2 登校者2
「――そんなことを考えていたなんて」
ビデオ通話越しにリイサと繋がった生徒会室にて。沙弥香は昨日受けた出来事をリイサに話していた。
新太が新しいパルクール競技をつくろうとしていること。
春日家のバックアップもあって既に実行の段階にまで来ていること。
そして選手として、渡会日向が
「細かいコンセプトはわからないけど、お兄ちゃんの行動を考えれば、ガチなのは間違いない」
「父に取り入っていたというわけか……」
春子が見せつけるようにため息をつく。
祐理が「だいじょうぶ?」尋ねると、春子は微笑とともに頷いた。そこに画面越しから質問が来る。
「ねえ祐理ちゃん。渡会日向君――彼はそんなに凄い人なの?」
祐理は沙弥香をちら見した後、
「新太さんより強いです」
「……そうね」
身構えようとした祐理は、その予想外の反応に「およっ?」
「あんなの見せられたら納得するしかないじゃない。アイツはお兄ちゃんを越えてるわ」
「そうだな。同じ人間とは思えない」
「嘘でしょ……」
画面に映るリイサの顔から、血の気が引いていく。
やがてふらっと倒れそうになったが、ぐっと堪える。一瞬だけ腹筋に力が込められ、男子顔負けのシックスパックが形成されたのが見えた。
「もしかしてあの時、新太さんと彼は真剣勝負をしていた……?」
「大阪練習会の時ですよね。そうだと思います」
「新太さんが取り乱したのは、彼に負けてた、から……?」
目の焦点の合わないリイサが、これまでを振り返るかのようにぽつぽつと呟く。
誰も声を掛けられなかった。
この中で最もパルクールに熱心なのはリイサであり。
この中で最もトレーサー『アラタ』と過ごしてきたのもリイサだ。
そんな彼女の努力も虚しく、憧れからそっぽを向かれた。しかも、敵わぬ伏兵まで出現したのである。
その絶望は想像を絶するに違いなかった。
三人は昼食を黙々と消化しながら成り行きを見守る。
沙弥香は行儀が悪く、祐理と春子の弁当箱から手づかみでかっさらっていた。
やがてリイサがぽつりと。「……しかない」俯いていたまぶたが、ばちっと力強く往復する。
顔が上がる。
トレーサー『リイサ』の顔つきが戻っていた。
「新太さんの競技。私は参加するよ」
「いや、さすがにリイサさんでも話になら――」
「そうじゃない。女性部門があるはずでしょ?」
「アタシはそうは思えませんけど」
「ある。絶対あるよ。メジャースポーツにするほど本気なら、女という性別を度外視するはずがない。かといって男女混同にするはずもない。どんな種目にするかはわからないけど、パルクールは技術以前に身体能力。女は男には敵わないのだから」
リイサの断言に三人とも手を止めた。
沙弥香は手にした卵焼きを落としていた。「ちゃんと食べなよ」祐理のジト目に苦笑し、机と接触した断面に息を吹きかけた後、口に入れる。
「競技で一番になれば、新太さんの隣に居続けられる」
「そうですかね? お兄ちゃん、ぶっちゃけ女になんて興味ないですよ」
うんうんと頷くのは祐理だったが、リイサは人差し指を横に振る。
「性的には興味がなくても、女性トレーサーとしては興味を持ってくれると思うよ。あるいはコンテンツとしても」
「ふうん……お兄ちゃんの役に立てるポジションを狙うってことね。アイツの言ってた通りだわ」
最後の一言は小さすぎて誰にも聞こえなかったが、それ以前の部分については「そう」リイサも同意を示した。
「……」
「……」
どことなく納得がいかないという空気が漂う。
そんな一同の気持ちを、「ドライだな」春子が一言で代弁した。
「わたしもそう思う。でも他に手段はない気がする」
「他人事ね。アンタはどうすんのよ祐理?」
「わたしも出る。リイサちゃんにも勝つ」
「……」
画面をはさんで祐理とリイサが睨み合う。
「日向がそこにいる以上、離れたくないならついていくしかないのだよ」
「ふふっ。何その喋り方」
不意に吹き出すリイサ。つぼに入ったようで、口元を隠しながらしばし堪えていた。
間もなく持ち直し、目元を拭いながら、
「私としてもありがたいかな。男子はともかく、女子では張り合いが無いもの。二人が来てくれたら楽しそう」
「しれっとアタシを入れないでください」
「愛するお兄ちゃんのためなら、選択肢は無いと思うよ?」
「言われるまでもないです。高校と両親をどうするかが問題ですけど」
沙弥香は女性トレーサーとしては全国でもトップクラスの実力者だが、新井家ではただの運動神経の良い娘でしかない。
高校をやめるのはもちろん、大学に行くこともなしに競技に殴り込むことがそのまま通るはずもない。
沙弥香はそんな直近の心配事をリイサにぶつけた。
そこに春子も加わり、話が白熱していく。
そんな様子を、祐理はもぐもぐ口を動かしながら見ていたが、ふと呟く。
「ドライと言えば、志乃ちゃんはどうすんだろ」
「……志乃がどうかしたの?」
反応してきた沙弥香に対し、「なんでもない」祐理はふるふると首を振る。
「わたしと志乃ちゃんの話だから」
怪訝な視線を刺してくる沙弥香はスルーして、スマホを手に取った。
志乃とのトークを確認する。
今日は一つも既読がついていなかった。
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