第16話 おかしな町
ビュレットの町。海と山の間に存在するその巨大な町は、おかしな町だった。何がおかしいのか。それは……。
「おかし……」
「ああ、おかしだな……」
トラマルとリアはビュレットの町に入るための門を見上げる。その門も、町全体を覆っている壁も、壁の中にある町並みも、すべてが……。
「お菓子じゃん!」
「ああ、お菓子だな」
まるでメルヘンの国にでも迷い込んだような、そんな光景だった。ビュレットの町に存在する建物すべてが、お菓子で出来ているのだ。リアはためしにクッキーの壁を錆びた剣で削ってみたが、ポロポロとクッキーが崩れて壁としての役割を果たしているのか甚だ疑問だった。
「不思議な町もあったものねー」
「まあ、世界にはいろいろな町があるみたいだが、この町は特に異常だな。何でも、たった一人の魔法使いの力によってこのお菓子な町を維持しているらしいぞ」
「ふへぇー。たった一人の魔法使いかぁ。どんな人なんだろう?」
「さあな。別に知る必要もない。問題は、俺たちはこのお菓子な町を通らないといけないということだ」
「海や山の道を行くわけにはいかないもんね。それだと、時間がかかっちゃう」
「ああ。それで、この町を通らせてもらおうと思ったんだが……」
トラマルとリアはビュレットの町の入り口に立てられた看板の目の前にいる。その看板に書かれていた文字というのが、
『ここから先、カップル限定』
というものだった。
「どんな町だよ!」
「どんな町だよ!」
おかしな町です。とは誰も言わない。だが、トラマルとリアの気持ちとしてはそんなものだっただろう。
「おい。馬鹿女。俺はなんとしてでもハチェットの丘までいかないといけない。それはわかるな?」
「え、ええ。私も二日以内にあなたを捕まえて帰らないといけないのよ」
「つまりだ。ここは協力するところだ。わかるな?」
「わ、わかるけど、わかるけどぉ……」
リアは頭を抱えながら悶絶した。リアは人生の中で今までに男性と付き合ったことはない。それなのに、ここから先はカップルでなければ進めないという。つまり、一時的にしろ、トラマルと恋人同士になれということなのだ。
「ふ、不本意だわ……」
「お前以上に、俺のほうが不本意だよ……」
「はぁ!? あなたはいいでしょう!? こんな美少女の恋人になれるんだから」
「誰が美少女だ。俺はお前みたいな頭がお花畑みたいなやつと恋人になりたいと思ったことなって一度もないわ!」
「そう。それなら知らないわよ! あなた一人で、このお菓子な町を通ってみなさいよ!」
「お前が協力してくれないならそれでもいい。俺はこのお菓子な町を迂回して、山道を通る。別に俺はあと何日かかってもハチェットの丘に着けばいいんだからな」
トラマルはそういうと、踵を返してビュレットの北にある山のほうへと歩き出した。
「待って! ごめんなさい! 私が悪かったから! お願いだから一緒にこのお菓子な町を通ってよ! 一日も早くハチェットの丘に行きましょうよぉ!」
リアはトラマルの足にしがみついた。トラマルの足は止まったが、その冷たい視線がリアを突き刺す。
「よし。それならここからは俺の指示に従え。表向きは恋人同士だが、本質は主人と奴隷だ。わかったか」
「主人と奴隷って、『勇者』の私がぁ!?」
トラマルはスタスタと歩を進めた。その足に再びリアがしがみつく。
「待って! わかったから! 奴隷でいいですから! だから逃げないでよぉ!」
「絶対だな。絶対に、命令には逆らうなよ?」
「うぅ……。はい」
こうして、トラマルとリアは不本意な形でお菓子な町、ビュレットに入っていった。入場の際は恋人同士手を繋ぎましょう、という門番の指示も、二人は無心で実行した。
(私、『勇者』らしいこと、一度もやっていなくない?)
お菓子な町の中は、外から見る以上にお菓子な町だった。
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