第3話 決戦? 魔王城

「ちっ、見失ったか」


 強くなりすぎるというのも困りものだな。

 俺はため息をつき、倒立をやめて地に足をつけた。

 山中の自給自足生活における娯楽には何があるだろう。人によってはたくさん思いつくかもしれないが、少なくとも俺にとっては狩りくらいのものだった。

 山の中には普通の動物と魔獣の両方がいる。今までは普通の動物を基本の食料として、時折暇つぶしがてら魔獣を狩るというような生活をしていた、

 しかし神木に力を引き上げられて以来、どんな大型の魔獣も軽く一捻りできるようになってしまった。

 仕方ないので腕一本とか脚一本とか制約をつけて狩りをするのだが、その塩梅が結構難しい。今日は逆立ちしながら魔猪と戦っていたのだが、背の低い魔猪相手には逆立ち状態での足蹴りを命中させるのはさすがに難しかった。

 

「腹減った……」


 実はもうまる1日食べていなかったりする。普通の動物を狩れば済む話ではあるんだが、仕留め損ねたあとに弱い動物を狙うのはなんか敗北感があって嫌だった。そうして意固地になったまま、ハンデの設定を誤り続けて今に至るわけである。

 いい加減空腹に耐えられなくなってきた。次見つけた獲物は魔獣であれ動物であれ普通に狩って腹の足しにしよう。

 そう心に決めた俺は、腹を鳴らしながら山の中を静かに歩き出した。

 

 

 数十分後、俺はある一軒の小屋の前に立っていた。

 トレーニングを兼ねて沢を下ったり崖を登ったりしながら進んでいった先に、まさか人の痕跡を見ることになるとは思いもしなかった。それも朽ちているような様子はない。今も人が住んでるかもしれない。

 もしそうなら食べ物を譲ってもらおう。あとで何か獲ってくる約束で。とにかく今すぐ空腹を満たしたい。

 というわけで俺は小屋の木戸をノックした。

 

「すみません。どなたかいらっしゃいますか?」


 返事はない。もう一度強めに戸を叩いてみる。

 

「――入るがいい」


 野太い声が返ってきた。しわがれた声、という印象ではなかったので隠居したじいさんとかではなさそうだ。


「お邪魔します」


 礼儀正しくあいさつしながらドアを開けた俺は目をむいた。

 そこにあったのは、王宮と見紛うばかりの広さとまばゆさを誇る、豪華絢爛にして悪趣味に輝くロビーだった。

 

「なんだ、これ……」

「ほう、凄まじい闘気だ。勇者を名乗るにふさわしい」


 俺が明らかに小屋の外見上の奥行きと幅とかけ離れた空間に驚きを露わにしていると、十数歩先にいた男が長槍を構えながら俺をにらんでいた。

 鋭い、あまりに鋭い殺気を放っていた。

 

「えーと、俺は食い物を分けてもらいに来ただけなんだが」

「油断を誘おうという魂胆か? 甘く見られたものだ」

「いや、本当に……」

「くどい。貴様がここを押し通るにふさわしいか否か、この生き血に溺れた人骨の魔槍と、魔王軍七衛将が一人ガエルフィスが判じてくれよう!」


 槍の穂先と男の目が光を反射してきらめいた。俺は頬をかきながら眉を寄せた。


「いやだからちょっと待てって」

「参る!」


 あ、駄目だこいつ話通じないやつだ。

 

「はああああああッ!」


 男が床を蹴る。神速。そう呼ぶにふさわしい速さで彼我の距離が無に帰す。

 

「ああ、もう……」


 しかしその程度、今の俺にとっては顔の前を横切る蚊に等しかった。

 いや、俺の視界を蚊ほどの速さで駆けられるということは、相当の使い手に違いないのだろうが――。

 

「うるせえ!」


 ――ドゴォッ!


「ぐおおおおわああああッ!?」


 槍の一突きをかわしてカウンターの一撃をお見舞いすると、男が吹っ飛んだ。

 無駄にロビーが広いので、壁にぶつかる前に床に落ちてさらに5歩分くらい床を滑っていった。そしてそのまま動かなくなる。

 あの速さと槍さばきの鋭さ、Aクラスの魔導兵士相当……あるいは固有武器持ちのSクラスが手を焼くほどかもしれない。マオーグンシチエーなんとかと言っていたが、何者だろう。

 

「ガエルフィスを一撃で……」


 そんな声に顔を上げると、ロビーの両脇にある階段のうち右側の階段から、また別の男が降りてくるところだった。


「ああ、すまん。なんか突っかかってきたから。悪いが少し食い物をくれるか?」

「ふん、単騎乗り込んできた人間に降伏と財産の引き渡しを要求されるとは、我々も舐められたものだな」

「いや、そんな大げさな話じゃなくて……」

「しかし、相手にとって不足はない……か。魔王軍七衛将が一人、フォニービオ。貴公の首をもらい受ける!」


 男は腰に提げていた剣を素早く抜いた。そのまま階段を駆け下りながら突進してくる。

 

「もう、本当になんなんだこいつら!」


 ただでさえ空腹でイライラしてるのに、こんなわけのわからないやつらに立て続けに襲われたら自制が効かなくなりそうだ。というか頭がおかしくなりそう。

 ……いや、もういいか? 自制とか別にいらないか?


「うおおおおおおッ!」

「だからうるせえって……」


 ――よし、いいな? もう思いっきりやっちまうからな?

 

「ふッ!」

 

 右足が床を蹴る爆発音。空を切り裂く――否、体の大きさ分の空気を根こそぎ進行方向へ圧縮していくかのごとき力と速度で、一瞬にも満たず距離を埋める。

 男には驚愕に眉を上げることすら許さなかった。

 

 ――バゴォッ!

 

「ぬおおおおおおうああああああッ!?」


 圧縮された空間を叩き込むようにみぞおちを打ち上げる拳。男はそのままの勢いで天井に激突し、きりきり舞いしながら落下するとそのまま床に叩きつけられた。

 

「次はどいつだぁ!?」


 すでに他の刺客の気配を察していた俺はぐるりと首を回した。


「魔王軍七衛将、コールシュリップ! いざ――」

「飯をよこせえええッ!」

「ぎゃあああああああ!?」

 

 なんか小柄な男が吹っ飛んだ。

 

「我こそは魔王軍七衛将マレ――」

「肉をよこせえええッ!」

「ぐはあああああああ!?」

 

 なんか太った男が吹っ飛んだ。

 

「魔王軍七――」

「魚でもいいぞおぉッ!」

「のわあああああああ!?」

 

 なんか痩せた男が吹っ飛んだ。

 

「魔王――」

「うまい水があればなおよしッ!」

「きゃあああああああ!?」

 

 なんかムキムキの女が吹っ飛んだ。

 

「ま――」

「動きが鈍るから酒はいらんッ!」

「みゃあああああああ!?」


 なんか俺よりでかいモフモフしたやつが吹っ飛んだ。


「いや、なんだ今の……?」


 まったく正体不明だが、直感が告げている。あいつは食ってもうまくない。今は先に進んで話のわかるやつを探そう。

 とりあえず階段を上って奥まで進んでいく。やたらと豪奢な内装が俺を追い出した権力者たちの根城を連想させるので、余計にイライラが募った。

 やがて、長い一本道の廊下の先に、一段と贅を尽くした意匠の扉を見つけた。

 よし、きっとこの中にはきっと高級で食べごたえのあるものが詰まってるに違いない。

 

「いただきますッ!」


 俺は礼儀正しくも挨拶しながら扉を蹴破った。

 

「ついに来たか……勇者よ」


 だだっ広い空間の最奥に置かれたゴテゴテした椅子に、紫紺のローブをまとったじいさんがもたれるように座っていた。

 痩せこけた頬、乾いた唇、曲がった鼻。骨と皮だけになった右手の指は派手な装飾を施された杖を握っている。しかし濁った瞳は異様な輝きを放ちながら俺を真っすぐ見据えていた。


「貴様の戦いぶりはここから見ていた。私も以前の勇者どもに追い詰められてから研鑽を重ね、はるかに力を増したが貴様が相手ではっきり言ってもう私に勝ち目はない」


 じいさんは静かにまぶたを閉じたあと、少ししてからカッと目を見開いた。


「しかし、だ。私とてただで果ててやる気はさらさらない」

 

 そう言ってコツンと杖で大理石の床を叩く。


「私を殺せば呪いが撒かれる。世界を灼く業火の呪いだ。どこまで広がるかは定かではないが、最低でも世界の半分は焼き尽くし、二度と人の住めぬ土地に変えてみせるだろう」

 

 もう一度杖の先で床を突く。


「だが、お主がわしの要求を飲むというのであれば、私はここで自ら命を絶とう」


 じいさんは厳かな声音でそう伝え、何かしらの反応を求めるように俺を見つめた。

 ……と、言われても俺の方は空腹のせいで全然話が頭に入ってきていないんだが。


「……なんだって?」

 

 とりあえず聞き返すと、じいさんは長い時間を駆けて首を縦に振った。


「簡単な話だ。わしの孫娘を守ってほしい」

 

 なんの話をしてるんだ、こいつ。どうでもいいけど本当腹減った。


「以前の勇者どもが1人に対して10人以上で挑んでも殺しきれなかった七衛将を、単独でまとめて蹴散らすほどの強さがあるなら申し分ない。お前が、我が孫娘が平穏に生涯を送れるよう守り通すと約束するなら、わしは世界を滅ぼさぬ」

「はあ」

「どうだ? 条件としてはお前にとっても悪くはあるまい。娘1人の立場を保証するだけで世界が救える」

 

 やっぱりまったくなんの話をしてるのかわからない。というより、そもそもわかろうという意志とか気すら湧いてこない。


「んー……その提案に乗ったら食い物くれるか?」

「食い物? わしが死ねば食料庫も含めここは跡形もなく消えるが……まあ消えるまでの間に食えるだけ食えばいい」

「お、食べ放題か。いいね。その話乗った」

 

 食えるだけ食う。条件のことはよくわからないが、それは空腹の俺にとっては、まさによだれが出るような話だった。


「それはよかった。では左の手のひらをこちらに向けるがいい」

「こうか?」


 俺は言われたとおりに左腕を突き出して手のひらを見せる。


「ああ、では――契約だ」

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