5 談話2
「――というわけなの」
祐理は二人暮らしの現状――というよりもまずは日向の現状について、端的に説明した。
なぜか学校で実力を隠していること。
練習風景を頑なに見せようとしないこと。
帰りが夜遅かったり、夜遅くに出かけたりすることが多いこと。
追いかけると、決まって逃げられたり巻かれたりすること。
そして家に巨大な金庫があって、前の住民のものだと言い張ってはいるが、使用している形跡があること――
「特に怪しいのは金庫かな。あの中に日向の真実が眠っている気がするの」
話を聞いた真智とえるは「金庫ですか」「金庫……」と想像に
「アレじゃね、エロ本」
「いつの時代の話をしているのですか」
昨今アダルトコンテンツはネット上でいくらでも手に入る。烈の方針でICT教育をしっかりと施されている彼らにしてみれば、エロ本をわざわざ買うという選択肢は無いはずだ。
京介が言ったのは
しかし、えるの睨みを受けた京介の表情は真剣だった。
「アイツ、アナログなとこがあんじゃん? 電子書籍より紙がいいって言うタイプだぜ。同人誌とかネットでポチって、ぐひぐひ読んでるに違いねえよ。で、それを金庫に隠してる」
「同人誌という言葉を知らないのではないですか。アニメ、マンガ、ラノベ――そういうものを見るタイプではなかったように思いますが」
「ついでに言うとテレビも見ないし、ネットサーフィンもSNSもしないよー」
祐理が補足を加えると、「仙人かよ」京介が不愉快そうにぼやいた。
「京介君、もう少し真面目に考えてください。彼と同じ性別はあなただけなんですから」
「そうは言ってもよぉ、男が隠すのは恥だけだぜ? 男として見られたらハズいもんを隠すんだ」
「と、言うと?」
「エロか、過度なオタク趣味か、努力過程か、あるいはアイツに似合わない、別の何か」
「何かとは何ですか」
「知らねえよ」
せっつくえるとマイペースな京介の応酬を眺めていると、祐理の隣でちょこんと正座する真智――さすがに暑苦しいので半ば無理矢理に引きはがした――が口を開いた。
「たぶん違う」
全員の視線が向いたところで、真智は続ける。
「他人からどう見られているかを気にするタイプじゃない。私は裸を見せられた」
「あー……」
日向は小学校高学年になっても、女子の前で、平気で、裸でうろつくことがあった。変態の名も欲しいままにしていたが、本人は無頓着で気にも留めていなかった。
見かねた施設長が厳しい折檻を食らわせて、ようやくなくなったという経緯がある。
「じゃあアレだろ。見られるとヤバイやつ。拳銃とか」
「フィクション脳乙」
「ふざけないでください」
女子二人にジト目を向けられた京介は、手で拳銃をつくり、「ばーん」と発砲のジェスチャーで返す。
「いーや、わからんぜ。あの規格外な能力だ。実は殺し屋にスカウトされてて、日夜任務に励んでるとかあんじゃね?」
空気が張り詰める。言った本人も少しだけ血の気が引いていた。
「……完全に否定できないところが怖いですね」
「オレ、もしかしてヤバいとこに足突っ込んでる?」
「姉さんはどう思う?」
重苦しい視線を受け止めた祐理は、人差し指を立てて左右に振った。
「ちっちっち。みんな、日向のことわかってないね」
「何を悠長なことを。一番悩んでいるのはあなたでしょう、祐理」
「うん。金庫の中身はわかんないけど、少なくとも拳銃は無いよ」
「その心は?」
真顔で問い詰めてくるえるがおかしくて、祐理は笑いそうになるのを堪えながら、
「日向はねー、たぶんだけど――――機械で在りたいんだと思う」
自分が抱く見解を頭で組み立てていく。
「なんて言えばいいのかな、機械のように常に正確で安定していることを望む、みたいな」
「たしかにロボットみたいなヤツではあったよな。それで?」
「殺し屋という、いかにもイレギュラーな世界に行くとは思えないの」
京介がさらに反論を加えようとする前に、
「イレギュラー?」
真智が疑問をはさんだ。
「うん。絶対に死なないことを保証する、なんてことはできないでしょ? 殺し屋の世界はよくわかんないけど」
「――つまり、不確定要素による致命傷の可能性を嫌う、ということですか?」
「そんなところ。もっと言うと、致命傷というよりはストレス全般って感じだと思うけどねー」
「なるほど」
えるの解釈を受けて、真智も納得したようだ。
祐理はもう少し補足しておくことにした。
「そもそも日向がぼっちなのは、人付き合いがイレギュラーだからみたい。この前、知った気に
「相変わらずですね」
えるが感心半分、呆れ半分といった色で漏らす。一方、京介は鼻で笑って、
「アホか。イレギュラーなのが楽しいんだろ。そんなこと言って距離置いてちゃ何もできねえ」
「日向にとっては逆なんだと思うよ。イレギュラーは
安定という安寧――
良い線を行っていると思うし、言葉の響きもカッコいい。と、祐理は内心で自賛する。
「パルクールだってイレギュラーだろうが。怪我する時は怪我するし、死ぬ時は死ぬ。優れたトレーサーでも滅多に
「普通はね。でも日向は違う」
日向は違う。
その一言は、知っている者には重く響く。
ここにいる四人は全員がパルクールに習熟しており、施設内でもトップを争う実力を持つ。当然ながらプロと呼ばれる存在についても知っている。
それでも日向は違うのだ。日向というトレーサーが既存のトッププレイヤーに匹敵、あるいは凌駕してもおかしくない存在であると簡単に想像できるし、何なら確信している。
「日向は一度も怪我してないし、わたしたちも全然勝てなかったよね」
「ちっ」
祐理が自分に言い聞かせるように呟くと、京介が憎らしそうに顔を歪めた。
その舌打ちが虚しく響く。
沈黙が訪れた。
「……本当に化け物なんだな、アイツ」
「今さら何を。日向君はたぶん、歴史に名を残せる傑物ですよ。
「むかつく野郎だぜ」
「京介君、嫉妬はせめて同じ努力をしてからにしましょうね。みっともないから……って、どうしたのですか祐理?」
祐理は顔を緩ませていた。
「ううん。やけに日向の肩持つなぁって。もしかして好きなの?」
場を和らげようと少しからかってみた祐理だが、返ってきた言葉は想像を超えていた。
「ええ。好きよ」
えるはこういう冗談は言わない。
好戦的にも見える眼差しを受けて、祐理は思わず立ち上がる。
「な、ななっ……なんですと!?」
「もし祐理がいなかったら、私がアプローチしていましたよ」
満面の笑みで応えるえるが眩しい。
「渡さないもん」
「祐理のものでもないでしょう?」
「おーおー、えるちゃん、わたしと
「ふふっ。その気はありませんよ」
えるは壁時計をちらりと見やった後、テーブルに両腕を乗せる。
「日向君の話はもういいじゃありませんか。他に打つ手も無いのでしょう?」
「んー――……うん、そだね」
烈に相談したところで、犯罪の証拠や嫌疑でもない限りは一蹴されるだけだ。
――もしかしたら金庫の中にはそういうものが。
祐理はそんな可能性も抱いていたが、日向を攻めても崩せないことは思い知っている。
もっとも祐理が人生を賭けて日向を調べれば、隙の一つや二つくらい見つかるだろうが、さすがにそんなストーカーじみたことまでしようという発想は、祐理からは出ない。
為す術など無かった。
それでも今日、尋ねてきた意味はあった。
こうしてみんなと顔を合わせて、喋って、過ごしているだけでも価値がある。
彼らにしか話せないことがあるし、話して楽になることもある。
「彼の詮索はおわりにして、次は祐理にしましょう」
「……ん?」
「二人暮らしを始めて二ヶ月といったところかしら。単刀直入に訊きますけど、日向君とはどこまで行ったのですか?」
「私も訊きたい。日向とはしたの?」
「えー……」
いきなりガールズトークに入り、祐理は困惑を浮かべた。
ふと京介を見ると、その視線は祐理の胸を向いていた。露骨ではなく自然に、器用に向けられているのはさすがで、鈍い女子なら気付かないだろう。
祐理が「気付いてるよ?」と視線で返すと、京介は腕を組んで目を閉じた。まるで想像なら自由だろと言わんばかりに。退席させるのは難しいだろう。
加えて、女子二人の双眸にも熱がこもっていて、逃れられそうにない。
「――まだしてない」
「誘惑すれば一発だと思いますよ。ね、京介君?」
目をつむったままの京介がしたり顔で頷いている。
「誘惑どころか、襲ったんだけどね」
「えっ!?」
「わぉ」
訊いておきながらその大げさな反応に、祐理がくすっとすると、えるは「大胆なのね」ばつが悪そうに髪をかき上げる仕草をしながら座り直した。
もっともすでにポニーテールなので、かき上げる髪など無いのだが。
「びくともしなかったよ。一瞬だけ反応してくれたけど、もう対処されちゃった。それ以降は全然だめ。なんていうのかな、性欲はあるみたいだけど、自在にコントロールできてる感じ」
「さすが日向君。見直しました。私も試したいくらいです」
えるが胸を張る。ジャージ越しに豊かな膨らみが現れた。
「たぶん、それは関係無いと思う」
「なるほど。私の出番」
真智も胸を突き出す。薄いTシャツだが起伏は乏しい。
「今度日向君が帰ってきたら、私たちで裸の付き合いをしましょう」
「
「日向君を理由にすれば、許可してくれるかもしれませんよ」
「……たしかに」
祐理はともかく、真智もえるも日向を性の対象とすることに嫌悪感はない。むしろ好奇心を滲ませているくらいだ。
日向の肉体は強固であるとともに――女子の中では賛否両論が激しいが――美しくもある。潔癖なきらいはあるが、清潔やまめであることもポイントが高い。
「たしかにじゃねえよ」
盛り上がる女子陣を止めたのは京介だった。
「慎太郎ときららの件もあるだろ。お前ら、もう少し慎め」
「京介君も混ざりますか?」
「もち」
「なんでやねん」
テーブルは陽気な笑いに包まれた。
それからも話に花を咲かせた四人は、再びやってきた烈にキツく叱られたのだった。
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