第1話 聖剣レグルス

「『勇者』リアよ。行きなさい。この世の闇を振り払うために」


「は、はい!」



 レオ王国の王城。その王の間で、リアと呼ばれた少女は跪いていた。その明るい色の髪の毛を肩まで垂らし、丸い宝石のような目をキョロキョロさせる。その目には、期待と不安が入り混じっているように見えた。いや、不安のほうが多いだろう。なぜなら、リアはまだ『勇者』と呼ばれるには早かったからだ。


 先ほど元気よく返事したリアだったが、跪いたまま一向に立とうとしない。その様子を、大臣らしきでっぷりと太ったひげもじゃの男が怪訝そうな顔つきで見つめていた。



「どうしました。勇者リアよ。何か不満でもあるのですか?」


「あ、いえ。そうではないんです。〈影の一族〉と呼ばれる王国への反逆者たちを倒すことはわかりました。その必要性も理解しています。でも……」



 リアはこれを言ってもいいものかどうか、迷っていた。王と大臣の顔を交互に見比べて、目が合うたびに咄嗟に目をそらしてしまう。



「『勇者』リアよ。いいたいことがあるならはっきり言いなさい。それとも、この任務、諦めますか?」



 大臣が厳しい口調で言う。反論は許さない。そんな威圧がその言葉には込められているようだった。



「い、いえ。やります。やらせてください! で、でも……」



 またしても、『でも……』である。これには、温厚な王も眉をひそめたようだった。その変化を、大臣が目ざとく見つける。



「『勇者』リア!」


「は、はい!」


「今すぐ言いたいことを言いなさい! でなければ、この任務は他の人に任せます。それは、どういうことかわかりますね?」



 王の前での任務の交代。それはつまり、王国の戦士として、落第の烙印を押されたも同然だった。今後、重要な任務はまわってくることはない。きっと雑用のような仕事をやらされ、一生日の目を見ないで消えていくことだろう。


 それがわかるだけに、リアは早口で自分の意見を言い立てた。



「ぎ、疑問があります! 〈影の一族〉は闇の住人。滅多に人目には姿を現さないと聞いております。どうやって、〈影の一族〉を探せばよいのでしょうか!」


「ふむ……」



 意外とまともな質問だったので、大臣は一時の怒気を散らせた。このような質問をするのなら、初めから堂々と尋ねればよかったのだ、と思わなくもない。



「それならばすでに手を打ってあります。『勇者』リア、これを」



 大臣が目配せすると、王の家来らしき人物が細身の剣を持ってきた。華美な装飾はされていないが、それだけに神聖な気配を漂わせている不思議な剣だとリアは思った。



「これは……?」


「聖剣レグルス。これを、あなたに授けましょう」


「あ、ありがとうございます」



 なぜこのような高価そうな剣を授けてくれるのか、リアにはその理由がわからなかったが、今はとりあえず素直に受け取ることにした。またグズグズしていれば、大臣がいつ癇癪を起こすかわからないと思ったのだ。



「その聖剣レグルスは、光の剣です。その剣を持って清い心で念じれば、近くにいる闇の力を持つものの居場所を教えてくれるでしょう。つまり、闇の住人である〈影の一族〉も、その剣があればすぐに見つかるというわけです」


「近くとは、どのくらいですか?」


「半径十メートルくらいです。十分ですよね?」


「……は、はい」



 リアは納得したように頷いたが、こんな子供だましに騙されるわけはなかった。世界は広いのだ。その広い世界の中で、半径十メートルの中に目的の人物が入る可能性はどのくらいあるだろうか。当然ながら、限りなくゼロに近い。


 そんな無理難題を押し付けられて、リアの表情が明るくなるはずはなかった。


 しかし、大臣はそのリアの心情を知ってか知らずか、淡々と実務をこなしていた。



「では、行きなさい。この任務が終われば、あなたも晴れて王城の戦士として認められるのです。真の『勇者』になる可能性も、ぐっと高まります。がんばってくださいね」


「が、がんばります……」



 聖剣レグルスを受け取る。軽いはずのその剣が、リアの腕に重くのしかかっていた。

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