第42話 暴走
まず、リアが前に出た。闇雲に突っ込んでいるように見えるが、トラマルへの意識を自分に向けるための策略である。メリルもそれはわかっていたが、猛スピードで接近してくるリアを放っておくことも出来ず、結局リアに対して光魔法を使うことになった。
「くっ!」
光弾がリアの側を通り過ぎる。リアはそれも臆することもなく、メリルに接近していった。
(わかったことは、メリルの光魔法は命中率が高くない。おそらく、まだ完全に制御できていないんだ。当然だよね。メリルも、私と同じ『勇者』候補ってだけだもん)
光魔法は『勇者』にしか使えない魔法だという。だが、その力は強大で、もっとも真の『勇者』に近いといわれているメリルでも使いこなせてはいない。これは、リアたちにとって唯一ともいえるアドバンテージだ。使わない手はない。
「下手に避ける必要もなし! 女は度胸だぁ!」
リアは一直線にメリルのもとに突撃していった。メリルも光魔法で迎撃したが、当たらなければ意味がない。ついには懐に入り込まれ、聖剣を使って迎撃することになった。
「近づかないでください!」
「嫌よ! 嫌われたって、くっついてやる!」
リアは聖剣に斬られる可能性を無視したかのように攻撃一辺倒だった。攻撃は最大の防御というが、今のリアがまさにそうだっただろう。あまりの猛攻に、メリルも反撃の隙を見出せないでいた。
そこに、隠れていたトラマルがメリルの後ろから現れた。
「影縫い!」
影のナイフがメリルの影を縫いとめた。メリルの動きが、一瞬止まった。
「今よ!」
リアの剣が、メリルの胸を大きく裂いた。
「きゃあぁぁぁ!」
傷は浅い。剣が錆びているため、傷は大きいが、浅くしか斬れなかったのだ。それでも、メリルの精神的ショックは大きい。
「き、傷が……。私の体に……傷が……」
メリルは胸の傷口を押さえ、跪く。その隙に、トラマルがとどめを刺そうと影のナイフを振り上げた。
「これで……!」
だが、これで終わりにしてくれるほどメリルはやさしくなかった。
「嫌あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
突然の魔力の放出。辺りが一瞬で光に包まれた。何もなかった地面にお菓子の壁が出来る。椅子が出来る。テーブルが出来る。まるで夢の国に迷い込んだような、そんな光景だった。
「暴走か!?」
強いショックを与えすぎた。メリルは正気を失い、闇雲に魔力を暴走させている。
「ちょ、ちょっとトラマル。これ、どういうことよ。こんなの、私、聞いていないんだけど!?」
「ビュレットの町にいた時に気づけよ! ビュレットの町は、メリルの魔力によってつくられていた。その魔力が、お前が攻撃したショックで暴走し出したんだ」
「わ、私のせい!?」
「お前がそんな切れ味の悪い剣を使っているせいだな」
「これ、あんたからもらった剣なんだけど!?」
「だから、普通ならもっといい剣に買い換えているはずなんだよ! それくらいの頭も働かないのか!」
言い争っている二人の間を、メリルの魔法の光が通り過ぎていった。
「ぬわっ!」
「ぬわっ!」
二人は同時に飛び退る。二人の間を割っていった光線は、岩に当たってその岩をお菓子の家にしてしまった。もしこれが人間に当たっていたら、どうなっていたことだろう。
「か、考えたくないわね……」
「今は余計なことを考えるな。メリルを止める。それだけを考えろ!」
「わかっているわよ」
リアはそう言ったものの。常時おかしな光線を出しているメリルにどう近づけというのか。例え近づけたとしても、この錆びた剣でメリルを倒すことが出来るのか。
そんなリアの不安に気づいたのか、トラマルがリアの肩を抱いた。
「へ!?」
「安心しろ。俺は、〈影の一族〉だ。今だけは、今の影になって、お前を守ってやる。だから、全力で突き進め!」
「全力で突き進めって、あの中を!?」
リアが指差したのは、四方八方におかしな光線を出しているメリルの姿だ。今からあの中に突き進めと言われても、誰もがしり込みすることだろう。
「リア!」
「は、はい!」
トラマルは、はじめてリアを名前で呼んだ。
「俺を、信じろ!」
リアはトラマルの瞳の中に吸い込まれそうになった。それほど、トラマルの目は純粋な瞳だった。これを信じれない人は、もはや人間ではない。
リアは恥かしそう目をそらしながら、呟いた。
「わ、わかったわよ」
納得したのか、トラマルはリアから手を離し、メリルのほうを向く。そして、いつものあのセリフを高々に言い放った。
「我が名はトラマル。〈影の一族〉として命ずる。その黒い鎖で絡めとられた呪縛を解き放ち、我の血肉となり踊り狂え!」
影が、光を支配する時間がやってきた。
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