第35話 悪女の気持ち
翌日の昼すぎ、家にフローリアがやってきた。
「これから王城で王子に謁見しないといけません」
そして戸口に立ってそんな面倒なことを言うのであった。
「なんでだ?」
「そういう決まりだから……としか。『竜卓十六鱗家』の次期後継者に決まった者は国王と顔合わせをしなくてはいけないんです。国王が重病に臥せっているので、ここのところは代理で王子が」
「なるほど。まあ俺としても1度ツラを拝んでみたいとは思ってたところではあるからな」
あわよくばその面に1発叩き込んでやりたいとも思っているところだ。
王子。もうその肩書だけでギルティ。噂通りの人間ならさらにギルティ。もはやオーバーギルティである。
不死身がどうの、というのも少し気になる。
「というわけなので、ステラさんはお留守番していてくださいね」
「え……って、それはそうよね。私が王城に入っていい理由もないし」
一瞬戸惑うような素振りをみせてからすぐに得心したように苦笑する。
「王子の首を土産に持って帰るから楽しみに待っておくといい」
「そんな怖いお土産いらないわよ……」
魔王陛下への捧げ物としてはこれ以上ないものだろう。相手がごく一般的な魔王であれば、の話だが。
「では行きましょう」
フローリアはそう言って俺の腕に自分の腕を絡めてきた。
「暑苦しい」
「いいじゃないですか。王子にも見せつけてイライラさせてあげましょう」
そう言って肘に乳房を押し付けてくる。
王子をおちょくるのは確かに面白そうだし賛成なんだが……今はとりあえず後ろから刺さりまくってる視線が痛いからやめろ。
それからしばらく馬車に揺られたあと、俺とフローリアはある喫茶店の前に立っていた。
「……王城も随分小さくなったんだな」
「あの王子にはこれでも過分でしょう。あれにはミニチュアの犬小屋くらいがお似合いです」
「ミニチュアかよ」
ミニチュアの犬小屋じゃ枕にもなりゃしないな。
「で、なんで俺たちは喫茶店に入ろうとしてるんだ?」
と尋ねると、フローリアは俺の正面に回ってにやりと笑った。
「これから謁見、とは言いましたがこのあとすぐではないのです。謁見は夜。予定の時刻まではまだたっぷり時間があるのです」
「じゃあなんでこんなに早く出てきたんだ」
「それはもちろん、デートのためです」
フローリアはそう言って口元に歪んだ三日月をたたえる。
「……デート?」
「ええ、苦楽を共にしてきたステラさんを置いてぽっと出の女と2人きり……どうです? 背徳的じゃないですか? 悪女感満点じゃないですか?」
「……まあ、そういうものか?」
わからない。こいつも何がしたいのかよくわからない。
フローリアは、俺が悪を是とする人間だから自分は悪女になって関係を良好にするというが、そもそも俺は男女の関係について完全に無関心だ。だからそれについては善とか悪とかの価値観がないのだ。
つまり、フローリアが一般的に悪女的とされる振る舞いをしてるのだとしても、こちらとしては「なるほど、そうなのか」としか思わないのである。
「なあフローリア」
俺が口を開くと、フローリアは眉を垂らして微笑んだ。
「いいです、言わなくて。大体わかります。私もわかってますから」
「そうなのか?」
「ええ、今はとにかくお茶をしましょう」
そう言うフローリアに手を引かれ、俺はこじんまりした喫茶店の中に入った。
「はい、あーん」
フローリアがそんなことを言いながらケーキの乗ったフォークを差し出してくる。俺は意味がわからず首を傾げた。
「俺に食えと? まだほとんど食ってないのに腹いっぱいになったのか?」
「いえ、デートっていうのはそういうものなんですよ。お互いに食べさせあったりするものなんです」
「面倒な文化だな」
言いながら俺はケーキを口に迎え入れる。
「じゃあこの場合だと俺はどうするんだ? 紅茶を飲ませればいいのか?」
俺はカップをもちあげてフローリアの方に差し出す。
「いえいえ、飲み物しかない場合は口移しするんです」
「……嘘だな」
「ばれましたか」
うふふふ、とフローリアが楽しげに笑う。
いくら色恋に関する知識に疎いとは言え、そんな気持ち悪いことを世の中の大半がやってるわけがない。馬鹿にするのも大概にしてほしい。
俺は差し出していたカップを戻して口をつけた。もちろんそのまま自分の喉に流し込む。
ソーサラーの上に置いて顔をあげると、フローリアが真剣な顔つきで俺を見つめていた。場の空気が明らかに変質する。
「ステラさんは、ベルガさんにとってなんですか?」
「は? なんだ、急に」
突然の問いに思わず眉を寄せる。
「いえ、ちゃんと聞いたことがなかったので。実際のところ、お2人はどういう関係なんですか?」
「どういうって……」
まさか俺がこいつの祖父である魔王を死に追いやってしまったから義理で面倒を見てる……なんて言えるわけがない。兄妹ではないことは前に喝破されているのでそれを主張するのも白々しい。
「いろいろあって面倒をみることになった」
「いろいろの内容は聞きませんが……それはつまり、ステラさんは義務感に基づく庇護の対象でしかないということですか?」
「それは……」
なぜか言いよどんでいた。即断で答えられなかった自分に戸惑いつつうなずく。
「そうだ。それ以上でも以下でもない」
「では、ステラさんにいかなる隠れた事情があろうと今後はウォズライン家で責任を持って面倒を見るので、ベルガさんをその責務から解放します。……と、提案されたらそれに乗りますか?」
俺は少し黙って考え込んでから、ゆっくり首を横に振った。
「それはできない。俺が責任を持つと約束した」
「責任を持って王国の中でも上流の家で生活できるよう渡りをつけた、と考えれば十分以上に責任を果たしていると思いますが」
「……本当にちゃんと面倒を見るとは限らないだろ」
「ご心配でしたら指輪に誓いますよ」
……それだったら、いいのか?
そもそも俺たちがウォズライン家が治める街に降りてきたのは、ステラが山での寝泊まりを嫌がったからだ。ステラのこれまでの暮らしはあの妙な魔王の屋敷で営まれてきたわけで、そういう意味ではこの王都の生活の方が適切だと言える。
そうだ。一番ステラのためになる道を選ぼうとしたら、どう考えてもウォズライン家に任せるのが最良の選択になる。
「でも……」
……でも? 何が「でも」なんだ?
合理的に正解が示されてるのに、なんで俺はその結論に待ったをかけようとしてるんだ?
「――そうですか」
俺が自分の思考に困惑している中、フローリアは静かに言ってうなずいた。
「え?」
俺が戸惑いの声を上げると、フローリアは眉を垂らして笑った。喫茶店に入る前のそれと同じ、自虐的で、なぜか悲しげに見える微笑だった。
「いえ、この流れで『でも』を聞ければもうそれで十分です。それ以上言わなくていいです。わかりましたから。あなたがわかっていなくても、わかります」
「何を……」
「はあ、駄目ですね。私は嫌われないように努力することしかできませんでした」
フローリアが大きなため息をついて席を立つ。
「さあ、王城に向かいましょう。ちょうど今、王子様を1発殴ってやりたい気分なんです」
そう言ってフローリアは、いつものように笑った。邪悪に、高飛車に、胸を張るように。
俺は胸にもやもやしたものを抱えたまま、そのあとに続いて店を出た。
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