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「記憶を無くす前、あなたは恐らく私に惚れていました。私もあなたに惚れていたので、敏感に感じ取れたのです」


 私はそれを聞いて得心がいった。道理であっという間に惚れてしまった訳だ。


「それでもあなたは亡くなった結婚相手のことが忘れられず、私の告白を拒否しました。私はショックを受けて自殺を図りました」


 私は絶句した。


「飛び降り自殺でした。あなたがそれを庇って頭を強く打ち、それが原因で記憶を失ったのです」

「君は、とんでもない人物なのだな」


 私はそう言って誤魔化すしかなかった。そういえば養子と言っていた。きっと彼女の精神状態も普通ではなかったのだろう。


「だから記憶を失ったあなたに再度告白したのです。二度と会うことの出来ない最愛の人を忘れた今のあなたなら、きっと私を受け入れてくれると」


 記憶を無くした私なら、確かに合理的に考えることが出来るだろう。私にはもう結婚相手のことが全く分からない。それにいつかは新たな恋を見つけなければならないことを考えると、彼女を拒否する理由はやはり無いのだ。


「受け入れるよ」


 私はそう言って凛を抱きしめた。


「君はこの絵の女性が誰か知っているのかな」

「ええ、知っていますよ」


 凛は手鏡を鞄から取り出して、私に見せつけた。


 長い黒髪が揺れて、肌が白かった。顔は小さくて、眠そうに薄く目を開いている。唇は赤くなかったが、ぷっくりしていた。


「ほら、ここ」


 凛は私の口元を指した。そこには黒子があって、まるで絵の女性と特徴が一致していた。


「今から口紅を塗ってあげる」


 凛は自身の唇に口紅を塗ると、そのまま私にキスをした。

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