第33話 お楽しみと黒猫と謎の男

 日付またぎシチュー騒動から3日が経った。

 その間はステラがまたしくじったり、フローリアがやってきて妙なことをしたり、ステラがなんか失敗したり、フローリアがちょっかい出してきたり……って同じことしか言ってないな。

 要はとにかく騒々しかったということである。

 うってかわって今は静かでうららかな朝。

 寝室は1つだがベッドは2つ。隣のベッドからステラの寝息が聞こえてくる。

 どんなに騒がしい1日も、寝覚めのこの瞬間だけは静謐が俺を優しく包んでくれる――はずだったのだが。

 

「おはようございます」

「…………」


 目の前に、文字通り目の前にフローリアの顔があった。なぜか妙なローブを身にまとい、頭をフードで覆っている。

 そして、俺に体を密着させている。


「ゆうべはお楽しみでしたよ、私たち」

「何もなかったんだな、安心した」


 聞きたいことは多すぎたが、とりあえず左手の薬指以外に新しい弱みを握られたわけではなさそうなのでひと安心だ。

 

「どうしてそうなるんですか」

「どうしてもこうしても、本当にそういうことになってたらお前絶対もっと悪い顔してるだろ」


 俺が言うとなぜかフローリアは唇を尖らせた。

 

「それは心外ですね。悪い顔なんてしてられません。多分人様にお見せできないような顔になると思いますよ」

「どういう意味だ」

「まあそんな顔見せたら絶対引かれますし、結局悪い顔作ることになるとは思いますけどね」


 わけがわからない。ただでさえまだ頭が働いてないんだから意味不明なことを言うのはやめてほしい。

 ……でもこれはまともな頭で聞いてもわからないやつのような気もする。

 

「ああ、このローブは家に伝わる由緒正しい魔具の1つです。これを身につけるといかな武術、魔術の達人と言えどその存在を看破することはできなくなるのです」


 なぜ俺が気配に気づけなかったのか、とい疑問を先回りして解消してくれた。

 思考が読まれることの気持ち悪さと、いちいち聞かなくていい便利さのどっちを本音にするべきか、悩ましいところだ。

 

「で、それを使ってどんな悪事を働くつもりだ?」


 俺が言うと、フローリアは待ってましたと言わんばかりに邪悪な感じの忍び笑いを漏らし始める。


「こうやって添い寝した状態で朝を迎える私たちの姿を、ステラさんに見せつけてあげるんです。ふふふ、いかにも悪女っぽくないですか?」

「悪女っぽいかもしれんが、家の家に伝わる由緒正しい魔具をそんなことに使ってることの方がよっぽど悪い気がするな」


 そもそもステラより先に俺が起きたら、その時点で企みは失敗に終わるというのに。まあまさに今この状況のことなんだが。

 というわけで、とっととベッドからずらかろうと体を起こしたときだった。

 

「ん、んー」


 見事なタイミングでステラが目を覚ました。そして俺がそうするよりも早く、おもむろにベッドから上半身を起こした。

 ちっ、問答なんてしないですぐに起きておけば……。

 

「……ん!?」

「……はい!?」


 ステラのかけていた毛布が剥がれた瞬間、俺とフローリアはほぼ同時に驚きと困惑の入り交じった声を上げていた。

 顔を見合わせる俺とフローリア。それからゆっくりと、たった今見たものは夢か幻だろうと言い聞かせながらもう1度ステラの方を向く。

 5回の高速まばたきがシンクロした俺とフローリアの目に映っていたのは、ステラの膨らんだお腹だった。

 

「ゆ、ゆうべはお楽しみでしたね……?」

「ち、違うわ! 大体ひと晩であんな育つか!」


 さすがに動揺して、みっともなく大声を出してしまう。

 それに反応したステラが不思議そうな顔をこちらに向ける。

 

「どうしたの――って、なんで2人が一緒に寝てるの!?」

「いや、『どうしたの?』はこっちの台詞だ!」

「いや私の台詞だよ! なんで……って、え、あっ、そういうことなの!?」


 早とちりして顔を青くするステラ。

 俺はなだめるような手振りも交えつつ、なんとか話を戻そうとする。


「そうじゃない!」

「そうじゃないならなんでそんなに密着して……」

「いいから! とにかくそういうことじゃないから! まずお前は自分の状況を認識しろ!」


 俺の剣幕に圧されたのか、ステラは眉をひそめて首をかしげる。


「私の状況?」

「そう! その腹! どうなってんだ、お前の腹!」


 俺がびしっと指差すと、自分の体を見下ろした。

 

「――へっ!?」


 そして俺とフローリアと大体同じような声を出した。

 

「ななな何これ! なんで……って、え、あっ、私がそういうことなの!?」

「だからひと晩でそんな育つかぁっ!!」


 思わず力いっぱい叫んだ。

 窓の向こうで、声に驚いた鳥が青空に吸い込まれていった。

 


「じゃ、じゃあつまり……あの種のせいなの?」


 昨日の出来事をこと細かに振り返っていくこと十数分。ようやく原因らしきものを突き止めるに至った。


「……なんかそれはそれで誤解を生みそうな言い回しですね」

「どういうこと?」

「なんでもありません。純真なステラさんには関係のないことです」


 つまり、こういうことらしい。

 ステラは昨日買い物に行ったとき、ある露天商から不思議な種を買ったという。

 いわく、その種は「一粒でお腹が膨れるものだ」と。

 興味を持ったステラはそれを購入し、食べてみることにした。しかし空腹感が紛れることも特になかったので、騙されたのだと思った。

 そして今日起きてみたら、文字通り腹が膨れていたということだ。

 

「まあ……なんだ、おいしい話には裏があるってことだ」

「そうですね。でも無邪気に人を信じられる純朴さがステラさんの魅力ですから」


 以前から王都でも怪しげなやつはいくらでもいた。そもそも俺がいたくらいだからな。木を隠すなら森の中、人を隠すなら人ごみの中。むしろ王都が一番妙なやつの多い都市だ。不審なやつなんてごまんといる。

 ステラは王都には慣れてないわけだし、笑ったり責めたりするのは酷というものだろう。


「……優しくされると余計みじめな気持ちになるわね」

 

 自虐的に頬を引きつらせるステラ。

 

「あまり気にするな。とっとと犯人をとっ捕まえてなんとかしよう」


 ベッドを出た俺とステラとフローリアは、足早に街へ繰り出した。

 

 

「ここで間違いないのか?」


 ステラの話に従って細い道が入り組んだ一角にやってきたが、露天商どころか人っ子一人いなかった。これはさすがにもうちょっと怪しんでもらわないと困るような場所だな。

 

「……わかってる。わかってるから言わなくていいわ。私も改めて来てみて、なんて馬鹿なんだろうって思ってる」

「悪いことをして呑気に居座るわけもありませんしね」


 当たり前のことを言ってるだけだが、悪いやつが言うとより説得力がある。

 

「となると……聞き込みでもするしか――あ?」


 骨折りを覚悟しつつ周囲に目を配っていると、足元を何かにくすぐられた。

 見下ろしてみると、小さな黒猫が俺の右の足首にじゃれついていた。

 

「どかないと蹴るぞ」

「ひどい!?」


 俺が即断して言うと、ステラが恐れおののいた。

 

「畜生には口で言ってもわからん。俺が証拠だ」

「自分で自分を畜生呼ばわりするのやめましょうよ……」


 とはいえ本当に蹴り飛ばす気はない。爪で引っ掻いたりしてくればまた別だが。

 俺はうんざりしてため息をつきながら腰を折ると、足元の子猫の首根っこをつかんでつまみ上げた。

 

「首輪がついてるな。その辺の暇人に押し付けて捜索を再開しよう」


 細い道から出て、やや広い道路に出る。

 ぐるりとあたりを見回す。すぐ近くで腕を組んで立っていた、俺よりひと回りくらい年上の男の肩を叩いた。

 

「おい、暇ならこいつの飼い主を探してやれ」

「……ん? ――って、カリバ!」


 ……カリバ? なんだそれは。

 俺が眉を寄せて半ばにらむように見据えると、男は苦笑した。

 

「ああ、失敬。ちょうどその猫を探してたところだったんだ。私の飼い猫でカリバと言う。ついさっきはぐれてしまったんだ」

「そうか。そいつはよかったな。こちとらまとわりつかれていい迷惑だ」


 言いながら男に乱暴に猫をおしつける。男の胸に抱かれた猫がこちらを向き、小さく一声「にゃー」と鳴いた。

 

「礼を言うくらいなら金品でもよこせ。誠意は換金性だ」


 猫が残念そうに目尻を垂らした気がした。

 ステラは俺と猫を見比べて不思議そうにまばたきを繰り返していた。

 

「猫の言葉がわかるの?」

「猫が言葉を話すか。ニュアンスがだいたいわかるだけだ。見慣れた動物ならな」


 魔獣も含めて。伊達に獣たちと拳で会話を繰り返してきたわけじゃない。

 そんな俺を、男は興味深げにながめていた。

 

「へえ、君はいい人なんだね」

「よし、どんな死に方がご所望だ」


 うかつなことを言った男に即刻死刑宣告をしてやった。


「ははは、ここでは死にたくないな。できれば野山で緑に囲まれて天寿を全うしたい。そのまま大地の血肉になれればなおよし」

「……執行猶予をつけてやろう」

「それはありがたい」


 なんとなくシンパシーを感じたので、一旦処刑は保留にしてやることにした。

 男は肩をすくめて俺を見つめた。

 

「いや、カリバは聡明でね。いい人っていうのは語弊があるかもしれないけど、この人になら身の安全を託せると確信できる相手にしか懐かないんだよ。例えば例の王子なんかには爪も牙もフル活用だろうさ」


 男は爪を立ててひっかく真似をしておどける。


「王子はそんなに嫌われてるのか?」

「どちらかと言えば嫌ってる人が多数派だろうね。ただ、強い王を期待する向きからは支持を受けている。要は大貴族連中だが。まあ私は王都に住んでるわけじゃないからよくはわからないな。嫌いなんだよね、王都」

「よし、逆転無罪を言い渡す」


 俺は男に右手を差し出した。男も笑顔でそれに応じてがっちり握手した。

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