自己犠牲者と混ざる世界
二職三名人
始まり
とある病室、台風の雨風が叩く窓際のベッドの上で、女性が安らかに眠っている赤子を愛おし気に抱いて、小さく揺らして居る。その隣には年甲斐にもなく涙目の男性が嬉しそうにはしゃぐ。
「この子が……この子が僕達の!」
「静かにして、起きちゃうわ」
女に優しく怒られ、男は頭を掻いて頼りない笑みを浮かべた。
「ゴメンね……でも、とてもうれしくてさ。……抱かせてくれるかい?」
「ふふ、良いわよ。ほら、ちゃんと頭を支えて抱いてあげてね」
女は微笑ましそうに笑って、抱きかかえていた赤子を男性にゆっくりと託した。
男は赤子を受け取ると、感極まったのか瞼に溜めていた涙を流して喜ぶ。
「暖かい……うん、なんて暖かいんだ」
「さっきまで、起きてたんだけど惜しかったわね、この子はとても私達に似ているところが多くて面白かったのよ?」
男が赤子の抱き心地を噛み締めていると女は楽しそうにいたずらっぽく口を開いた。
男は興味津々と顔にかいたような表情で女を見る。
「そうなのかい?た、例えばどんなところ?」
「この子はね……哲也君みたいに眠たそうな目をしてるの……それなのに全然寝なくてね?今の哲也君みたいにずっと泣いてて。ふふ、ほら、哲也君に似てる」
可笑しそうに、楽しそうに嗤う女の言葉に男、清助は恥かしそうに赤面する。
「そんなところが似ちゃったのか……嬉しいやら、コンプレックスが受け継がれちゃって悲しいやら」
「私は哲也君の目、大好きよ?とても優しい光を宿した黒真珠みたいに綺麗な目、私を見つめてくれるから、その時だけはずっと私が独り占めできる目、この子にその視線を分けちゃうことに嫉妬しそう」
哲也の赤面は赤身が増して、暫くその顔を見詰めていた女は何を思ったか、哲也の赤面が移ったのか赤面する。
「い、今のは無しでお願い、なんか恥ずかしくなっちゃった」
「はは、刹那さんらしい……」
はにかむ女、刹那に、哲也はおかしそうに笑う。
哲也は刹那が布団に顔の下半分をかくして恥ずかしさをごまかす可愛さをひとしきり堪能した後、視線を赤子に戻す。
「そんな君と、だらしがない僕だけど、精一杯この子を導いてあげよう?……御免ね、頼りない僕だから、君たち二人ともを僕が守るんだって言い切れなくって」
「もう……いいわよそんな事、私はそんなのとっくに分かったうえで哲也君を選んで、哲也君も私を選んでくれた……でしょ? だったら、もうこの子も生まれたんだから後戻りなんて選択肢はもうないの、お腹くくって頑張りましょ? この子を守るためにも」
哲也は刹那の言葉にしばらく赤子を見つめて息を飲む。
「あぁ、守るよ絶対に……だから安心して僕、哲也と刹那さんの子供でいてくれよ!
「……ウッ、ウゥ」
「大きな声出すから起きちゃったみたいね。うふふ、まったくもう哲也君ったら」
赤子は目を覚まし、泣き始める。哲也は慌てて持ち上げていた腕の強張りを緩め、胸に抱きよせてぎこちなくあやそうとするが、泣き止む兆しはない。見かねた刹那は清助の裾を引っ張って気を向かせ、自身の胸を叩いて招くようなしぐさをする。清助は申し訳なさそうに赤子を刹那に渡した。
病室には赤子の声がいつまで響き渡ったのか、今やだれも覚えていないだろう。
一番古い記憶は……二歳の頃に見た母さんの、家から離れていく背中だった。
知らない男に連れられ、さも当たり前かのように振り返る事もなくどこかへ行ったのを覚えている。二歳の頃の僕が、その状況を理解できる訳も無く、ただ君は悪くないと叫び、泣き崩れている父の側に寄り添う事しかできない雨の日の冬だった。
母さんが居なくなった年の終り、父さんはまだ幼い僕には母が必要だと判断したらしく、職場で親交があった女性と再婚を果たした。再婚した相手には連れ子が居て、その日、ボクに新しく義理の母と義理の姉が出来た。
義母の名前は聞いたことがない、ボクよりも二歳年上である姉の方はあまり友好的に接してくれず。「お姉ちゃん」と呼ぶと怒るので、滅多にかかわらないが呼びかけるときは「
義母と心さんがいる生活が一年を超えた頃の春、ボクが三歳の頃に義母の妊娠が発覚する。父さんは毎度断っていたようだが義母にとってその行為は一番人と触れ合いを実感でき、慰めになるらしいのだ。後にして思えば快楽に逃げているようにしか見えなかったが、本人がそういうのであればそうなのだろう。妊娠を知ってから心さんは荒れて、ボクに暴力や暴言を浴びせるようになる。ボクは父さんと義母が仕事に行っている間、暴力を振るう心さんに耐える日々を送ることになる。
ボクが四歳になる秋頃に新しい家族が生まれた。
生まれたのは妹で、幸福がありますようにと願いを込めて
心さんは子守を任されても幸をほったらかしにしていたため、ボクが代わりに面倒を見ることが常であった。
ぎこちないながらに、家に置かれていた子育て本をにらんでは絵でどうやればいいのかを判断し幸という新しい命と触れ合った。
父さんからは 「ごめんと」謝られ、義母からは「ありがとう」と言われる日々が続く。義母の部屋を覗き込むと部屋の角で心が座り込んで「ふん、どうせ私は役立たずですよーだ」とボヤいているのをよく目にするようになった。
それからボクが四歳頃の春、とある男が訪ねてきた。曰く、義母の元夫の足取りがつかめなくなったということで保証人である義母の元へやってきたとのこと。
男が去った後、義母はこれ以上なく取り乱し、啜り泣いてはその日の晩に勢いのまま自身の首を吊るし上げた。元夫と過ごした借金取りが来る生活がストレスになりトラウマになっていたのだろうと思う。
ボクは茫然とし、心さんがトイレで吐く中で。父さんが心さんの背中をさすりながら今にも消えそうな小さい声で、ボクたち子供を護り通す意を小さな声で表した。
時が経ちボクにも義務教育が発生したため、幸にご飯をあげて出来る限りの義理だけ果たすと、不登校を貫いている心さんに幸を託し。家族のことが気がかりで仕方ない中で学業に勤めることになる。
よく、幸が心配になって「頭がいたいです」と言って病を装い早退する子になった。ボロボロな風貌でよく早退する子供、虐められる日々は入学してそう遠くない内にやってくる。
心さんほどではないが、心身ともに磨耗していたボクは学校からの帰り道、巣から落ちた雀の雛鳥を見かけた。とても弱っていて見捨てて仕舞えば自ずと死んでしまうであろう命、自身でいっぱいいっぱいなのだから見捨てるべきなのはわかっていたが、ボクはそれができず。拾って家に連れ帰った。
心さんから罵詈雑言の数々を浴びせられ、父さんからも咎められた。だけれどボクの説得の末、ボクの食事量を減らす代わりに面倒を見る許しを得て雀のヒナを一時的に救うことが出来た。ボクの食費を減らして浮いた分で雀の餌を購入してヒナに与えた。
数日が経つと開いた窓に、親鳥らしき雀が入って来てヒナが餌をもらっていたのを目撃した。親からの餌とボクからの餌と多少過剰かなと心配になるほど動力源を与えられ続けたヒナは、餌の下限をよく分かって居ないボクの心配をよそに見る見るうちに元気を取り戻していったので、とある日に餌は親鳥が与えると信じて木登りの練習に明け暮れて、その次の日には巣を探してヒナを元に戻した。
『鈴(リン)』という名を勝手に与えては勝手に呼んでいた雀のヒナと、この日ボクはお別れをした。
ボクが六歳頃の夏、学業という新しい環境に誰もが慣れ始めた頃。すでに半ば虐められているようなボク以外に、虐められている対象が居た。いつも一人でいる女の子で、どんなに悪口を言われても、強く言い返す事はない女の子。それを面白がったのか面白くなかったのか誰かが嫌がらせをしてからみんなが真似してクラスの誰もから虐められるようになっていた。ボクよりもひどいと思った。辛そうだなと思った。
辛くても我慢して今にも壊れそうな父さんをボクは見て生きて来た。ボクたち子どもの為に父さんがそうしてなっていくなら、ボクも誰かの為にと思って、そしてボクは虐めている人たちの中でもリーダみたいにみんなに色々言う、いつも人といる子に向かって「やめなよ」と普通に止めた。虐めている子のリーダみたいな子は、何もない奴が口だけな奴と友達になりたいのとか言って、こいつ口だけで何もしないから意味ないという。それが本当だって教えてやると言われて目の前で、そいつに誘われそいつは友達と一緒に女の子を囲んで悪口を言い続けた。筆箱を捕ったり、ノートを捕ったりキャッチボールのボール代わりにしていると。筆箱が、女の子に当たった。女の子がその時震えていて、それが見えたボクはとっさに手のお腹でそいつの顔を殴った。
この時のボクは、多分爆発する理由が欲しかっただけなんだと思う。結果は女の子は虐められなくなった。そしてボクは最初怖がられたけど、一度やり返す形であいつが小突いた時に、何もしなかったら女の子に向いて居た物が全部ボクに向けられた。父さんみたいに誰から辛い思いをするなら、別にこれで良いかなと思えて来た。
僕が七歳になる秋頃、女の子が声をかけて来た、ボクがいつもの様に隠されていた靴を探して居るときだった。夏の頃に虐められていた子で、埃まみれになってボクの靴を持っていた。
下校時間はとっくに過ぎていて、帰って居ない人なんて部活というのをやって居る年長組や先生いがい学校に居てもしょうがない時間帯で、なんで?と思いながらボクはボクに向けて突き出された靴を受け取った。
それ以来、同じクラスなのに話したこともない、ただ同じ教室でクラスメイトなだけの他人みたいな女の子が、ボクに絡んでくるようになった。最初は半ば無視する形で過ごして居たけど、その子は女の子は諦めの悪くて、一回僕に話しかけたら返事が返ってくるまで着いて来る子だった。それにボクに追い打ちでもしたいのか口調がとげとげしい女の子だった。
それでも、その子が近くに居る日々を過ごしていくうちに、少しずつ会話が増えて、何時しか一緒に外で遊ぶようになった。だけどそんな日々はすぐに崩れるのは何所と無く僕は感じていた。理由は簡単、ボクの受ける嫌がらせが少しずつ大きくなっていたのも感じていたから。
ボクが七歳頃の冬、恐れていたことが起きる。父さんが倒れたのだ、そして雪降る夜の日に父さんは動かなくなった。図書館や図書室、女の子の家にある本を読み漁って得た知識を悲しみをこらえてすり合わせる。これからどう過ごす。義理の姉の心さんは大丈夫か?半分妹の幸はどうやったら幸せになれる?と考え続けた。
父さんが動かなくなったことで生命保険がなんとかで少なくとも三年近くはまとまったお金が定期的に届く。姉の心さんは児童保護団体が来ても家から離れるのを嫌がってジブンに刃物を向けるほどに抵抗した。渋々ボクと幸だけでも連れて行こうとする団体だけど、ボクは家族である姉の心を置いて行きたくなくて断り、幸はボクから離れようとせず結果として朽無一家は団体の救いの手を払った。
幸を女の人の家に行っては女の人の家族に預け、学校に通う。
親の遺産を相続したことによって義母が押し付けられていた借金を返済しなければいけないと言う事は学校の図書室に何故かあった本を読んで知っている。借金をどうやって返済するか、三年近くで無くなる一時金を終えた後、どうやって生活費を工面するかをずっと考え続けた。
女の子にボクはボクで自分を大事にと言ってきたけれど、ごめんね、ボクは自分の事が心底どうでもいいんだ。朽無博人とかいうボクなんてのは、ボクの友達と家族よりも優先する事ではないように思えて仕方がないから。
そんな日々を繰り返していた自分が七歳の春を飛ばして夏頃、ある日、姉である心さんが爆発した。
量の少ない料理を支度している心さんの手が止まり、もう嫌、親はいないのに借金がある。もうダメなのだと突然に喚いた。ボクが何とかすると言うと、心さんの顔は一層険しくなって自分に近寄って来る。年下のお前に何ができるそう言って自分に当たり散らした。
自分はいつものように耐え凌ぐつもりだった。なのに、押し飛ばされた先が流し台で、衝突したその勢いのまま流し台に置かれていた包丁が跳ね上がって、自分の左瞼の少し上あたりを傷つけた。血が流れる。一瞬感じた、皮膚の中に入って来た金属の冷たさは、すぐに痛みになり、熱になる。
傷口を抑え、痛みに耐えられず声を漏らして悶えるボクを見た心さんの表情が青ざめた。ここまでの事はやるつもりは無かったのだと思う。尋常ではないほどに震えて、自分はこの時初めて誰かを心配して今にも泣きそうな心さんを見た。そんな心さんが謝罪しながらあたふたと慌て、わめいていたところに、自分の声を聞いてか、それとも心さんの喚く声を聞いてか幸がトテトテと姿を表す。血の付いた刃物は見せてはいけないと思い、咄嗟に包丁を尻の下に隠す。
震える心さんに対して、幸は何が起きたのかわかっていないのか興味津々に見つめて来る。自分は幸がこんな惨状に付き合わせてはいけないと思いつつ、その場から一時的にも離れさせるため、また、戻ってきたときに自分の傷を塞ぐために、兄のシャツを持って来るように頼むと元気に返事をして元来た道を戻って行った。心さんに視線を戻すと震えは極まっていて、涙を流し崩れ落ちていた。その時の心さんは怪我をした自分なんかよりも弱っているように見えた。
触れ方を間違えたら今にも壊れてしまいそうな心さんを眺めて、自分は幼さゆえにこの状況をどこか甘く見ていて、心さんは現状を現実的に受け止め絶望仕切っていたのかもしれない。そう思った時、自分はとても心さんが可哀想に見えて励ますために、この家をなんとかするために、新たに決意を持て大丈夫、心さんはもう我慢しなくていいよと伝えた。なんでお前は父さんの二の舞になるかもしれないのにそこまで頑張れるのかと尋ねられたけれど。それはきっと自分は父さんの子供でこの時の自分は昔、自分に向けて行った大丈夫と言っていた父さんと同じ感覚を感じていたと思う。
左瞼上の傷口の痛みが引いて熱を帯び、暫くして少しずつ冷たくなっていくけれども、そんな状態でも自分は幸と心さんに愛しい暖かな感情が湧いていた。心さんと幸は自分の家族だと、愛しているから頑張るのだと心さんに伝えると、心さんは顔を手で覆って泣き出した。そんな心さんを、シャツを靡(なび)かせ走り戻ってきた幸は、泣いている心に気がついて「だいじょぶ?」と覗き込んで尋ねた。
八歳になる秋頃、夏以来、心姉ちゃんの態度が一変する。事あるごとに喚いていたのはなんだったのか、別人と思えるほどに過保護になり、事あるごとに自分や幸に身を寄せて来るようになった。額に開いた傷と、左瞼上の刺し傷が自分への陰口を助長させたけれども、漸く、家族は互いを大切な存在と認識したと思えるのだから、他人の吐き捨てられた言葉などその対価だと思えば何の辛みもない。
問題点があるとするなら、幸の面倒を見たがるようになった心姉ちゃんと、女の人含む今まで幸の面倒を見てくれた女の人の家族としばしば衝突するようになったくらいだ。
八歳の冬、我が世の春ならぬ我が世の冬が自分の標準なのだが、今期に入って我が世の氷河期がやって来た。心姉ちゃんと同級生の女の人が本格的にぶつかった。最初の頃はいつもの他の家に幸を預けるのは云々、今まで幸の面倒を見ていたのは云々と言い争っていたがいつの間にかジブンの話題になり、言い合いが幸の時よりも一層激しくなっていた。二人の表情に恐怖を覚えていると、どっちを選ぶのかという選択を迫られる。その時、自分はあまりの恐怖から食費節約の為に大自然に出向くとかなんとか言って女の人の家族の数人と共にその場を逃げ出した。
時は飛んで10歳の夏ある日、どこまでもとどまる事を知らなかったクラスメイトの嫌がらせが、嫌がらせの範囲を突き抜ける。
アイツがどこかのヒーローがやって居た飛び蹴りの練習にと言って机に乗り、別の子にジブンを羽交い絞めにさせて動けないようにしてから、ジブンめがけて飛び蹴りをした。
今でも覚えている。喉に当たった。凄く痛かった。息もできないくらい痛かった。そして最悪な事に、その現場をあの女の子が見てしまった。
あの子は、どんなに虐められていても怒鳴るだけで、先生にはジブンみたいに助けてもらえず。それでも口だけで絶対に手を出そうとしなかった女の子が、その時になってとても怖い顔で走って来てジブンを羽交い絞めにしている男の子にアイツよりも綺麗な形の飛び蹴りをして、そのまま流れる様にアイツの頭を掴んでそのままの勢いで女の子の体重を乗せて地面にたたきつけた。アイツと男の子は骨が壊れそうになったとかで親が出て来る大騒動になった。
それ以来、ジブンが受けていた嫌がらせは、何故か大騒ぎだったはずの騒動と一緒に綺麗さっぱりなくなったけれど、女の子は日に日に暗くなっていった。
ジブンを助けてくれた女の子が暗い顔をしていた。たぶん暗くなっていく原因を作ったのはジブンだから、それも相まって何とかしないとと思えた。
しつこく聞き続けて女の子がようやく口にした「ちょっと、家できつく怒られただけよ」という言葉から、女の子が暗くなった理由は家にあると思った。女の子はジブンには関係ない、気にしないでと言ったけれど、騒動に関係しないだとかそういうのは全然考えずにジブンは自分が原因だと決めつけて女の子に言った。「気にしないなら、別に家に遊びに行ってもいいよね?」って。
女の子の家には一度も行った事は無かったけれど、ジブンは何とかしなきゃという思いでいっぱいだった。例え、女の子の親が立ちはだかる事に成ろうとも構わないと決意するくらいに。
結果としてジブンの額は割れて、代わりに女の子は許された。
11歳になる秋頃、ジブンは通帳の減っていく数字に焦りを覚えながら、何とかできないかなと日々を過ごして居た時期に人生の転機を迎える。家族と一緒に笑い合えるか細い希望がある人生から、自分自身を切り捨ててでも大切な存在の幸福を想い続ける人生へと変わっていく──────。
「姉ちゃん、今日は鶏肉の特売やっててよかったね」
「うん。幸はお肉大好きだもんね」
「ねー♪」
その日は何の変哲もない、安い肉の特売がやって居るという小さな幸福に、家族で笑みを浮かべられたはずの日だった。だけれど、朽無博人にはそんな幸せさえ許されていないのか、突然幸せは壊れた。
家族三人での買い物帰りの帰り道、朽無博人達は異常に遭遇した。
「GeKooo」
帰り道の曲がり角で、大型犬くらい大きな、毛の生えた蛙のような生き物に遭遇した。明らかな異常、日常では決してないものがそこに居る。朽無博人を含めて家族の全員が立ち竦んだだろう。
でも、化け物が開けた大口をこちらに向けた時、家族が危ないと思った咄嗟に動き出す力が湧いた。
朽無博人は、湧き出た僅かな力で妹の朽無幸と手を繋いでいる姉の朽無心を突き飛ばした。それで、大口を向けられているのは朽無博人だけになって______朽無博人は発射された化け物の舌によって腹部を貫かれた。痛みに悶える暇もなく、舌が返し針の様になっていて腹部に引っかかり、そのまま化け物の大口の中に引きずり込まれて飲み込まれた。
口の中で舌は無理矢理引き抜かれて、奥へとしまい込まれる。臭く
「──────おい、中に人がいるぞ!」
「何!?犠牲者が出ていたのか!?…………いや、マジかよ此奴。医療班!医療班をすぐに呼べ!まだ救える!」
気が付くと見ず知らずの天井が目に映った。此処があの世かとも思ったけれど、すさまじい痛みが腹部から走って死んでないことを思い知らされる。腹部は包帯に撒かれていて、痛みも合わさってあの化け物が夢ではなかったのが分かる。
「何が起きたんだ? ……ここは?」
周りを見渡して、疑問を口に出す。見渡すとベッド周りにカーテンが仕切りになっている。朽無博人はカーテンを手で引いて畳み、具体的に周囲を見ようとした。
「君に何が起きたか知りませんけれど、此処は病院ですよ」
朽無博人の言葉に反応してくれたのはカーテンを開けて見えた窓際の別途に横たわる同じくらいの歳の女の子だった。女の子は朽無博人と目を合わせると微笑んだ。
「初めまして」
その子の笑顔は窓から刺す光に照らされているせいか、それとも俺自身がそう見えたのか、太陽のように明るく見えた。
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