第13話 『はじまりの勇者』

「……」


「……」


「……おい」


「……何?」



 トラマルの足がピタリと止まった。それにあわせて、後ろにいた人物も足を止める。



「何で、ついてきているんだ? お前」



 トラマルの後ろにはいたのは、やはりというべきか、当然というべきか、錆びた剣を腰に差しているリアであった。



「だって、私、どこに行けばいいのかわからないし、暗いところ、苦手だし……」


「お前、本当に『勇者』かよ……」



 トラマルは手を額にやって首を横に振る。こんな『勇者』はいまだかつて見たことがない。



「確かに『勇者』の称号は王様からもらっているけど、私、仮の『勇者』だもの。私は真の『勇者』じゃないわ」


「ああ、『はじまりの勇者』の候補生か。たいしたものじゃないか」


「そう。さすが〈影の一族〉。そのくらいは知っていたのね」



 レオ王国は建国時に、『はじまりの勇者』と呼ばれるものがいた。その『はじまりの勇者』の活躍により、異国の地を切り取り、現在のレオ王国を造ったという。その『はじまりの勇者』は多くの子宝に恵まれたというが、長い年月が流れるにしたがって『はじまりの勇者』の血は子孫とともに薄くなっていった。それにともなって、自分は『はじまりの勇者』の子孫だと偽る輩も出てきたという。


 ついには本当の勇者の血筋がわからなくなったことを憂えた現在のレオ王国の国王は、新たに『はじまりの勇者』を造ることを考えた。それは、王国が勇者になりうる人材を探し出し、仮の勇者として王国で雇うことだった。


 百人を超える仮の勇者の中から、実際に実績を積み上げたものを真の勇者として祭り、新たに『はじまりの勇者』を造り上げようというのがこの計画である。


 つまり、リアはその『はじまりの勇者』になりうる勇者候補生といったところだ。



「しかし、お前みたいな馬鹿女が『勇者』候補とはねぇ。世も末だな」


「そんなにはっきり言わなくてもいいじゃない! 私だって、自分が『勇者』に向いていないことくらい、わかっているわよ……」


「まあ、どうしてお前が『勇者』候補になったかは知らないが、俺が気にすることではないな。聖剣をなくした『勇者』なんているはずがないし、もう『勇者』になることは諦めろ」


「うぐぐぐぐ……。あんたにそんなことを言われると、意地でも『勇者』になりたくなってきたわ」


「何でだよ」


「大体、聖剣が折れたのも、聖剣を失ったのもあんたのせいなのよ!? 責任をとって、私を『勇者』にするために働いてもいいはずよ!」


「どんな理屈だ。さっき『何でもしますから助けてください』って言っていた同じ口から発せられている言葉とは思えないな」


「ふふふ。牢屋から出てしまえばこっちのものよ。そんな発言は意味をなさないわ!」


「それが『勇者』の言葉か!」



 トラマルとリアが『勇者』に関して話している間に、二人は開けた空間に出てきた。その奥には、一際異彩を放っている仮面の男がいた。



「あれは……」



 仮面は周りのシャドウ・スコーピオンと同じものだが、着ている服装が違った。燃えるような赤。それが、シャドウ・スコーピオンのリーダーと思わしき人物の服装だった。



「目立つな。影に隠れるつもりもなし。やつがここのリーダーか」


「うわぁ……。悪趣味な服装」



 身も蓋もない言い方だが、確かにいい趣味とは言えなかった。だが、そんな赤い男の手許にあるものを見た瞬間、トラマルの目が見開かれた。



「あれは……!」



 綺麗な指輪だった。光に照らされると、七色に光る。見るからに、高価そうな指輪だ。その辺の宝石店でも、あれほどの指輪を扱っている店はなかなかないだろう。



「間違いない。俺の荷物から持ち出されたものだ」


「へぇ。あんた、あんな綺麗な指輪持っていたんだぁ。似合わないわね」


「何とでも言え」



 トラマルはこの空間にいる仮面の男たちを確認した。目に見える人数は六人。暗闇に姿を隠しているものもいると考えると、十人ほどと見積もったほうがいいか。



「さすがに一人はきついな」



 トラマルはチラリ、と隣にいるリアを見てみたが、すぐに視線を外す。



「どうにかして一人であの指輪を奪還する方法を考えるか」


「今見たよね!? 目が合ったよね!? 何何? 協力してほしいの!?」


「何でそんなにうれしそうなんだよ」



 リアはここぞとばかりにトラマルにアピールする。それもそのはずで、リアとしてもあそこにいるシャドウ・スコーピオンのリーダーを捕らえないといけないのだ。しかし、一人ではどうしようもない。トラマルに手伝ってもらおうと思っていた矢先のあの一言だ。飛びつかないほうがどうかしている。



「仕方ないわね~。協力してあげるわ。これ、一つ貸しだからね」


「貸しの押し売りも甚だしいな。それなら、俺がさっき牢屋からお前を助けた貸しはどうなる」


「小さいことは気にしない! いい、作戦はこうよ。あなたが囮になっている間に私がこっそりとあの赤い男に近づいて倒す。シンプルだけど、効果的な作戦よ」


「なるほど。確かにな」



 珍しくトラマルがリアの言うことに同意したように思えた。だが、それは甘い考えだったとすぐに気づく。



「では、その作戦でいくか。ただし……」



 ドンッ、とリアの背中が押された。



「へ?」



 リアはバランスを崩し、シャドウ・スコーピオンたちが集まっている薄明かりの中へと進んでいく。そして、盛大に砂埃を巻き上げてこけてしまった。



「痛たたたた」



 リアは慌てて自分を押したトラマルのほうを見た。



「ただし、囮はお前の役目だ」



 声は聞こえなかったが、口の動きからははっきりとそう読み取れた。



「あ、あいつ~!」



 リアは怒りで拳が震えた。今すぐ文句を言うために戻ろうとしたが、それもすぐに叶わなくなった。



「おい。お前。ここで何をしている」


「へ?」



 気がつくと、リアは四人の仮面の男に囲まれていた。その男たちのすべての視線が、リアに集まっていた。逃げられない。戦いの素人でもわかる状況だった。



「い、いや~。今日はいい天気ですね」


「ここ、地下だぞ」


「みなさん、顔色がよろしいようで」


「全員、仮面を被っているんだが」


「私と、デートしてみたくないですか?」


「お金をもらってもしたくないな」


「え? 何それ。それはちょっとひどくない?」



 何とか仮面の男たちの気をそらそうとしたリアだったが、あまりにも会話が下手すぎてそらすどころかさらに注目を浴びていた。囮としてやったのなら、これほどまで優秀な囮はいないだろう。



「お前、牢屋に閉じ込めていたはずの女だよな。どうしてここにいる。どうやって逃げ出した」


「えーと、えーと……」



 うまい言い訳が見つからないリアは目が泳いで誰かに助けを求めようとした。だが、ここにリアを助けてくれる人物など一人もいない。リアは完全に、追い詰められたのだ。



「えーい。もう面倒だわ! 片っ端からやっつけてやる!」



 リアは錆びた剣を抜いた。切れ味は悪そうだが、敵を気絶させるくらいは出来そうだった。



「やるつもりか! 大事な商品だ。出来るだけ傷つけずに捕らえろ!」


「おおっ!」



 四人の男たちはよく斬れそうなナイフを取り出した。リーチならリアの剣に分があるが、如何せん錆びた剣だ。総合的に見れば、仮面の男たちの有利は揺るがないだろう。



「仮でも私は『勇者』よ! その実力、思い知らせてあげるわ!」



 リアの目の前に二人の仮面の男が飛び出してきた。二つのナイフが、リアの腕を襲う。剣を持てなくして、戦闘力を奪う作戦だろう。リアを賞品として売るのならば、顔を傷つけるのは絶対に避けたい。だからこその、腕を狙った作戦なのだ。


 迫りくるナイフを、リアは姿勢を低くして弾き飛ばした。



「何!?」



 キンッ、という金属が弾かれる音とともに、二人のナイフは宙に舞った。あまりの早業に、男たちは思考が追いついていない。



「まだよ!」



 動きが止まった男たちに、リアは思いっきり錆びた剣を斬りつけた。刃先が錆びているので斬るというよりは叩くといったほうが正確だが、とにかく斬られた男たちは悶絶し、その場にうずくまる。



「こいつ、強いぞ。油断するな」



 残された二人の男たちは警戒を強くした。ただの馬鹿な女だと思っていたリアが、剣を握らせたら意外とやるものなのだ。これには見ている誰もが驚いただろう。


 それは、奥で騒動を眺めていた赤い男も例外ではなかった。



「ほう」



 仮面を被っているのでよくわからないが、その目がわずかに細くなったような気がした。このままもう少し見てみたい。そんな気配が感じられる変化だった。


 だが、赤い男のその願いは、次の瞬間には叶わないものだと知る。



「むっ!」



 赤い男は何かを感じ取り、その場を跳び退った。赤い男がいなくなったその場所には、黒い影のようなナイフが突き刺さっていた。



「〈影の一族〉……!」


「ほう。お前も〈影の一族〉を知っているのか。〈影の一族〉も有名になったものだな」



 闇の中から現れたのは、両手に影のナイフを握っているトラマルだった。



「お、お前は……!」



 そのトラマルの顔を見た瞬間、赤い男が驚いたような動きを見せた。



「トラマル……」


「俺の名前を知っている!? お前、何ものだ?」



 赤い男は黙して語らない。ただ、リアと仮面の男たちの剣戟の音が、地下の空間に響いているだけだった。

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