鬼が汚れと誰が言う
まいこうー
彼女は鬼になりにけり
「もうさくっと告白してしまえばいいんじゃないですかね」
「お前本当にバカだな。薄々感づいてたが頭悪いだろ、猫屋敷」
「頭の良し悪しは勉学に伴ったものだけとは限らないと僕は思いますけどね」
「それもう、頭悪いって認めてるじゃねぇか」
「家業のせいで学校には通わせてもらえなかったので」
「それはまぁ……、どんまい?」
まさかそんなブラックな過去が掘り起こされるとは思ってもいなかった。
街の中心に建てられたどでかい屋敷の縁側で茶を啜りながらする話ではなかったのかもしれない。
俺の恋バナにしても猫屋敷の幼少期にしてもだ。
隣で同じく茶を啜る猫屋敷はなんてことない涼しい顔をしているが、こいつの家業がどれほど過酷であるかなど、経験は浅いが同業者の俺にも十二分にわかることだった。
それが当主ともなればなおさらだろう。
きっと、俺が一生知ることのない汚れ仕事だって沢山あるはずだ。
叶うはずのない自身の恋愛を少しからかわれたくらいでムキになり過ぎたかもしれない。
もうすぐ29歳。
来年には30歳という大台を迎える成人男性として、あの返しはあまりにも幼稚だったか。
柄にもなく反省し、茶を一口。
やはり名家で出される茶は違う。
一般家庭で育った俺には茶の味の違いなど大してわからないのが実状だか、猫屋敷邸で出されるものに限っては素直にうまいと感じられた。
「それで、琴子さんの様子はどうですか? どうにもその辺の情報が曖昧でこちらも動きにくいんですよね」
「猫屋敷の権力があるのにか?」
「淀盾さん、それは勘違いですよ。僕達が所属している『郭』という組織はそんな簡単な構成ではないんですよ。権力と言ってもそれぞれ担当が違いますし、第一猫屋敷は万屋の分家です。実験や研究を十八番としているのは百足屋ですからね。それぞれの領域のことはあまり漏洩しない主義ですから」
「それで組織と言えるのかね」
「僕もそう思いますけど、昔から続いていることですからね」
何時も薄っぺらい笑顔ばかりを浮かべている猫屋敷の表情が曇る。
どのお家にも所属していない所謂『籠の外』である俺には、何が猫屋敷をそんな表情にするのかその真意までは読みとれない。
ただ、人間として猫屋敷と万屋の面々には好感を持っているので、俺はこうしてその二家を中心に活動をしているわけなのだが。
「おっ、淀盾じゃねぇか。久しぶりだな。どうだ、元気だったか」
「淀さんこんにちは」
「あぁ、万屋親子か、どうも。俺はこの通りピンピンしてますよ。籠の外はフリー業なんで、なかなか仕事が安定しなくて。何かいい仕事ありません?」
ヒラヒラと手を振りながら現れたのは、先ほど話に出ていた万屋の当主と娘だった。
ボロボロの麦わら帽子に半袖短パンと、一社会人としてどうなのかと疑問を持ってしまうファッションで登場した万屋当主は、振っていた手で無精ひげを撫でながらこちらへ近づいてくる。
反対の手では幼い愛娘の小さな手をしっかり引いており、こんな恰好をしていても人の親なのだなと感心する。
幼稚園の迎えの帰りなのだろう、娘の李由ちゃんの頭の上には黄色い帽子が乗っかっている。
「李由、あっちで犬と遊んでおいで」
「えー、猫さんと淀さんとお話したい」
「パパが先にお話しするから。李由はその後。それまで犬を独り占めだぞ。やったじゃないか」
「お父さんばっかりずるい。どうして李由は1番じゃないの?」
「パパが先に約束してたから。約束は守ろうって幼稚園の先生も言ってたろ?」
「んー……わかった。お話が終わったら李由に教えてね。約束ね」
「約束だ」
「猫さん淀さん、後でね」
彼女の中で疑問は解決したのか、笑顔で手を振り裏口へと駆けて行く李由ちゃん。
かわいいな、なんて顔を緩ませながら手を振り返せば、「俺の娘に媚びるな」と理不尽な鉄拳が脳天を直撃した。
「家の狐を犬呼ばわりするのは止めてもらえませんかね?」
「狐も犬も似たようなもんだろ。四足歩行だし」
「全然違います。随分と雑なカテゴリ分けですね」
「まぁ、李由が楽しいなら狐でも犬でもどっちでもいいがな」
不服そうな猫屋敷の言い分を万屋当主はどうでもよさそうに流し俺の隣に腰かけた。
猫屋敷の機嫌が多少なりとも悪いことはわかるのだろう。
実験や研究が百足屋の十八番であるなら、動物使役が猫屋敷の十八番。
自分が使役する大切な狐達をバカにされたのが気に食わないらしい。
いつも温厚な猫屋敷だが、自分のテリトリーに関しては結構心が狭かったりする。
「っていうか万屋当主、娘を溺愛し過ぎてキモイな。パパとか言った時は鳥肌もんだったぞ、マジで」
「父親ってのは娘を溺愛するもんだ。お前はもう少し口を慎め。仮にも年上で万屋の当主だぞ」
「当主らしく扱って欲しいなら、まずはその格好を止めて猫屋敷を見習え。毎日毎日きっちり着物着こなすなんて、現代人にはなかなかできないぞ。本当、見てるだけで息苦しくなる」
「あ、無理だわ。あんな堅苦しい格好とか想像するだけで気分悪くなる。猫屋敷は服装だけは偉いなと毎回感心してる」
「すみません御二方とも。褒めるか貶すがどちらかにしてもらえませんかね。出来れば褒めていただきたいのですが」
「いい大人が褒めて欲しいとか言うんじゃねぇよ」
歳をとってもくだらない話というのは盛り上がるもんだ。
「俺からすれば万屋当主はただの娘を溺愛するただのダサい父親だよ」
「なんだそれ、最高だな」
万屋当主が心底楽しそうに笑った。
きっと世の中の大半は娘を溺愛するダサい父親ばかりなのだと思う。
娘からカッコイイなんて言われる父親なんてほんの一握りで、ほとんどその言葉欲しさに頑張る情けない父親で占められている。
そんなありふれた父親像を本気で最高などと言ってのける、言えてしまうことに万屋当主の影の部分を垣間見た気がした。
「それはそうと淀盾、琴子ちゃんは最近どうなんだ? もたもたしてないで告白した方がいいぞ。後悔したくなかったらな」
「あんたもか」
頼むから放っておいてくれ。
後悔なら、もう何十回としてるんだから。
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