第2話 神木と親睦を深める(2/2)

「で、何が言いたい」


 俺は改めて神木に向かって尋ねた。


(つまり、なんでも1つお願いを叶えて差し上げますので、その代わりに私を殴るのをやめていただきたいのです)


 ……なんでも? 

 その辺のボケたじじいじゃない、他でもない神がなんでもって言ったわけだよな。それはつまり、本当の意味でなんでもありってことなんじゃないのか? 

 ――よし、それなら考えるまでもない!


「王国を滅ぼしてくれ」


(そ、即決で随分と物騒なお願いをされるのですね)


「ああ、俺の悲願だからな。やってくれ。跡形もなく、きれいさっぱり!」


 俺は悪魔のように歪んだ笑顔で両腕を広げ、神木に向き合った。

 

(……すみません、無理です)


「なんだと?」


 俺は眉間に深いしわを刻んで、握った拳に込める力を強めた。

 この神め、本当はできるのに面倒くさいからって適当なこと言って足元見ようとしてるんじゃないだろうな。

 

(本当です、本当に無理なんです。私は木の、植物の神ですから。壊すとかそういうのが一番苦手で……)


「じゃあ何ができるんだよ」


(木を生やしたり、何かを成長させたり……怪我を治したり……あ、あとは髪を生やしたりも)


「……禿げてるように見えるか?」


(い、いえ! 滅相もない)


 人に凄まれて慌てて弁解する神って……本当にそれでいいんだろうか……って、神? ……髪? 

 いやいやいや、まさか。そんな寒いギャグを神ともあろうものが――。

 

(実はちょっと意識しました……)


「正直かよ! しょうもな……っていうか人の心の声を聞くな!」


(ツッコミ忙しそうですね)


「お前のせいだよ!」


(いえ、散々どつかれたので後払いでボケておこうかと)


「結構根に持つのな!」


(ええ、木だけに。根は深いですよ?)


 数秒の間のあと、俺は黙って神木を全力で殴りつけた。この巨木をして葉を落とせしむるほどに。それはもう思いっきり。

 

(痛いです……)

 

 神様はとても情けない声で泣き言をおっしゃられた。俺の頭の中で。


「ああ、もうわかった。じゃあこうしよう。こっちもこの鍛錬を譲る気はない。だから代わりの木を生やせ。お前と同じくらい殴りごたえのある立派な木をな」


(それでいいのですか?)


「いいよ、別に」


 別に俺には治してもらわなくちゃいけないような大怪我も大病もない。それ以外にも、こいつの助けをありがたく借りなくちゃいけないようなトラブルは今のところ抱えていない。

 それよりはもう、この面倒な神木さまとさっさと縁を切ってしまいたい。

 

(……わざわざ鍛錬せずとも、あなたの能力を強化してあげることもできますが)


「…………」


(…………)


「…………」


(…………)


「それを早く言えよ!」


 やっぱり俺は神木を殴った。

 

(あいたっ。どうしてぶつんですか)


「自分の胸に聞いてみろ」


(木に胸なんてありませんよぅ)


「……自分の幹に聞いてみろ!」

 

 なんだこいつ。本当になんなんだ。神様らしさとかかけらもない。威厳とか風格とかオーラとか、そういうのがまったくないどころか、それと真逆のものだけ兼ね備えてやがる。

 疲れる。とことん疲れる。かなりハードな精神修養だ。

 

(それで、お願いはあなたの能力強化でいいですか?)


「え? まあ……あー、でもなぁ……」


(何か問題でも?)


「いや、神様に与えてもらった力で強くなるのもなんだかなぁ、と。やっぱり自分で強くなってなんぼじゃないか?」


 それだと魔導武器をもらってはしゃいでるやつらと同レベルのような気もする。

 

(うーん、私はそんなことないと思いますよ?)


「なんでだ」


(そもそも私が音を上げたのは、あなたの拳が……というか怨念があまりに力強く、このまま行くと本当に折られかねないと危惧したからです。つまりこれは、あなたの尊い努力と意志が導いた結果なのです)

 

 ……なんか神様っぽいこと言ってる。

 

(だから神様なんですって! 失礼な! それに本当の意味で何も与えられなかった人なんていないんですよ。あなただって、厳しい鍛錬に耐えてそれほどまでに強くなることのできる元気で丈夫な体をもらっています。それを持たない人から見れば、あなたも十分に与えられた者なのですよ)


 そんな立派なこと言って……お前……もしかして本当に神様なのか……?


(え、冗談じゃなくて今の今まで本当に信じてなかったんですか!?)


 信じろという方が無理だ。

 

(結構ショックです……っていうかあなた、心読むなとかいいながらなんかナチュラルに心の声で会話してません……?)


 使えるものは使う。それが俺の流儀だ。お前との会話にこれ以上余計な労力を割きたくない。だから発声を省くことにした。

 

(えぇ……なんて不敬な。もっと怖い神様なら即死ものですよ?)


 でもお前は違うんだろ? 慈悲深くていい神様じゃないか。

 

(うふふ、おだてても芽しか出ませんよ)

 

 芽が出れば上等だな。あとは神様の力なんか借りずに人の手でしっかり育ててやるさ。

 

(あなたもなかなかいいこといいますね!) 


 まあそういうわけだ。使えるものは使う。俺の考えている以上に強くなる方法があるっていうなら、遠慮なくそれを使わせてもらうことにする。

 だから――俺を強くしてくれ。

 

(わかりました。あなたに力を授けます)


 神木が急に真面目な声色になると、太い幹が淡い緑色の光を放ち始めた。風もないのに神木の葉が揺れ、擦れる音が子供たちの囁きのように響く。


(今こそあなたを誘いましょう。何者にも敗れず、何者にも屈さぬこの世界の頂点――最強の生命へと!)


 あふれ出た光が渦を巻き、巨大な風の波となって俺を飲み込む。その奔流に俺は目をつぶった。風に呑まれた体は感覚を外界から遮断される。葉のさざめく音に聴覚が覆い尽くされる。

 世界から遊離したような感覚。体が高みへと浮き上がっていくような感覚。

 それが頂点へと至り弾けた瞬間、俺の意識は沈むように途切れた。

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