第14話 サイゾウ
トラマルの出現により、仮面の男たちが十人ほど、闇の中から出てきた。リーダーである赤い男を守ろうとしているようだった。手には相変わらず鋭いナイフを装備している。シャドウ・スコーピオンの標準装備なのだろうか。
「待て」
赤い男は手を軽くあげ、仮面の男たちを制止した。仮面の男たちは、訓練された兵隊のようにピタリと動きを止める。
「ここはいい。お前たちは、あっちを片づけろ」
赤い男は顎でリアのほうを指した。数ではシャドウ・スコーピオンが上回っているが、状況としてはリアのほうが優勢のようだった。シャドウ・スコーピオンが弱いというよりも、リアが想像以上に強いのだろう。
「し、しかし……!」
「こっちは大丈夫だ。行け!」
赤い男の指示を受け、仮面の男たちは全員リアのほうへと襲い掛かった。リアと戦っていた仮面の男たちと合わせて、十数人にもなる。その圧倒的な数の暴力に、さすがのリアもたじろいでしまう。
「え、ちょっと、それは、ずるくない!?」
リアは後ずさりし、それでもなおその場にとどまろうとしたが、砂煙を上げて突き進んでくる仮面の男たちを見て、恐怖心がまさった。リアは仮面の男たちに背を向けて逃げ出した。
「一人の女の子に対して、それは卑怯よぉー! 誰か助けてー!」
リアは地下通路の奥へと走っていった。仮面の男たちも追う。そして、広い地下空間に残ったのは、赤い男とトラマルだけだった。
「二人きりになれたところで問おう。なぜ、俺の名前を知っている」
「ふっ。わからないか。まあ、わからないのならそれでいい」
赤い男は手に持っている七色の指輪をトラマルに見せた。
「お前の目的は、これだろう?」
「……そうだ」
七色の指輪。それは、ただの指輪ではない。トラマルにとっては、命よりも大事な指輪だった。
「健気だな。主が死んでも、まだお前は死に切れないのか。こんなものにすがって、醜く生きるつもりなのか?」
「何とでも言うがいい。だが、それは返してもらうぞ」
「ふむ……」
赤い男は七色の指輪を指で摘まんで考え込んでいるようだった。そして、ニヤリ、と笑って次にとった行動は……。
ゴクリッ。
「……!」
何と、赤い男は七色の指輪を飲み込んでしまった。そのいやらしい笑みが、仮面の奥から覗き込んでいるように見えた。
「嫌だね! 俺は昔からお前が嫌いだったんだ。お前が苦しむのなら、どんなことでもしてやるよ!」
「くっ……。そこまで俺に恨みを持っているとは、お前、、まさか……!」
「気づいたか? ようやく気づいたか。そうだよ。俺は……」
赤い男は仮面を外す。その仮面の下には、醜悪なギョロ目の男の顔が出てきた。その目は、まっすぐにトラマルを見つめている。まるで蛇を連想させるような目だった。
「俺は、〈影の一族〉、火影のサイゾウ! お前と〈影の一族〉の頭領の座を奪い合って、卑怯な戦略によって一族を追われた男さ!」
「何が卑怯な戦略だ。あれは皆の合議で決まったことだ。お前は頭領にふさわしくない。俺がなったほうがマシだってな」
「その結果がこれか? ヴァルゴ王国は壊滅。お前の好きだったマリア姫はどうなった? 苦しかっただろうなぁ。悲しかっただろうなぁ。最後に残ったのは、いつも姫がはめていた七色の指輪だけだ。だが、それも今では俺の胃の中だけどな!」
赤い男。サイゾウは自分の胃の位置を指差して笑った。トラマルを挑発しているのは明白だ。トラマルは冷静になろうと努めようとするも、その目には怒りの炎が宿っていた。
「御託はいい。わかったことは、お前を殺して、腹を裂くしかないということだ」
「できるのか、お前に?」
「あのころとは、違うさ!」
トラマルは影のナイフを構え、戦闘態勢に入った。左のナイフを前に、右のナイフを少し後ろに引いた。
「ほう。いい構えだ。だが、俺も昔の俺ではないぞ?」
サイゾウは右腕を前に出し、不敵な笑みを浮かべた。次にその手から何が出るか、トラマルは知っている。
「ちっ。あれか!」
トラマルは一度後退し、距離を取ろうとした。
「逃がさん! 我が名はサイゾウ。〈影の一族〉として命ずる。その赤い鎖で絡めとられた呪縛を解き放ち、我の血肉となり踊り狂え!!」
サイゾウの手のひらから、真っ赤な炎が出現した。その蛇のようにのた打ち回る赤い鞭は、確実にトラマルに迫っていた。
「火影!」
トラマルはバックステップで炎の鞭を避けながら、暗闇へと姿を隠した。だが、炎の鞭はその暗闇をも薙ぎ払う。なんでもない岩でさえ、その炎によってはドロドロの溶岩のようになってしまった。
〈影の一族〉は影を使って様々な攻撃を繰り出す。その中でも、サイゾウの影は特殊だった。影を燃やし、炎の影を操るという、まるで魔法のような影の使い手なのだ。その技の名前を『火影』という。その攻撃性は見ての通り、凶悪なまでの威力だった。
「どうした! 逃げてばかりでは、指輪は取り戻せないぞ!?」
「くっ」
トラマルは炎の鞭から逃げるように動き回った。だが、さすがのトラマルも炎の光より速く動けるわけではない。ついには炎の光に照らされ、その姿をサイゾウに発見されることになった。
「見つけたぜ! 唸れ、火影!」
炎の鞭がさらに燃え上がった。その火炎が、トラマルに襲い掛かる。
「くそっ! 影縫い!」
トラマルは手に持っていた影のナイフを投げた。そのナイフは、影であるはずの炎の鞭に刺さり、その動きを停止させた。影を縫い止める、『影縫い』という技である。普段は影を縫い止め、動きを封じる技だが、対〈影の一族〉では相手の攻撃を防ぐ技ともなりえる。
サイゾウが操る火影は地面に縫い付けられた。だが、そこは炎の影だ。サイゾウはすぐに縫い付けられた火影を消し、違う火影を出現させる。
「無駄無駄ぁ!」
新たなる火影がトラマルを襲うとしていた。そのとき。
「いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
「あ?」
砂煙を上げ、トラマルとサイゾウのもとに突進して来る人物がいた。リアである。いや、一人ではない。集団だった。後ろには十何人もの仮面の男たちを引き連れている。そのヌーの大軍のような一団は、ものすごいスピードでトラマルとサイゾウの間を駆け抜けていった。
「馬鹿女!?」
「あ、トラマル。助けてぇ!」
集団の先頭を走るリアは、トラマルの姿を確認すると方向転換をし、その黒い塊をトラマルに向けて突進し出した。
「馬鹿! 来るな! お前一人で撒け!」
「嫌よ! どうせ追われるなら、トラマルも一緒に追われればいいのよ。そうすれば、私の苦しみをわかってもらえるわ!」
「わからねえよ! 何でわからないといけないんだ。お前は囮なんだから、囮らしく囮をすればいいんだよ!」
「あんたが勝手に囮にしたんでしょうがぁ!」
そんな言い争いをしながら、トラマルとリアは仮面の男たちに追われだした。サイゾウは振り上げた火影をおろす場所を失い、黙って薄暗い地下空間の中で動き回っている集団を眺めていた。
「どうするんだよ、これ」
下手に火影でトラマルを攻撃してしまえば仲間である仮面の男たちも巻き添えにしてしまいかねない。かといって、このまま見ていても勝負はつかないだろう。
「おい、馬鹿女」
トラマルは並走するリアに少し近づき、話しかけた。
「作戦がある。俺の言うとおりにしろ」
「はぁ!? またあんたの言うことを聞けっていうの!? 嫌に決まっているでしょう!」
「どの道、このままだと俺たちは体力が尽きて共倒れだぞ」
「ふふん。私は仮にも『勇者』よ。体力には自信があるわ」
「……ちなみに、あとどれくらいなら持つ」
「三分!」
「バテバテじゃねえか!」
リアの言うことを信じるとしたら、もうあまり余裕はない。トラマルは走りながら手短に作戦を伝えた。
「そ、そんなこと出来るの?」
「出来る!」
と思う。とまでは言わなかった。その言葉に、リアは勇気をもらったのか、大きく頷いた。
「わかったわ。やってみる。今回だけ、あなたの作戦に乗ってあげるわ」
「助かる」
二人はアイコンタクトをとると、同時に九十度の角度で方向転換をした。
「ん?」
その向かう先は、火影を振り上げたまま固まっていた、サイゾウのもとだった。仮面の男たちも引き連れ、トラマルとリアはサイゾウ目掛けて突進していった。
「な、何!?」
「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
黒い塊となった一団がサイゾウを襲う。これにはサイゾウもどうしようもなく、すぐさま逃げる体勢に入った。
「させるか、影縫い!」
「うぐっ!」
逃げ出そうとしたサイゾウは、自身の影を縫われて動きを封じられてしまった。足を動かそうと思っても動かせない。そこに、先頭を走るリアが突進してきた。
「と、止まれぇ!」
「それは、あんたの部下に言いなさいよぉ!」
リアはそのままサイゾウの腹部にタックルを食らわせた。
「ぐふっ!」
サイゾウは悶絶し、その場にうずくまる。転がりまわりたいが、影を縫われているのでそれすらも出来ない。
さらに不幸なことに、いや、これもトラマルの作戦なのだが、リアを追いかけている仮面の男たちが勢いそのままに苦しんでいるサイゾウに接近していた。
「お、お前たち……、ちょ、と、止まれ……!」
だが、リアしか見ていない仮面の男たちは、息も絶え絶えになっていたサイゾウの言葉は耳に入らなかった。
そのサイゾウに、黒い大群が襲い掛かった。
「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
ドガッ、ベキッ、ドゴッ、と鈍い音を立ててサイゾウは黒い大群の下敷きになった。
「ん? 何か踏んだか?」
「いや、気のせいじゃないか?」
仮面の男たちはそのままリアを追ってまたしても闇の中に消えていった。
サイゾウは気絶した。腹部を強打したサイゾウは胃の中のものをすべて吐き出しており、七色の指輪も地面に落ちていた。
そんなボロボロになったサイゾウのもとに、黒い影が現れた。
「ふむ。腹を裂く手間が省けたか」
トラマルだった。トラマルは胃液まみれの指輪を拾うと、手ぬぐいで綺麗にしてから懐にしまった。
「まったく、汚いまねしやがって」
これに懲りてサイゾウも大人しくなればいいが、期待は出来ないだろう。だが、今のトラマルにとってはどうでもいいことだった。そして、目的を達成したトラマルは、闇へと消えていく……。
「いや、消えないでよ!」
トラマルの後ろには、またしてもリアが迫っていた。さらにその後ろには仮面の男たちだ。
「助けてくれるんでしょう!? 約束でしょう!?」
「げ、もう戻ってきやがったか」
「逃げるつもりだったのね!」
リアは逃がさないと言わんばかりにトラマルに抱きついた。死なばもろとも。トラマルも一緒に地獄に落とすつもりなのだ。
「馬鹿。放せ」
「はーなーさーなーいー! もう、私は体力の限界なのよ! あなたが助けてくれないのなら、このまま一緒に死んでやる!」
「怨霊か、貴様は!」
「私が死んだら、本当に怨霊になるわよ? いいの? 呪うわよ?」
「わかった! わかったから離せ!」
トラマルは仕方なく、リアを抱えて闇に消えていった。〈影の一族〉であるトラマルに、さすがのシャドウ・スコーピオンもリーダーのサイゾウがいなければ追うことができなかったようだ。
こうして、トラマルは大事な荷物である七色の指輪を取り戻すことが出来たのだった。
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