こちら、〈対魔族魔法精霊学園〉
海鼠なまこ
1 <精霊の天敵>
プロローグ 死への列車(トレインズ・デッド)その1
「
整備されたレールの上をひた走る列車――ロンドン発、<対魔族要塞都市マンチェスター>行き。その二等客車に、風変わりな少年がいた。
東洋人と思しき、少年。
風変わりなのは容貌だけではない。行動も不可解で、耳に手を当てながら、その場にはいない「何か」と会話していた。
「ロンドンまでは楽だが、さすがにここはポータルがないか」
そう言うと、少年は車窓へ目をやった。
「やっと到着か。ロンドンから二時間――さすがに疲れたな」
会話の相手は何者なのか、はたから見れば見当もつかない。
「この都市で、<
きりり、と表情を引き締める。
「ああ、アテにしてるぜ、白夜」
ひとりで会話する少年の横を、近代的な都市の風が流れていく。
車窓越しに見えるのは、
対魔族要塞都市マンチェスター。
科学技術が発展し、人類の砦とも称される都市だ。
やがて列車は、なめらかなドームが美しい、反転石の駅舎に入っていき――
そのまま、かなりのスピードで通り過ぎた。
「なぜ止まらない?」「終点だぞ!」
乗客がざわめき、疑問と不満を口にする。
そこへ、アナウンスが入った。
『皆さま、どうか、落ち着いて聞いてください』
車掌の声だろうか。かく言う本人が動揺している。車掌は震える声で、続きを言った。
『ブレーキが利きません!』
水を打ったような静寂。
一瞬後、車内は恐慌に陥った。
『落ち着いてください!大丈夫、間もなく緊急制御モードに移行しますから!』
追加のアナウンスが入るが、そんな声は届かない。
そもそも、列車は減速する素振りを見せない。おそらく、制御システムまでもイカレたのだろう。制御がきかないのなら、自然に止まる道理はない。
そんな緊急事態だというのに、少年はひとり、耳に手を当て、またしても「会話」していた。
「……よし、行くぞ、白夜」
少年は車両と車両の間に出ると、そのまま、車両のわき――テラスのようになっている――を走って、列車の先頭へ向かった。
前方車両だったというのもあるのか、少年はわずか十数秒で先頭車両までたどり着いた。
「うまく
少年はそう言うと、身に着けていた
端末の側面にはボタンのようなものがあり、少年はボタンを押した。
刹那、青白い炎のようなものが端末からほとばしり、それはあたかもベルトのように少年の腰に巻きついた。
その炎はやがて消え失せ、端末が装填できそうな
「
突然何を言い出したのかと思う暇もなく、少年は端末を穴に装填する。
すると、機具から白い光があふれ出し、少年の体を包み込んだ。
光の中から現れたのは、白い武者鎧を身にまとった少年。
少年が列車の前方に右手を向けると、少年の右手から「何か」が飛び出し、列車のはるか前方の線路に着地した。
少年の右手から出現したのは、白い着物を着た東洋人の少女。
だが列車は、少女をそのまま轢殺しようと突き進む!
道行く人々が異変に気付き、悲鳴を上げた。
しかし、少年は動じず、少女の様子を見守っているだけだ。
少女はもう目前だ。数百トンの質量が少女にのしかかり――
はしなかった。
少女は列車に手を向けただけで、着地した位置からほとんど動いていない。
列車はあれだけ猛スピードで走っていたにも関わらず、あらゆる物理法則を無視して停止していた。
列車がもう動かないのを確認してから、少年は線路に飛び降りた。
「偉いぞ、白夜。よく
誉められて、少女は嬉しそうにする。少年は頭をなでてやるでもなく、くるりときびすを返した。
そのまま、すたすたと歩き出す。仕方なく、少女も少年の後を追った。
最寄りの非常口に入ると、少年は歩みを止めた。
「白夜、もう戻っていいぞ」
少女は小さく「はい」とだけ言うと、少年の体に吸い込まれるように消えた。
少年が腰に巻かれた機具から端末を引き抜くと、身にまとっていた鎧と機具は霧散した。
少年はトランク――いつの間にか足元に置いてあった――を持つと、そのまま街道に向かって歩き出した。
◇ ◇ ◇
科学・技術・魔術が発展した二五世紀。
人類はその優れた技術を利用し、来たる<魔族大侵攻>に備え、英国・マンチェスター市に<対魔族魔法要塞都市>を築いた。
その中心部に、ひときわ目立つ反転石の建物がある。
魔族や、魔物に対抗しうる力を持つ魔術師を育成する学校・対魔族魔法精霊学園。通称<アダムス>。
その門の前に、ひとりの少年が立っていた。
先ほど暴走列車を止めた、あの少年だ。
「ここが西欧一の学校――聞いちゃいたが、本当に要塞だな」
耳に手を当て、学園を囲う高い壁を見上げる。
高い壁は十メートル以上もあり、壁面には
「覚悟はいいか、白夜?ここに入ったら、しばらく外には出られないぜ?」
門の奥にある巨大な校舎に目を向け、少年はふっと表情をゆるめてから、
「ああ、上等だ」
力強く一歩を踏み出した。
こちら、〈対魔族魔法精霊学園〉 海鼠なまこ @ikm_dnsnmk
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