華麗なる転生者☆空知晟生のハーレムな日々

一江左かさね

プロローグ

第1話 気が付けば転移

「間に合わなかった……」

 遠ざかっていく最終列車を見送り、空知そらち晟生せおは呟いた。

 就職して数年。

 少しだが会社の中に存在する明文化されていないルールが薄々分かってきた。それは生き方とでもいうものだろうか。

 課長や係長の期待に応え頑張れば、頑張っただけ仕事が増える。何でも相談しろと言う先輩は相談すると睨まれる。誰かを手伝えば気付けば自分の仕事にされている。明るく挨拶をしていれば、掃除のおばちゃん守衛のおじさんに掴まり長話に付き合わされる。

 その結果が、最終列車にも間に合わぬ時間の退社であった。

 タクシー乗り場を見る。

 そこには同じように終電を逃したサラリーマンたちが列を成していた。列に加わり大人しく待ったとして、直ぐに自分の順番が来るとは思えなかった。

 アパートまで一駅と、歩いて行けない距離ではない。

「……歩くか」

 冷えた夜空の下へと足を進めた。

 駅前テナントも次々と光を消していき、僅かに防犯用のライトだけを点すばかり。通勤時の賑わいが嘘のようだ。騒いでいるのは歳のいったサラリーマンだけで、自分もいつか酒を飲んで憂さ晴らしをするしかない存在になるのかと心配になる。

 通りかかりに見かけたATMで思い出す。メインバンクとしているモドコ銀行のものだ。子供を模したロゴマークと、可愛くないオリジナルキャラは好きでないが顧客サービスが第一なので利用している。つい先日も最新のセキュリティ対策で脳波認証が導入され、面白いので登録をしたぐらいだ。

 それにしてもセキュリティ対策という言葉は、セキュリティに対策するようで矛盾――――。

「あっそうだ、金をおろしとかないと」

 アパート代振り込みに来週の食費、結婚する同僚の祝い金と別口で出産祝い。なんやかやの出費が重なり十数万円が必要なのだ。仕事が忙しく使い道がない状態とはいえど出費は楽しくない。

 流石にATMは脳波認証もなく、カードと番号入力。中で機械が唸りを上げお金を数える間に、晟生は背面確認用の鏡を眺めた。

 自分の顔がこの数年で妙に老けたように見えてしまう。疲弊し生気のなさが目立ち、実年齢よりは一回りの上の印象を受けてしまう。猫背がいけないのかと背筋を伸ばしてみるが、あまり効果はなさそうだ。

 改めて自分を見るが、取り立てて特徴らしい特徴はない。よく言えば平凡、悪く言えばパッとしない。そんな顔立ちと雰囲気である。

「もっと格好良い、むしろ美人な感じで生まれたかったよ」

 ぼやきながらATMから出てきた金を取り出し財布にしまって再び歩きだす。

 なんと言うべきか、人生が上手くいってない。

 昔から居場所の無さを感じつつ生きてきたが、それは就職した事で酷くなるばかり。

 実家は弟が結婚した事で、帰省しても居場所がない。職場は上手く輪に溶け込めず、周りで交わされる話を聞くだけで居場所がない。

 常に孤独だ。

 駅前の歓楽街の端まで来ると、通り過ぎた飲み屋の看板が消灯され暖簾がしまわれる。追い出された酔漢たちが出てくるが、生憎と同じ方向に歩きだしてしまう。騒ぎながら歩道いっぱいに広がられ、フラフラとした足取りの歩みに道を塞がれてしまった。

「…………」

 追い越す事も面倒で道路の反対側に渡る事とした。

 意外に交通量が多く、しかも通りゆく車は意外に早い。速度も落とさず突っ切っていく。慎重に左右を見回しタイミングを計って横断。

 道路の渡り方を見れば、その人の性格が分かるかもしれない。無鉄砲に飛び出す人に、最初だけ急いで途中からゆっくりになる人、またはその逆。生き方は行動パターンにも現れる。その点で晟生は、何度も左右を確認した後に渡り、最初から最後まで速度を落とさない。

 再びアパートに向け歩きだし、しばらく行って近道に入る。

 左右は鬱蒼とした林で防犯灯の一つも無い道で、女性であれば絶対に通らないであろう。だが、ここを通るか通らないかで五分は違うのだ。この時間帯では、その差は大きかった。

 一旦そこに入って歩きだせば、都会の光のお陰で足下に不自由はない。車や街の喧騒が遠のき、仄かに植物の匂いが漂い、そして少し寂しい。

 深夜だというのに、どこかの家の二階には光が灯り楽しげな笑いを響かせていた。

 その生活感に深々と息を吐いてしまう。

「虚しいもんだ……」

 仕事ばかりの生活で感動する事も驚嘆する事もなく唯々諾々と日々を過ごしている。このままきっと、最期の瞬間すらも虚しさを噛みしめながら意識を閉ざすのかもしれない。

 実家は早々に結婚した弟が主導権を握ってしまい、肩身の狭い思いをするだけだ。お陰で里帰りをする足も遠のいてしまい、年末年始に少し顔を出す程度である。

「どこにも居場所がないんだよな……」

 日頃の疲れが出たのか、足取りも重くなる。

 考えてみれば、ここ最近は平均睡眠の半分程度しか取れていない。疲れているのも当然。このまま全てを投げ捨て、遠い場所に行ってしまいたい気分だ。

 とぼとぼと歩きながら、ふと背後に足音を聞いた気がした。

「ん?」

 振り向こうとして強い衝撃。

 鼻の奥がツンッとして頭の中がチカチカとする。そして――あっさり意識は深い闇に溶けた。

 …………

 ………

 ……

 …

 世界に光が灯るように、闇の中に白点が生じる。

 無であった自分に微細な何かが流れ込み、まどろみの中で自分が自分となっていく。意識は徐々に覚醒状態へと移行。ぼんやり微睡まどろんだ感覚の中でひとつずつ感覚を取り戻す。

 だが暗い。

 真っ暗な中に立っているようだ。そして何故か顔が酷く寒い。

「まさか、あの世!? って、そんなわけないか」

 晟生は呟き額に手をやり――ぎょっとする。確かに額に触れているが妙に硬い。なにより、指先に感触がないのだ。歩こうとして、しかし足が固定されているように動かず踏み出せない。身体を捻ろうとしても同様であった。

「どうなってる。拘束されてる!? ちょっと仕事は、遅刻する?」

 帰宅途中に意識を失い訳の分からない場所に居るのだから、普通は誘拐などを心配するだろう。それよりも会社に遅刻する事を気にしてしまう事が、晟生の寂しい境遇を現している。

「どうなってる。誰か居るなら、ここを開けてくれ! 出してくれ!」

 叫ぶ声が聞こえたのだろうか。短い電子音と共に前方で光が生じ、扉が上下に開きだす。

 そこから差し込む光は人工のものではない。もっと目映い太陽の光。どうやら既に夜は明けていたようで完全に遅刻だ。晟生は目を庇い何度も瞬きを繰り返し目を慣らしていく。そして光量に慣れたところで――戸惑った。

「は?」

 素晴らしく綺麗な晴天だ。それはいいが、その下に広がる景色は見た事もないものだった。

 乾燥した土色の大地が広がり、岩や石が影と共に陰影も強く照らし出されている。背の低い草が点々と生え、砂埃混じりの風に揺らめく。熱気が顔に押し寄せて来た。

「……なんだこれ」

 意識が完全にはっきりした晟生だが、自分がまだ寝ているのではないかと思った。

 荒野のような景色が続き、ビルや道路といったものどころか建造物が全く見当たらない。空気は乾燥したもので、吹き寄せる風は砂混じりで埃臭さを感じる。

 何か狭い箱の中に立って、それを見ているらしいのだが――それはそれとして、まず自分の状態がよく分からなかった。

「なにこれ」

 見下ろした身体は何やら甲冑のような、装甲のようなものに覆われている。

持ち上げた手もマニピュレーターとしか言いようがないものだ。一瞬、自分の身体が機械になったかと思ったがそうではない。本来の手や腕は内部にあり、動かせばその動きを完全にトレースして動くのだ。

 どうやらアニメなどでありそうな、強化外骨格のようなものを着用しているらしい。ただし、こんな物は現実で見た事がないし、どうして着用しているのかも分からなかったが。

 さらに確認すれば胴体と足は箱から伸びたアームによって掴まれている。だから全く動けなかったのだ。マニピュレーター状の手で叩いてみるが、金属音が響くばかりでビクともしない。

「くそっ、外れろ。外れてくれ」

 また短い電子音が響き、アームが外れ折り畳まれると壁面に収納された。

 理由を考えるより先に外へ歩きだしたのは、また掴まれる事を恐れただけではない。外の様子をもっと確認したかったからだ。金属音を響かせ進むが、足取りは普段となんら変わりがない。

 外に出て振り向くと箱があった。

 それは滑らかな白い金属質の素材で、角などは丸味を帯びた形状をしている。周りは荒野としか言い様がない景色が広がる中に、それだけが人工物として存在しているのだ。

「どうなってんだ?」

 自分の置かれた状況が全く理解出来なかった。

 景色も箱も、何より自分の着ている強化外骨格もだ。しかし謎はさらに増える。

「んっ? なんだ……」

 連続する音が聞こえてきた。

 徐々に強まり音源が姿を現す。ただし、晟生には自分が何を見ているのか一瞬分からない。脳が理解を拒絶しているような状態だ。

 それは疾走する女であった。

 まず驚くのはその衣装。羽根飾りの付いた白銀の額当てに、女性らしい胸の膨らみを具現した青味を帯びたブレストアーマー、そして白い分割スカートといった優美な姿。編んで束ねた長い金髪に、整った顔立ち。

 何より驚くのは、女の大きさだ。近づいた姿は見上げねばならない。

「なんだこれは、夢なのか!?」

 驚きのあまり思わず叫べば、女の翡翠色をした瞳がギロリと動く。

 本来の位置に存在する両眼の他に、眉間に開く第三の眼が存在している。その三つの眼で睨まれる事は想像以上に迫力があった。だが、意外な事に晟生の姿を捉えるなり戸惑いの表情を浮かべているではないか。

 青鎧の女は、そのまま目の前を横切っていく。

 こんな時でも男のさがとして、女性の姿を目で追ってしまう。分割スカートの間に見える白い足が気になってしまうぐらいだ。

 走りながら彼女は空中に生じさせた槍を掴む。まるでアニメか何かのような光景だ。そして斬りかかる相手は――。

「蛇!? なんて大きさ!」

 見上げねばならない青鎧の女と大差ないサイズの蛇、しかもそれは双頭だ。

 鎌首をもたげ細い舌をチロチロと出し、大口を開き恐ろしげに威嚇をしている。両者が友好的でない事は明白で、まず大蛇が身をくねらせ動いた。

 襲いかかる双頭に対し、青鎧の女は即座に反応。

 跳び退きながらの槍を振るい、片方の首へと振り下ろす。刃は弧を描き、蛇の頭が軽々と刈り取ってしまう。それでも残りの首が怯まず襲いかかるのだが、しかしそれも青鎧の女の片手に掴み取られ締め上げられてしまう。

 神話の戦いが目の前で繰り広げられていた。

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