分たちで焼くホットケーキ大会、開催である。
「はーい、焼きながら聞いてくださーい。先生はいないけど、新しい人の紹介をしまーす」
タネが鉄板に乗ったのを見計らって明澄人が声を上げる。涼香と狐を手招きし、左右に呼んだ。
「はい、こっちのお姉ちゃん。如月涼香さんです。機械の国から勉強のために来ました。
こっちのお兄ちゃんは、砂山狐。半人前の精霊使いだから、先生のところに勉強に来ました。
二人も家事が出来るようになるまで、みんな教えてあげてください」
「「はーい!」」
「それじゃあそろそろひっくり返すぞー」
「「「はーーーい!!!!」」」
待ってましたと言わんばかりの歓声に笑いながら、後をサイラスたちに任せて明澄人は長い食卓の一番端、キッチンに近いところに移動した。
「いやー、楽だわー」
子供たちがやけどしないように注意は必要だが、大人が三人と高校生が三人いるので十分に目が届く。
明澄人は鉄板の温度調節のために手伝うことは出来ない。それぞれの鉄板の様子を見つつ、椅子に座ってのんびりとしていた。一応鉄板は用意してあるが、彼が食べているのは朝食の残りのパンだ。
子供たちに混ざっても良いのに涼香は明澄人の向かいに座り、パンにジャムを塗って食べている。
「器用なものね」
「だろ。ちょっと自慢」
楽しそうに笑う声をBGMに、のんびりと珈琲を飲む。そこだけ切り離されたような静けさがあった。
明澄人はこの雰囲気が好きだ。輪に交じってはしゃぐのも好きだが、楽しんでいる人の輪を少し離れた位置で見守るのが一番好きだ。中学生のくせに老成しているとフェルクメルには言われるが、輪の中心になって騒動を起こす姉や兄のフォローをしてたら、自然とこの位置に落ち着いただけだ。老成しているわけではないと主張する。末っ子らしくないとは思うが。
時々立ち上がり、キッチンで濡れ布巾を用意してそれぞれの鉄板に配ったり、飲み物を配ったりするのも楽しい。つまりは、裏方が好きなのだ。
自分のカップに珈琲のおかわりを注いで、向かいの涼香に視線でおかわりを聞くと緩く首を振られた。そのまま彼女の手は二つ目のパンに向かう。
「ホットケーキ好きじゃないのか?」
「いいえ? 好きよ」
どうしてそんな事訊くの? と不思議そうな瞳に、賑やかな向こうを指しながら再度問う。
「なんで向こうに行かないんだ?」
自分と一緒に残り物のパンを食べるよりは美味しいし、楽しいだろうにと思って訊いたのだが、彼女はちらりと向こうを見ただけでパンにかじりつく。
「……男の子が苦手なのよ」
ぽそりと呟かれた言葉に、明澄人は納得しかけて、思いっきり眉を寄せて自分を指差した。
「お前、嘘つくならもっとマシな嘘つけよ」
「ほんとよ」
「俺も男だぞ」
「私より身長が高くなってから言ってくれる?」
「身長いくつ」
「163cm。端数は省くわよ」
「……一年で抜いてやる」
「やっぱり低かったー」
「うっせぇ! 俺はこれから成長期なんだよ!」
「私もですぅー。やーい、ちびー」
「1cmしか違わねぇのに勝ち誇るな!」
「1cmでも私が高いんだから私の勝ちでしょー」
「くっそぉ!」
上手く勝てなくて苛立ちながらパンにかじりつく。怒っていても魔力制御は揺るぎもせず、子供たちは楽しそうにホットケーキを焼き続けていた。
ちらりと明澄人の方を見たソフィーヤは明澄人の珍しい様子に目を丸くし、すぐに嬉しそうに小さく笑った。気づいたサイラスに視線で問われて、離れた二人を指差す。
「いつも明澄人君はあそこで一人、お父さんみたいに微笑みながら見守ってますけど、今日はとても楽しそうだなって」
「ああ。そうですねぇ」
明澄人が自分を曝け出しているのは本当に珍しい。どんなことも一度は溜め込み、表面上は笑って流しているように見せていた子供だったのに、涼香にだけは溜め込むことなく素直に口に出せている。
「良いコンビになりそうだ」
将来を想像して、サイラスは小さく笑った。
昼が終われば子供たちはまた遊びに、明澄人たちは後片付けの後に自由行動だ。
「狐ちゃんの部屋はこっちだよ!」
「おいこら。わかったから急かすな」
狐が来てからというもの、しいなのテンションはうなぎ登りだ。嬉しそうな笑顔の大盤振る舞いで、狐にいろいろと施設の話をしている。狐も嬉しそうに静かに話を聞いており、どこからどう見ても二人は恋人同士に見える。だが付き合っていない。意味がわからない。
少し前に兄弟子の恋愛事情など知りたくないと思っていたが、身近な女友達のこういう姿も見たくはなかった。
「あの二人、付き合ってるの?」
「付き合ってません」
「嘘でしょう?」
嘘のようだが本当である。あれで幼なじみとしてしかお互いに見ていないのだから本当に意味がわからない。
だが進むとなったらきっとあの雰囲気のまま進んでいって、幸せになるんだろうなと容易に想像できる。そのとき、自分はきっと一人だろうなとも。
少しだけ寂しげに二人を見送り、瞬き一つで切り替えた明澄人は大きく伸びをして夕食の仕込みのために立ち上がった。
「如月、あんたはどうする?」
「んー」
サイラスとソフィーヤは子供たちと遊びに行ったので、残った涼香に声をかける。
眠たいのか少し間延びした返事が返ってきて、見れば声の通り少し眠そうだった。テーブルを指先で叩いて注意を引く。
「ここで寝るな。荷ほどき途中だろう? やってきたらどうだ」
「……そうする」
考えてみれば彼女も朝早くから虹の園に来て、支部に行ってと怒濤の半日だっただろう。ゆっくりと立ち上がり、眠そうな足取りのまま去って行く後ろ姿を見送る。
さて、今日の晩ご飯は何にしようか。狐がいるので量はいつも以上に必要だ。
その日の夜。晩ご飯も風呂も終わり、子供たちも寝静まった頃。
ようやく帰ってきた先生に明澄人は呼び出されていた。
「呼び出したのは他でもありません。君の制御装置の件についてです」
相変わらず汚い部屋。かろうじてスペースのある机に座った先生はいつになく真剣だった。
目の前には黒い箱二つが置いてあり、去年の暮れにチョーカーを渡された日を思い出した。
「現在のチョーカーでは護衛任務の際に支障が出ると判断されまして、より弱い物に変更となりました」
まぁそうだろうなとは思っていたので驚くことはない。それよりも確認したいことがある。
「弱いって、どれくらい?」
「全体の三割程度、抑えます」
「え、七割使って良いって事?」
「そうなりますね」
これには驚いた。せいぜい使えて五割くらいだろうと思っていたのだが、かなり使わせてもらえる。生活魔法使い放題だやっふい違うそこじゃない。
「上級まで使えるようになるけど、それでいいの?」
「問題ありません」
明澄人の魔力量で七割も使えるとなると、上級魔法まで使えるようになる。中級魔法も三つ同時に発動した上で強化魔法も発動、なんて荒技も出来てしまう。
何より、明澄人の本来の能力を使えるようになる。
喜んだのもつかの間。明澄人は表情を険しく、警戒心をあらわにする。
「姫様の護衛でそこまで開放するってことは、よっぽどやっかいな事態が起きるかもって思っていいだな?」
そもそも去年の暮れに完成したあの装備は、学園に通うための準備だった。だからゆっくりと慣らしていたのだが、それを一転して開放して良いと言うことは、よっぽどな事態が起きると部隊は考えているに違いない。
明澄人の推測はおおむね合っていた。愛し子の洞察力に先生は苦笑するしかない。
「ええ。一つは、姫様は命を狙われていると言うこと。それは薄々気付いていたと思います。
もう一つは、君は結城明澄人として学園に通うということ」
「……あれ? 俺、外では氷見姓なんじゃなかったっけ?」
「そうなんですよー。でも一度卒業させた子を入学させるのは手続き上難しいので、結城明澄人として剣士コースに通ってくれって言われましてー」
「あー……あー? 学園側のその話は理解したんだけど、なんで結城明澄人だと開放することになるの?」
「氷翠斗の弟だからですよ。彼、学園ではかなり有名人でしたからね」
「兄ちゃん何したの!?」
「あっはっはっはっは!」
やけっぱちのように笑う先生の様子から、相当なことをやらかしてきたらしい。
そういえば時々ボロボロな様子で帰ってきたこともあったのを思い出した。制服をその度に作り直して、先生に頭を下げていたのを覚えている。
「あれはね、狐君のお兄さんとしいなさんのお兄さんの所為でもあるんですよ!」
「ホントに何やらかしたの!? 俺ら悪ガキ三人衆の弟と妹なの!?」
「主に悪いのは
「どのみち教師陣からはすげーマークされてるよな!? 俺卒業したのもそこ原因だろ!?」
「とりあえず!」
この話は終わりだと強引に断ち切り、先生は箱を開いて中身を見せた。今着けているのと代わり映えのしない、黒いチョーカー。素材が革のようだが革でないことは着けている明澄人が一番よく知っている。複雑な魔術式が組み込まれた柔らかい金属だ。
続いて先生は封印を解いた。ぶわりと膨れ上がった魔力の余波が赤い光となって明澄人の体から滲み、周囲の本を浮かす。久々の全開に深呼吸の一つでもしたくなるが、チョーカーは明澄人以外は触ることが出来ないので、文句はあるものの黙って外してすぐに新しい物と交換する。先生が封印をし直し、それでも漏れている力を意識して抑えた。周囲の本がバサリと音を立てて落ち、少しだけ埃が舞った。
新しいチョーカーは少し長めに出来ており、調節の幅があるのが嬉しい。
「異変はありませんか?」
「んー……前より息苦しくはないけど、あれに慣れちゃったからちょっと落ち着かない。水着からトランクスに履き替えたような気分」
「わかりやすいようでわかりにくい感想ですね。今まで窮屈だったのはわかりました。
ともあれ、学園に通うときはその制御装置に加えて、こちらのリストバンド型を二つを着けてください。日常で使えるのは五割程度に抑えるはずです。緊急時には許可無く外して構いません」
言いながら先生はもう一箱の黒い箱を開ける。
明澄人の再三の要望がやっと通じたのか、日常使い出来るデザインのリストバンドだった。持ってみると少し重く、内側を見るとチョーカーと同じ金属の腕輪が入っていた。分離できるのでリストバンド部分はただのカモフラージュらしい。洗えるのは助かる。
「緊急時の定義は?」
手首にはめて具合を確かめながら確認することはちゃんと聞いておく。
「基本的には姫様の危機と、周囲の一般人の命の危険が及ぶとき。ですが、君の判断で構いません。外した時は必ず報告書を書いてもらいます」
「チョーカーの封印の解き方は?」
「今まで通り、隊長クラスの許可と鍵です。鍵はサイラスと狐君に所持してもらいます」
「二人に持たせるの?」
「万が一が起こった際に、近くにいるか、ある程度は突破して合流できる人物を考えたら二人になりました。メインはサイラスです」
「わかった」
他に確認事項は? と訊かれたが、特になかったので首を振る。そのまま就寝の挨拶をして、明澄人は部屋を出た。
明日の仕込みは終わっているし、今日子供たちの部屋で寝ているのはやたら懐かれた狐だ。久々に自分のベッドで眠れる。
二階に上がって、振り返って。
月明かりに照らされる灰色の髪を見つけた。
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