第6話 逆立ちしたってわからない!
俺と女の子は、とりあえず魔王軍うんたらかんたらーズのみなさんの様子を見に行こうと、連れ立ってキッチンを出た。
「そういえばあなた、名前は?」
「ん? ベルガだけど」
「ベルガね。私はヴェインズフィーラステラよ」
「なっが。じゃあステラだな」
「ふふ、おじいさまもそう呼んでたわ」
なぜかやけに嬉しそうにそんなことを言うステラ。
呼びやすそうな部分切り取ろうと思ったら割と普通だと思うんだがな。まあフィーとかでもいいか。
それ以外は特にこれといった会話もないまま廊下を抜け、あの長きにわたる激しく壮絶な死闘が繰り広げられたロビーに踏み入った。いやぁ、本当に凄まじい激闘でしたね。
「ん? 誰もいないな」
俺が暴力的にお昼寝にいざなってしまった魔王軍うんたらかんたらーズのみなさんの姿は、多少の血痕を残してすっかり消え去っていた。
ステラは肩をすくめて笑った。
「まあそうだろうとは思ってたけど」
「なんだ、嫌われてたのか?」
「単にお互い関心がなかっただけよ。私にとって彼らはおじいさまの部下でしかないし、彼らにとって私は魔王の孫娘でしかない。おじいさまが亡くなったら、赤の他人だもの」
「でも今はお前が魔王なんだろ?」
「形の上ではね。彼らは『魔王』に仕えているわけではなくて、おじいさまに忠義を誓っていただけだから。次代の魔王どころか、1人の個人としてまともに扱ってもらった覚えもないわ」
「じいさんもあれで取り巻きもそれとなると、ここではずっと孤独だったわけか」
俺があけすけに言うとステラは苦笑した。
「その通りね。もっとも、それ以上を知ってるわけでもないから不幸せだとも思わないけど」
「孤独にそれ以上も以下もない。周りに人が多ければ幸せなんてことはないからな。俺もずっと独りだし、仲間に恵まれてるやつも普通に見てきたが自分が不幸せだったと思うことはない」
「……慰めてくれてる?」
「持論を述べただけだ」
かすかにシンパシーは感じた、とだけ心の中で付け加えておこう。
そうして俺とステラはそのままロビーを通って館の出入り口までやってきた。
先導していたステラが何も言わず扉を開けると、草木の青い匂いが一気に吹き込んできた。ステラはなんの感慨を見せるでもなく、そのまますたすたと館を出る。俺も黙ってそれに続いた。
そして最後に残った俺の左足が館を離れたその瞬間、強風が背中を襲っていた。
振り向いてみると、そこには巨大な館はもちろん、来たときに見た小屋さえもなくなっていた。
「……私が出るの待っててくれたみたい」
「意外とセンチメンタルなんだな」
「う、うるさいわね」
ステラは朱の差した頬を膨らませてそっぽを向いた。
「それで、当面の目標は?」
「目標?」
俺が聞くと、ステラは不思議そうに首を傾げた。
「魔王としての目標。いつまでにどこを制圧するとか、戦力を集めるとか」
「えっ……そんなこと考えたこともなかった」
「なんだ、そうなのか。俺はてっきりこれから魔王としてバリバリ君臨していくつもりなのかと」
「いや、そういうのは全然……」
自分で現魔王だとか言っていたし本人もそのつもりなのだとばかり思っていた。
「その魔王の刻印って自分の意志に関わらず押し付けられるものなのか?」
「そうね。刻印は受肉している血族の中で最も年が上の者に自動的に与えられるものよ。おじいさまのお父さまに当たる先々代の魔王は、野心とかなにもなかったからまったく魔王らしいことはしてなかったらしいわ。しかも魂の寿命の直前まで他に血族がいなかったから、一度肉体が死んだあとは、再受肉するまで刻印保持者が誰もいないなんてことになってた。1000年以上平和だったのはそのせいね」
「なるほど。適格性とか関係ないんだな」
「ええ、だから私も今のところはただ静かに暮らせればいいかなって思ってて」
そういうことなら俺は必要ないか。あくまで俺が手を組もうと言ったのは、魔王が人間と対立するなら俺の力が役に立つと思ったからだ。それ以外のことではまったく役に立たないし、俺はいてもいなくても変わらないだろう。
「わかった。それじゃあ気が変わったらいつでも呼んでくれ。お前が魔王として戦うつもりになったら必ず力を貸そう」
「……え?」
「じゃあまたな」
「えっ、えっ?」
軽く片手を挙げてそのまま踵を返そうとしていた俺は、ステラの慌て戸惑うような声に足を止めて首を傾げた。
「……どうした?」
「あっ、いや……」
ステラは眉尻を垂らして何かを考え込むように下を向く。腹の前で組み合わせた両手をもじもじと弄びながら、視線を忙しなくさまよわせていた。
「そ、そうよね。そういうことよね。組むって言ってただけだもんね……。契約のこと盾にするのもなんか嫌だし……」
そんなことをつぶやいていたステラはやがて顔を上げると、やや引きつった笑顔でうなずいた。
「うん、わかった。そのときはよろしくね」
「いいのか? なんか言いたいことでもあったんじゃないのか?」
「ううん、大丈夫。それじゃあ元気で」
ステラは小さく手を振ってそう言うので、俺は釈然としないものを抱えながらも改めて踵を返してその場をあとにした。
それから約10分後、俺は逆立ちしながら山の中を歩き回っていた。
正直この前魔猪に逃げられたのを未だに引きずっていて、少なくとも逆立ちで挑んでも逃げられないくらいの機動性を身に着けたかったのだ。別に逆立ちにこだわる意味はないが、どうせ暇を持て余すなら思いついたことはやった方がいい。
そうしてトレーニングをしているわけなのだが、実をいうと今俺はそれに集中しきれていなかったりする。
右の中指が木の根につまづきかけたところで、俺は一旦あきらめ、倒立をやめて地べたに座り込んだ。
「……なんでついてくるんだ?」
さっき別れた直後からずっと、木の陰に隠れるようにしてステラが俺の後を追いかけてきていた。
「たっ、たまたま行き先が同じなだけよ」
「……俺、もう同じところ3周くらいしてるんだけど」
「わ、私もそうする必要があったのよ」
「ほう、どうして?」
俺が尋ねると、ステラは言葉に詰まったように喉から苦しげな音を出して黙った。
「……なんか、こう……魔術的な儀式的な何か? ……によって扉的なものが開かれたり……とか?」
「行き先不明じゃねえか。一言にこんなに『的』とか『?』が詰め込まれてるの初めて聞いたわ」
「か、勘違いしないで。未知への探究よ。私はまだ見ぬ新世界を拓く明日への旅人なのよ」
「…………そうか」
「哀れみの目で見ないで!」
何がしたいのかまったくわからないが、用がないなら飽きたら勝手にいなくなってるだろう。俺は気にせずトレーニングに精を出すとしよう。
そうして再び逆立ち歩行を始めた俺は、次第にペースを上げていった。ステラを気にすることをやめた俺は、気づけばきつめの傾斜でも軽いジョギングより少し早い程度の速度で走れるようになっていた。
適度に腕に疲労が溜まったところで足を降ろして一息つく。
そこでつい後ろを振り返ってしまう辺り、我ながら甘いというかなんというか。
「ついてきてない、か」
ただ飽きてついてこなくなったんならそれでいいんだが。あの別れ際の妙な歯切れの悪さ……本当は何か文句とか苦情とか言いそこねてるんじゃないだろうか。
途中からぐるぐる回るのをやめて上ったりもしてたから、ついてくるつもりだったステラをどこかで振り切ってしまったという可能性はある。
……まあ時間はあるしな。今までに通った道をさっと確認してどこにもいなければ、もう気にかける必要もなくなるだろう。
というわけで捜索を始めること3分。無事、俺は木の根元で膝を抱えてしゃがみ込むステラを発見したのであった。
「…………」
……なんかやっぱり放っておきたくなってきた。
明らかに負のオーラが漂いまくっていて、寄りかかられている木が今にも枯れそうにすら見えた。これがいつかの神木だったら、ステラの脳内は威厳のない声で埋めつくされていたことだろう。
……絶対俺になんか言いたいことあるよな、これ。なんか言われるどころか2、3発殴られるくらいの覚悟をして声をかけた方がいいかもしれない。
俺がステラにしてしまった仕打ちを考えるとそれくらいは妥当だし、それくらいは受け入れるけど。
よく考えてみたら、魔王が死んだせいで結果的には俺がステラの家まで奪ってしまったことになるのか。ステラの態度が気丈だったし、魔王という立場への先入観もあってつい配慮をおろそかにしてしまった。
かといって、俺がステラのためにやれることなんて何もないんだけどな……。はてさて、どうしたものか。
「……ステラ」
俺が恐る恐る声をかけると、ステラは弾かれたように顔を上げた。
目は真っ赤に充血していて、その下まぶたにはなみなみと涙が溜まっていた。
「……ベルガぁ……」
震える声で俺の名前を呼ぶと、ステラのまぶたで渋滞していた涙が、堰を切ったように頬を流れつたっていった。
「ど、どうした? 怪我でもしたのか?
罵られて殴る蹴る踏む突くの暴行を受けることは覚悟してたものの、泣かれるなんて露ほども想像していなかったので少し慌てる。
「……ごめん……ぐすっ、ごめんなさい……私……」
「な、なんでお前が謝るんだ? ――ま、まさか、そんなにひどい目に俺を遭わせる気なのか?」
なんだろう、やる側ですら泣きながら謝るようなこと? 拷問……といっても道具もなしにこの場でできるようなのは限られてるし……。
――はっ。実はうんたらかんたらーズのやつが故郷の母さんを狙って……いやまあ、母親とか顔も知らないんだけど。
「うぅ……ごめんね、ごめんなさい……私、ちゃんと魔王やるから……ぐずっ、頑張るから……」
「うん?」
聞き返す俺に構わず、ボロボロ溢れる涙を両の手を使って忙しなく拭っていくステラ。
「だから……ぐすっ、ベルガぁ……ひっく、お願い……見捨てないでぇ……」
「見捨て……? えっ、何?」
嗚咽混じりではっきりと聞き取れない中で、ステラが「見捨てないで」と言ったように聞こえた。
誰に向かって言ったんだ? 俺……なわけないよな? じいさんか? 心細さのあまり錯乱したとか幻覚を見たとかそういうのか?
駄目だ。ますますわからない。まったくわからない。
俺は大量の巨大な疑問符に押しつぶされたような息苦しさに苛まれながら、ただ泣きじゃくるステラの傍らに突っ立っていることしかできなかった。
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